第58話 これが真実

 誘拐犯さいばんかんの口から明らかになった罪状に、誰もが己の耳を疑った。

 たちまち静寂は破れ、人々の動揺がさざなみのように広がってゆく。

 当事者の両親たちは言葉を失い、その視線をエドラディ・グレダに注ぐばかりである。

 その静寂に乗じ、ライゼはローリィを促しながら、《少女ミキ殺害事件》の詳細を全員に語って聴かせた。その間も、エドラディはもちろん野次のような反論を投げつけてきたが、二人は怯むことなく、奴の耳障りな怒号をかき消すように真実を告げた。

 エドラディの隠していた秘密が明らかになると、傍聴人たちは提示された真相を鵜呑みにしてよいものかと推し量るように、周囲の人間と視線を交わす。内容が内容なだけに、それを真として受け入れることが出来ないのは当然であろう。


「嘘だ! 証拠を見せろ! オレがその《ミキ》とかいう女を殺したという証拠を出せ!」

 エドラディは半狂乱に陥ったように、床を殴りながら誘拐犯に指先を突きつけた。

「ここにいる四人が証人だ。そしてローリィ! 彼女は、ミキ殺害現場を目撃した。エドラディ・グレダという男によって、あくどい方法で口を封じられていたが、彼女は勇敢にも、この俺に事件の全てを語った。それに、お待ちかねの証拠はもうすぐはずだぜ! それまで少し時間がありそうだから、君たち、言ってやるがいい。溜まりに溜まった鬱憤うっぷんを、今ここで。エドラディが君らにしてきたことを、思う存分に吐き出してやれ」


 誘拐犯は、大仰に両手を広げながら言った。

 彼女らは今一度、前へ歩み出ると、この世の憎しみ全てを凝縮させたような禍々しいともいえる双眸で、エドラディを見下ろした。

 彼は、八つの目から放たれる魔的なちからによって、その場からピクリとも動けなくなった。いや、現実ではそのようなちからは全く働いてはいないが、エドラディの脆弱な精神を縛り付けるには、十分であったらしい。

 きっとエドラディには、美女たちの両目が血のように真っ赤に光り輝いて見えたことだろう。

 

「私は毎夜毎夜、行きたくもない繁華街に散々連れまわされて、彼の友人たちの前で《美人彼女》を演じさせられた末に、「飽きた」という理由であっけなく捨てられたわ」

 ヨーコが吐き捨てるように言う。


「私は、そいつにさんざん付き纏われ、気持ちの悪い手紙を毎日のように送り付けられてきましたが、他に可愛い女を見つけた途端、手のひらを返したように嫌がらせを受けました。夜道、奴の悪仲間に暴行されそうになったこともあります」

 メイディが、今にもエドラディに殴りかかりそうな勢いで詰め寄る。


「あたしは苦手なお酒を散々飲まされた挙句、――」

 強気なエレーナの告発に、大広間内にさらなる動揺の波紋が広がった。彼女は、とてもここでは描写できないような仕打ちを彼から受けていたのだ。

 それだけには留まらず。彼女らの口から次々と明らかになる様々な醜聞に、エドラディは堪らず発狂した。「やめろ! やめろ!」

 その叫びをかき消すように、堂々たる声量で、かつての恋人のスキャンダルを暴露する乙女たち。


「やめろって言ってンだよぉぉぉぉぉぉ!」

 エドラディはゆかに伏し、喉が千切れんばかりに叫んだ。

 掠れるように語尾が消えてゆくと、再び静寂が訪れる。大広間には、彼のすすり泣く声だけが哀れに響き渡る。

 皆、確信を持たずにはいられなかった。彼女らの語るとんでもない話が真実であると。彼のこの様子は、美女らの言がデタラメではないと、この場にいる全員に確信させてしまったのである。

 不意に、音の無い世界に硬い靴音が響き渡った。惨めな青年に近寄ったのは、グレダ家の主、マギー・グレダである。


「エドラディ」

 ああ、なんと冷たい声だろう。その声は、エドラディだけでなく、この場にいた全ての人間の背筋を凍らせた。

 息子は絶望にいろどられた顔を、恐る恐る持ち上げた。見上げた父の顔には濃い影が落ち込み、声に負けず、酷く冷徹であった。

「あ……、と、とう……さん」

「エド、お前はもう、グレダ家の人間ではない。今後一切、家の敷居を跨ぐことを許さない」

「え……?」

 勘当を言い渡されたエドラディは、最初、己の父親がこの世に放った言葉の意味を理解していないようであった。だがやがて、頭の中の整理がつくや否や、涙で赤く腫らした目を見開いて、喘ぐように言う。

「ちがう……ちがうんだ、父さん、オレは、何も……オレは、あいつらに陥れられ――」

「エド、もういい」

「どうして信じてくれないんだ!」

「十分、信じていたさ」

 マギーは、諭すように言った。

「お前の素行の悪さは知っていた。けれどそれも、グレダ家を継ぐまでだと思っていた。その時が来れば、数々の悪友とは手を切り、己の愚かさを悔い改める。そう信じていたんだ。――けれど、まさかお前がここまで彼女らに酷い仕打ちを与えていたとは思わなかった。お前はわたしの信用を裏切り、果ては殺人に手を染めるなど」


「……しんじて?」エドラディは、プライドなどかなぐり捨てて、無様な泣き顔を披露しながら、父の脚に縋った。

「信じられるわけがないだろう。お前の、そんな姿を見て……」

「そん、な……」


 しん、と静まり返った空間に、またしても客人の足音が駆け込んできた。

「エドラディ・グレダはいるか」

 先頭で声高に言った青年が、広間の中央でくずおれるエドラディを見つける。

「自警団……」

 誰かが、掠れる声で呟いた。

 先頭の青年が、ぴらっと紙を掲げ、

「匿名の文書が届いた。内容は、ナフティスのK通りにある霊園の裏手に、少女の遺体が埋められている、というもの。先程、部下たちが確認に向かったところ、部分的に白骨化した少女の遺体が地面の中から見つかった。身元の確認も取れている。行方不明中だったミキ・マーギアー。その遺体を遺棄した人物の名前も記してあった。――エドラディ・グレダ。君がレストランで彼女と言い合いをして、それ以降、彼女は姿を晦ましたそうじゃないか。詳しい話を聞かせてもらいたい。それと、君らも一緒に来てくれ。話を聞くだけだ」


 青年はヨーコたちを連れ、後ろに控えていた三人の自警団員が、意気消沈したエドラディを引っ立て、屋敷から出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る