アネさん探偵と美術館の幽霊 3
「……ショーケースが、一つしかない」
二つ隣接していると思われていたショーケースは、一つしかなかった。
「そっか。周りが暗いから、ガラスが半分鏡みたいに映っていたのか!」
「うん。展示物の焼き物が、半分鏡になったガラスに映っていた。だから、一つしかないショーケースが、二つあるように見えるの。結構気づかないものでしょ」
「ガラスを通して見る二宮よりも、反射した展示物の虚像の方が手前に映ってたんだ。身体が透けているように見えたのは、そのせいか。でも、だったらどうやって女が消えたんだ?」
「ほら、ショーケースの隣。パイプ椅子があるでしょ」
二宮が指を指す。たしかにそこに、パイプ椅子が一つあった。
「若林さん、あそこには学芸員さんも座るんですよね?」
「普通の美術館なら、アルバイトの監視員の方が座りますけど。うちでは来場者さまの質問に答えられるよう、たまに学芸員が座ることもあります。特に今の時期は暇な私ですね」
あははーと笑う若林。
再びひそひそ話。
「……つまり、この椅子に座った瞬間、ショーケースの土台に隠れて見えなくなった、ってことか?」
「多分、私や田月くんが座っても、土台から頭が出ると思いますけど。若林さんの身長だったら可能です」
「なるほど……。すみません、若林さん」
「はい、なんでしょう」
「若林さんの、身長、座高、靴のサイズって⁉」
(そんなスリーサイズ初めて聞いた!)
「あ……し、身長は149センチ、靴は20センチです!」
(そして答えちゃうんだ、若林さん⁉)
色々ビックリする二宮杏寧だった。
「座高は、すみません。小・中校時代以来計っていなくて……」
「まあ、座高ってなんのために計るかわからねえよな」
「たしか今は、身体測定の座高の欄は廃止されたような気がします」
とはいえ、今必要な情報は座高だったりする。
「まあ、座ってもらえばわかるだろ」
「ですね。すみませんが、若林さん座っていただけますか?」
「なんだかよくわかりませんが、わかりました」
そして推理通りに、座った彼女の姿はショーケースの土台ですっかり見えなくなっていた。
確信した二人は、これまでの事情を若林に説明する。
「……というわけなんですけど。心当たりありませんか?」
「あー! それであの時、叫びながら走っていったんですね? 叫んだり走ったりしないでください、って言おうとした時にはいなくなってて。そうですか、私を幽霊だと勘違いしたんですか」
「やっぱり……」
田月と二宮の頭の中で、井上シャルルが泣き叫んで逃げていた。
安易に想像できるところが悲しい。
「でも、変だよな。シャルルは『髪が長い』女って言っていただろ? 若林さんの髪型は、とてもロングには見えないし」
田月のもっともな疑問に、若林はあっさり答えた。
「ああ。それは、ウィッグです」
「ウィッグ? なんでまた?」
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