アネさん探偵と美術館の幽霊 2
◆
「ありがとう、美術館まで付き合ってくれて。私が説明しても、きっと井上君の様子じゃ聞いてくれないだろうし。田月くんが説明してくれる方がいいだろうなって」
「俺は別に問題ねえよ。暇だったし。むしろ、二宮がシャルルのために働かなくても良かったんじゃねーか? あいつ、なんでか二宮を嫌がるし……」
「あそこまで怯えているのは、かわいそうだし。……それに、私が何かして嫌われたんなら、ちゃんと自分で気づいて謝らなくちゃ……」
「なんかしたのか?」
田月が尋ねる。二宮は首を横に振った。
「去年一緒のクラスだったけど、ほとんど接点がなかったし。ほとんど最初からあの態度一徹だったの」
「あいつ、入学式に女子口説いてたじゃん? それ見て『あ、フランス人って本当にすぐ口説くんだ』って妙に納得したんだけど。女嫌いってわけじゃないし、なんで二宮にはあぁなんだろうな?」
「私は、そんなに心の機微がわかる方じゃないし……無意識に何かしちゃったかも」
「そっかなー。多分二宮のせいじゃねえぞ」
「そう、かな」
間を置くことなく否定する田月。その力強い返答に、『自分が何か悪いことをしたんじゃないか』と不安を抱いていた二宮は、胸をなでおろした。
「大方、和ホラーの幽霊役の女優に、二宮が似てるとかじゃねーか?」
「……田月くんって、たまに残念なことを言うよね」
「え、なんで?」
上げて落とす。
田月翔太のデリカシーの無さが垣間見える。
彼らが通う明昌高校に近い――というか隣接している美術館兼博物館は、入場料というものがない。特別展はチケット代を支払わなければならないが、常設展示室は何時でも入ることが出来る。
「
「若林さん、こんにちは」
二宮を呼び掛けた女性が、こちらへ向かってくる。くせ毛が入った茶髪のベリーショート。身長は150センチほどの、スーツを着た女性だ。大学を出たばかり、と言っても疑わないだろう。顔は二十代前半にしか見えない。
(……ん? なんか聞いたことがあるような?)
「この人は学芸員の若林さん。若林さん、こちらが田月翔太くんです」
「あ、この間おばあ様といらっしゃったお孫さんですよね?」
「あ、ばあちゃんと話してた学芸員さんか」
「え⁉」
二宮は驚き、こっそり田月に尋ねる。
「あの、年齢を間違えた人?」
「うんにゃ。捕まった学芸員さんは二人だったんだ。若林さんじゃなくて、もう一人の人」
「そ、そうだよね。ビックリした……」
「この間は、同僚が失礼しました」
二人の会話が聴こえていたのか否か、若林が頭を下げた。
「ああいえ。よく間違えられますんで」
「そうですか。実はと言うと、私もなんです。身長も低いし、童顔ですから」
「失礼ですけど、お歳は?」
我ながら失礼だなと思いつつも好奇心のまま尋ねる田月に、若林はにっこり笑って答えた。
「三十三です」
田月ではなく、二宮の笑顔がピシリとかたまった。
(……知らなかったんだな、二宮。若林さんの年齢)
若く(というか幼く)見られる田月は、見ただけで年齢をわりと正確に判断できる。
若林を連れて、二人は常設展示室に入る。
田舎の美術館というと、小さなものだと思われがちだが――いや、おそらく小さいほうに入るだろうが、建物のこだわった造りは多くの美術家から評価され、展示物も研究価値がかなり高いものだ。
特に常設展示室は、博物館も兼ねており、磁器や掛け軸から、土器や昆虫の標本まで様々なものが並べられている。それらをすべて見るには、階段で上り下りして歩き回る。
「部屋に入ってすぐって言っていたから、多分井上君は入口からさほど歩いていない。ということは、ここからあのショーケースの向こう側を見たんだと思う。田月くん、そこに立って見ていてね」
二宮はショーケースに向かって右側の側面に回った。
ほどなくして田月は、あ、と声を出す。
「二宮の身体が透けてる。シャルルが言った通りに、奥のショーケースにある焼き物が、二宮の身体の向こうに見えるな」
「それでは、ショーケースの真正面まで歩いてきてください」
田月は言われるまま移動する。
彼は息をのんだ。
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