アネさん探偵と盗まれたもの 1


 学校帰りに寄った、馴染みの本屋にて。

 あれ、と田月翔太は思った。


 文庫のコーナーは、作家の五十音順で並んでいる。わかりやすいように、頭文字が書かれたプレートで仕分られているのだが。


「なんで『わ』のとこに『芥川龍之介』の本があるんだ……? ったく」

 田月は芥川龍之介の『羅生門』を引き抜いて、『あ』のコーナーに入れなおした。


 几帳面と言えば几帳面だが、田月翔太の几帳面さはこういう『外』の場所でしか発揮されない。学校の掃除は真面目にするが、引き出しの中はお世辞にも整理整頓されているとは言えない。「小宇宙が潜んでいるね」と称したのはクラスメイトの井上シャルルである。客間である和室はかなり清潔だが、自分の部屋はたまにしか掃除されず、ひどいときには足の踏み場がない。家事力は高いが女子力ではない――これは、田月をよく知る人間と本人の認識である。



「田月くん、田月くん」

「二宮。探してたもん見つけたか?」

「うんっ。ほら!」

「へー。……今日が発売日のやつ、四冊もあったのか?」

「あ、これは違うの。今日発売日のは花ゆめで。あとは面白そうなものを買ったの。富士見と、ビーンズと、新〇社!」

「へー(ジャンルの幅が広い……)」


 昔の富士〇書房を知る田月翔太は、「あの文庫、最初は女子高生が堂々と買うことなんて想定していなかっただろうな」と思う。理由は察してほしい。今は女性読者も獲得しているライトノベルが多いが。


「田月くんは?」

「あー……まあ。うん」


 二宮杏寧あんねの純粋な瞳に、田月翔太は目をそらした。理由は察してほしい。

 ……別に年齢規制がかかっている本ではない。青年誌ではあっても。表紙も何かあれでも。


「俺も少女漫画。ほら」

「田月くんもなんでも読むよねー」


 嘘ではない。少女漫画だろうが青年誌だろうが、漫画やライトノベルなら面白いものは何でも読む。田月のジャンルもかなり幅広い。


「じゃあレジへ向かいますので、しばし待たれよっ」

「ははー。ゆっくりしてていいからなー」


 二宮は四冊の本を抱え、レジに並ぶ。

 商店街にある本屋は割と大きな店で、小さい頃から足しげく通っていた二宮は店長と顔見知りだった。活字離れや電子書籍で本屋の経済状況は落ち込んでいると聞くが、この店は地元の人々に愛されていて、いつも活気で溢れている。


「これお願いしまーす」

「お、アンネちゃん。アンネちゃんが勧めてくれた少女漫画、かなり売れているよ。ありがとねー」

「いえいえ。こちらこそ、発売日に売ってくださるなんてうれしいです! ありがとうございます!」

 財布を開いて、千円札を取り出す二宮。

「ねーアンネちゃん。夏休み、またうちでバイトしない? アンネちゃんの作ったポップ、すごく評判いいんだよね」

「えー、私を雇えるほど余裕あるんですか?」

「言うねえアンネちゃん……大丈夫、うちは儲かっているからね」

 そう言う店長に、二宮は自然な笑顔を浮かべて言った。


「じゃあ考えておき……ます……」




 その時。

 二宮の目に、一人の女性が映る。

 図鑑や図録など、大きい本が並ぶコーナー。

 黒いセミロングの、ウェーブがかかった髪。厚めに塗られた真っ赤な口紅。

 その特徴に、二宮の笑顔が強張る。

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