五月はこんなお話

アネさん探偵と美術館の幽霊 1

 田月翔太は、背中にしがみついて泣くクラスメイトの男子に辟易していた。


「いたんだよ幽霊! 本当に!」

「あーもーうるせえな。見間違えだろ?」

「見間違えるわけないでしょ! バカにしないでよ!」

「なにちょっとオネエ口調なのよ」

 彼にしがみつく金髪碧眼な美少年は、涙を目に浮かべながら言った。それだけ見ると儚げな王子のようだが。


「お前の膝、影分身みたいに震えてるんだけど。むっちゃ俺揺れるんだけど」

「だから怖いって言ってるでしょ! いいから話聞いてよ!」


「はいはいわかったよ。で、何があったんだ?」

 田月翔太が改めて尋ねると、美少年は真顔になり、自分の席に腰かけた。田月翔太も、彼の後ろの席に座る。

「……昨日、美術館に行ったんだ。マネの特別展やってるって言うからさ」

「あー、見に行ったわ俺も。ばあちゃんの付き添いで」

「時間が空いたから常設展も見ようと思って、伊万里焼のコーナーへ向かったんだ。ほら、マイセンとか伊万里焼を意識してたって言うから、興味あって」

「あそこだろ。発掘された鉱石とか焼き物の破片とか展示されているところ。お前元々フランスに住んでいたんだよな。マイセンってフランスだっけ?」

「いや、ドイツ」

「お前ら一体何の話をしてるんだ? 幽霊の話をするんじゃなかったのか?」

 二人の会話を聞いていた別の男子生徒が突っ込んだ。

「薄暗い部屋でさ……展示物にライトがぼんやり当たるようになっていて。部屋に入ってすぐのところにある、ショーケースが二つあって。そのショーケースの、正面からじゃなくて、側面越しから女性の姿が見えたんだ。ぼくの言っていることわかるよな?」

「アア、ワカルヨ」

「黒くて長い髪の、けっこう小柄な女性だった。多分150センチぐらいだ。スーツを着ていたから、キュレーター(学芸員)かなって思ったんだけど……」

 グワ、と青い目が開かれた。

 美少年は前のめりになる。田月は後ろに身体を引いた。若干彼のテンションに乗れずに気持ち的にも引いていた。

「身体の向こうに展示物の焼き物が見えたんだよ! 身体が透けてたんだ! ぼくは驚いて目をこすって……そしたら、その女性は消えていて――」


「あの、」

 恐怖で盛り上がる美少年の後ろから、二宮の声がかかる。

「二宮。どうしたんだ?」

「ごめんね、田月くん。今いいかな? 次英語なんだけれど、辞書忘れちゃって……」

 そこで二宮は、首だけ振り向いて自分を凝視する美少年の存在に気づく。



「……井上君? すごく顔が青いようだけど、だいじょう……」

「うぎゃああああ! 出たああ――――ッ!」



 大丈夫? と二宮杏寧あんねが尋ねる前に、美少年――井上シャルルの悲鳴が校舎中に響き渡った。

 それはなんともおどろおどろしい……わけもなく、鶏の首を絞めたような声であったという。







「……ごめんね、お話し中に割り込んできて」

「いいよいいよ。勝手に聞かされていただけなんだから。辞書だろ? ほい」

「ありがとう、田月くん。それからごめんなさい、お話が少し聴こえたのだけど……美術館に、幽霊が出たって」

「そうだけど。二宮興味あるのか? 怪談」

「ううん。怖いのはあんまり好きじゃないんだけど……」

「気にすんなよ。どーせ前日に和ホラーでも見てビビってただけだって」

「ぼくを勝手にヘタレキャラにしないでくれる⁉」

「してねえよ、客観的事実を述べただけだ」

 かわいい顔をしてさらりと毒を吐く。それが田月翔太という男である。

「多分女の学芸員か監視員さんが、目を離した隙に離れただけだって」

「違う! その後すぐ我に返って、他の部屋にいた警備員に聞いたんだ、『髪が長くて身長が150センチほどの小柄な女性がスタッフにいませんか』って。でもその人、いないって言ったんだよ! 本当だよ!」

「あの、井上君」

「ひぃぃぃ! ち、近づかないでぇぇ!」

 二宮が声をかけた瞬間、井上シャルルは叫びながら後ずさった。その様子に、田月が叱りつける。

「おいシャルル。いいかげん二宮に失礼じゃねーか⁉」

「い、いいよ田月くん。井上君、前からこんな感じだったし……」

 何故だかわからないが、彼は二宮のことが苦手だということを、彼女は察していた。

 彼に気遣い、ねえ井上君、と声の音量を少し下げて、二宮杏寧はこんな質問をした。



「入口に二つのショーケースって言ったよね。ひょっとして、その女の人が見えたのは、井上君から見て一番手前のショーケースじゃなくて。じゃなかった?」

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