第51話 僕が女の子!?

 ああ、何事だ、これは?

 ジェイ・エイリク・リフェールは、潮騒しおさい入り混じる活気のもと、己の置かれた状況を理解するのに、いくらか時間を要した。


 優雅な昼下がり。

 ジェイは、人込みが交差するナフティスの大通り沿いにある時計台広場に立ち尽くしていた。

 彼の周りには、同じように多くの人が頭上の時計を確認しながら、そわそわと落ち着かない様子で佇んでいる姿がある。

 こんなところで一体何をやっているのか。唐突に開始した脈絡の無いワンシーンの中で、彼は誰かを待っている風であり、手持ち無沙汰な様子での毛先を、くるくると指に巻きつけている。

 ――はて、長い髪?

 この謎めいた状況を説明するには、ほんの少し時を戻さねばなるまい。


 

 流行ファッションの最先端を司る店内にて、ジェイは思わず声を張った。

「正気ですか。絶対無理です! いくらなんでも無謀です!」

「大丈夫だよ。あいつは上手く騙されてくれるはずさ」

 ライゼは、不安がる子どもを安心させるような口調で言った。

「お前には一芝居打ってもらって、エドラディの罪を決定的なものにするための証拠を置いてきてもらいたい」

「しかし、よりにもよってどうして――」

「案ずるな。俺が付いてる」

「無理です。僕には出来ません」

「既成事実を作るのには、これが一番手っ取り早いんだ」

「そんな……」

 ジェイは途方に暮れたように頭を抱えた。

 流石のライゼも自分が提案した策が、そう簡単に実行できるものではないと理解していたので、そんな調子の相棒に同情せずにはいられなかった。

「他に名案が思い浮かばんのだ。できることは全てやっておきたい。エドラディを断罪するための布石は打っておきたいんだよ」

 と、眉尻を下げて言う。

 ――どうしてそう真摯な顔をしますか。

 キーリを助けたい気持ちはジェイだって同じである。だからこそ、自分が失敗するわけにはいかない。そう思えば思うほど、自分に課せられたプレッシャーに呑み込まれそうになる。

 自分に彼女を救えるだけの力があるとは到底思えなくて、どうしても頷くことが出来ない。――しかし、それは《理性》側の言い分である。


 本当は自分だって精一杯、キーリのために尽力したいし、ライゼのように捨て身とも思われる作戦を実行する勇気が欲しい。そうすることで、彼女の未来を明るいものにできるのなら。自分だって、人の役に立つことはしたいのだ。

 そう考えると、ここでこんなに駄々を捏ねているのが恥ずかしくなってきた。

 ジェイは、諦めたように深くため息をついて、

「わかりましたよ。やればいいんでしょ、その――」



「はぁ……」

 ジェイは、何度目かのため息をついた。

 キーリのためにあんなことを思っても、事実、ライゼの提案したもう一つの作戦はかなりの危険を伴なっている。、終わり。作戦失敗を皮切りに、キーリ誘拐作戦の方も感付かれてしまう危険性が格段に高くなる。


 こうして一人になると、一気に不安が頭を擡げてきた。やはりあの時、時間がかかってもいいから別の案を提唱するべきだったか、と今更のように後悔するが、後の祭りである。


 ジェイは、気分を紛らわすように、自分が身に纏っているものを改めて観察した。

 ブリオーなんてはじめて着た。

 普段、彼が着ているトゥニカと呼ばれる衣服は、安価で求めやすく、着る際にも頭から被るだけなので簡単だ。

 一方のブリオーは、トゥニカよりほんの少し値は上がるが、このように栄えた街中では、洒落た着こなしや、派手なアクセサリーとも相性がよく、むしろ今まで着ていた薄汚れたトゥニカは、華やかな港町を歩くには些か浮いていたので丁度いい。


 ウエスト部分には、赤や青や紫といった鮮やかな花の模様が散った幅の広いベルトを巻きつけ、脚にはぴったりとした黒いブレを穿いている。短い丈から伸びる細い脚は、なかなかの脚線美を描き、踵が五センチくらい高くなっているブラウンの革のショートブーツは、身長の嵩増しに一役買って、スタイルをよく見せた。


 それだけではない。今、ジェイ・エイリク・リフェールは、ナフティスの乙女たちに混ざって、同じように白く滑らかな頬に薄く粉をはたき、小さな唇には桃色の紅を差しているのだ。あえて薄化粧にすることで、ちょっと垢抜けない純朴さを演出した。


 肩に付くか付かないかくらいの長さだった金の髪は、どういうからくりか、今や背中を覆うほどにまで伸びている。

 どうかこの姿を笑わないでやってくれ。彼の……このは、キーリ・エヴァンスを救う為の重要な作戦の一環なのである。

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