第49話 謎の誘拐犯
エヴァンス家で一騒動あったその頃、ライゼは、夜の酒場で四人の美しい女性に囲まれながら、麦酒を聞こし召していた。
彼女らはそれぞれ、ヨーコ、メイディ、ローリィ、エレーナと名乗った。
キーリが大変なことになっているというのに、この男は……と呆れるのはまだ早い。彼には重要な目的があって、こうして彼女らを連れてここにやってきたのだから。
「ありがとう、貴重な情報提供、感謝するよ」
ライゼは、もう用は済んだとばかりに、空になったジョッキを置いて、そそくさと立ち上がった。
「いいのよ、私たちみんな、あいつに恨みの一つや二つ……十個はあるからね」
隣でヨーコが、からからと笑った。
港町の女性は快活だな。
ライゼはテーブルの上に伏せられた伝票を手に、席を離れた。
「君らはゆっくりしててくれ。ここは払っておくから」
彼女らは口々にお礼を言った。
「ところで、あんたさあ」
中でも取り分け活発そうなエレーナが、そう言って引き止める。
ライゼが肩越しに振り返ると、彼女はその手に、天井の照明を受けてきらきらと輝く大きな赤い石の塊を掲げた。
「これ、本物のルビー。何カラットあるのよ? なんであんたが、こんな高価なもの持ってるの?」
彼女らの手には、光り輝く宝石がそれぞれ収まっていた。
ヨーコの手にはダイヤモンドが連なったネックレス、メイディの手には、大振りなサファイアのブレスレット、ローリィの手には金の細工に色とりどり宝石が嵌め込まれた豪奢な首飾り。
どれも相当な価値があることは素人目にもわかる。
ライゼは彼女らに、情報提供の報酬として、それらを渡したのだ。大金を握らせて彼女らの口に戸を立てたつもりでいるエドラディの鼻を折ってやるには、これくらいの報酬が必要だと判断したためである。
だが気になるのは、数々の高価な宝石たちを、どうして彼が持っていたのかということ。
しかしライゼは、質問の答えを提示しないまま、彼女らに微笑みかけて酒場を出て行った。
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翌日のことである。
エヴァンス家の大広間は、さらなる騒動の
昨夜、家を出て行ったきり、キーリが帰ってこないのだ。
ドリスは広間の中を行ったり来たりを繰り返し、周囲の使用人たちも落ち着かない様子で立ち尽くしている。
それでもなんとか、ドリスは使用人たちに指示を出し、キーリ探しの指揮を執っている。
その傍でシュードレは腕を組んで、相も変わらず鉄の仮面を被ったままだ。その表情から読み取れるのは、娘を案じての無表情か、それとも、厄介ごとに対する苛立ちか……。
開け放たれた窓の外は白い陽光に照らされ、海岸から吹き込んでくる潮騒は、エヴァンス家の人間を急きたてるような音を奏でる。
その時、けたたましいベルの音が響いた。電話だ。
誰よりも早く動き出したシュードレは、いの一番に受話器を取り上げ、
「はい」と、硬い声で応じた。
ざわついた広間が、一瞬で静かになる。
『あんたが、シュードレ・エヴァンス?』
電話の向こうで男の声が、そう問うた。
「……」
シュードレは、黙ったまま、相手の次の台詞を待った。
『あんたンとこの一人娘は、俺が預かっている。返してほしくば、こちらの出す条件を飲んでもらおう』
有無を言わさぬ口調で突きつけてくる声に対し、シュードレは尚も冷静だった。
「キーリはどこ?」
その瞬間、広間にぴりっと電流が走ったような気がした。
全員が、受話器の奥から聞こえる小さな声に耳を澄ませた。
『条件を飲むというのなら、教えてやる』
「……」
シュードレは口を噤んだ。
彼女は強い女性である。そういった脅しに屈するのは、己の
しかし相手は、その僅かな時間にすら痺れを切らしたのだろう、
『ま、いいや。心が決まった頃にまた電話してやるよ。自警団を頼るのも手だが、そう簡単には見つけられないだろうね』
一方的に通話は切れた。
受話器を置くシュードレに、この場にある全ての視線が集中する。
「誰からだったんだ?」
ドリスが、縋るように近寄ってきた。
シュードレは相変わらずの無表情で、淡々と、
「キーリが、かどわかされました」
「ええッ!」
一同が声を揃える。
広間内に動揺が走る中、一人、厳かとも言える面持ちで、シュードレがこの場を諭す。
「みなさん、少し落ち着きなさい」
「落ち着いてなんかいられるか! 相手はなんと言っていた? キーリは今、どこにいる? 無事なのか?」
ドリスは取り乱したように、矢継ぎ早に訊ねた。
「ですから、落ち着いてくださいませ。相手は、また電話すると言っていました」
「無事かどうかもわからないのか!」
「おそらくは無事でございましょう。どうやら、目的はキーリではなく別にあるようですし。相手は条件を提示してきましたから」
「条件?」
「……聞きそびれましたけど」
シュードレは、申し訳ないというように目を伏せた。
「とにかく、今は相手からの電話を待ちましょう。何もわからないままでは、手の打ちようもありませんので。それと一応、自警団へ連絡を」
エヴァンス家に、緊迫した空気が流れ始めた。
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