第52話 泣きたい大作戦

 遊び好きのエドラディは、毎夜のように遊び歩いている。

 恋人とのデートが無い日は、ふらりと町に出て、一人でいる女の子に声をかけるのが、彼の好みの過ごし方らしい。(キーリ談)


 その特性に目を付けたライゼが提案したもう一つの作戦がこれだ。

 女装したジェイをエドラディにナンパさせ、相手が何も知らない無垢むくな少女だと油断させた上で、言い逃れの出来ない証拠を置いてくるというもの。


 作戦の詳細は、この物語を盛り上げるための要素と密接に関係しているため、キーリ・エヴァンス編の幕引き時につまびらかにしよう。

 今現在、読み手側に提示できる作戦の内容は、女装したジェイの一芝居が後々大きな既成事実となって大活躍するということのみである。


 だが、この作戦が成功する確率は決して高くはない。

 運良く、エドラディに目を付けて貰わねばならないし、何より今、エヴァンス家のみでなくグレダ家にも、キーリの誘拐騒動は広まっているのだ。こんな緊急事態に、エドラディが呑気に女の子とデートをするとは限らないのだ。

 しかし、ライゼはこう断言した。


 奴は必ず外に出る。

 今日は休日だし、町には可愛い子らが沢山出歩いているからな。自分じゃ誘拐されたキーリを見つけ出すことは出来ないからと正当な理由を掲げて、呑気にガールハントに出かけるような奴だよ。きっと。


 かわいそうなエドラディ。

 会って間もない、しかもろくに会話すらしたことの無い余所者の男に、ここまで酷い評価を受けているとは夢にも思っていないだろう。


 ジェイは周囲を見渡した。

 一人でいる女の子は沢山いた。みんな、待ち人が来るのを待っているのだろうか。

 見方を変えれば、ここにいる女の子は全員ライバルということになる。

 この数多くいる女の子たちの中から自分が選ばれなければならない。でなければ、この作戦は開始することも無く、最終的には《ただ意味もなく女装したジェイ》という、なんとも悲しい結果だけが残ってしまうのだ。

 それだけはなんとしても避けたい。最悪の場合、こちらから仕掛けに行くことも考えておかねばならない。

 ジェイからすれば、ろくでなし男にナンパを仕掛けに行くなど、この上ない屈辱だ。しかし、キーリのため。そう言い聞かせなければ、ジェイ自身、この作戦に身が入らないのだった。


 そうこうしているうちに、隣で読書をしていた少女の元に、同い年くらいの男の子が駆けてきて、二人笑顔で広場を出て行った。

 

 半ば癖のように時計台を見上げる。かれこれ二時間は待っている。

 来るかどうかもわからない人間を待つことが、こんなに苦痛だとは思わなんだ。立ちっぱなしで疲れたし、ベルトが腹を締め付けて息が苦しい。

 こんだけ待たせられて現れなかったらどうするんだ。そもそも、時間だって無いのに、来るかどうかもわからない相手を陥れるために捨て身とも思われる作戦を実行に移すなど――

 退屈が誘発する苛立ちに頭を支配されていた、そのときである。

「やあ」と気さくな声がかかった。

 少し驚いて顔を上げると、そこには待ちに待った男、エドラディ・グレダの姿があった。趣味の悪い装飾品の数々は、尚も彼をギラギラと飾り立て、締まりのない顔はより一層緩んで、だらしがない。

「ひィッ」と、声を上げてから、慌てて口を閉ざした。気持ち悪い顔だ、とまで言いそうになり、軽く舌を噛んで自重を促す。

 エドラディは一瞬、ギョッと目を剥いたが、すぐに気を取り直して、得意のな話術で口説いてきた。

「今、お一人ですか?」

「ええ」

 ジェイはボロが出るのを恐れて、やや淡白に受け答えをする。

「お時間、大丈夫でしたら、僕とお茶でもいかがですか?」

「まぁ、よろしいのですか?」

 意識的に声を高く保つのもなかなかにきついものだと邪念が過ぎる。

 今現在、ジェイの喉に変声期の気配は無く、普通に喋っていても、少しハスキーな声の少女だと思われるくらいだろう。けれど、やるなら完璧に女性にならなければ、この作戦に綻びが生じてしまいそうで恐ろしかった。


「実は友人と約束をしていたのですけれど、連絡も無いまま、もう二時間も待たされていましたの。せっかくお洒落もしてきたのに、このまま帰るのも、なんだか勿体無いわ。ご一緒してもらおうかしら」


「喜んでお供いたします」

 エドラディは、にこっと笑って、手を差し出した。

「お手をどうぞ」ということらしい。少し図々しい男だ。

 ジェイは、作戦に向き合う上での緊張と、彼に対する不快感によって冷や汗が滲み出る感覚を押し殺しながら、エドラディの手を取った。

 何が悲しくて男と手なんか繋がなくちゃいけないんだ。


「どこへ連れて行ってくださるの?」

 ジェイはぎこちない笑みを浮かべながら、訊ねた。

「おいしいケーキを出すカフェがあるんだ。お腹は空いているかい?」

「ええ。ケーキ大好きなの」

「よかった。じゃあ、行こう」

 

 相手が男だとは微塵も疑っていないせいか、きゅっと握った手からは、好意が伝わってくるようだった。

 この両者の心の温度差たるや。

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