第4話「隠れ遊び」

「もういいかい?」

「まだだよ。」

「もういいかい?」

「まだだよ・・・。」

「もう・・・良いよね?」

シニカルな表情を浮かべながら赤い鬼は言った。


部屋の中に突然入ってきた全ての人間を秋が倒したときのことだった。

「君とは長い付き合いだからね・・・。能力を封印したくらいじゃ、君を大人しくさせることなんてできないって、最初から分かってるよ。」

激しく息を切らせながら膝を床につけて居る秋に向かって、突然部屋に入ってきた赤毛の男が言った。

「だから、簡単には逃げられないように君に足かせを付けて、数に頼ったんだ。」

そう言いながら男は俺を指差した。

足かせ?

「君がいくら強くても、その力がいつまでも続くはずがないからね。」

クスクスと肩を小刻みに揺らしながら男は言った。

「あ・・・あま・・・つ・・・。なんで・・・ここに・・・。」

振り絞るように息を切らせながら秋が言った。

すると、男・・・天津は満面の笑みを顔に浮かべながら右手の人差し指を頬に付けて、考え込む素振りを見せた。

「俺は君が好きな正義のヒーローだからね。人助けにきたんだよ。」

それを聞いて秋は眉間に皺よせながらも口元に笑みを浮かべた。

「白々しいわ・・・。」

そう呟くように言うと、秋がこっちを一瞬だけ見た。

微笑しながら天津は秋の目の前に立った。

その時、天津と視線が合った。

「こういうベタな展開って、俺の趣味じゃないけど目的があるし・・・ここでゲームをしようか。」

その無邪気そうに見える笑みに恐怖を抱いた。

「ゲーム?」

「そう。俺がこいつで遊んでいる間に、符岳君が隠れるんだ。スタートの合図は、こいつの息の根が止まったときだよ。簡単なルールだろ?」

つまり、秋を犠牲にして逃げろってこと・・・。


「自己犠牲なんか・・・ごめんじゃけん・・・。」

そんな苦しそうな秋の声が聞こえたと思った瞬間、まるで砂袋が床に落ちたような音が聞こえた。

「走れ!」

次の瞬間、秋がそう言う声が聞こえたと共に背中を勢いよく押された。

「お、おい!?」

驚きながら視線を秋の方に向けると、その後ろで仰向けに倒れている天津の姿が見えた。

次の瞬間、秋に背中を勢いよく引っ張られ、抱きしめられた。

金属が床に当たった音が聞こえて来た。

「二頭追う者は一頭も得ずってことわざがあるんだからさ・・・俺の提案したルールに従っておきなよ。そっちの方が合理的なはずだよ?」

秋の後ろで倒れているはずの天津が、いつの間にか俺たちの前で床に刃物を突き刺している姿が見えた。

「な、なんで・・・。」

目を見開いて今見ている光景を疑うようにそう言った瞬間、耳元で天津が微笑する声が聞こえた。

「どうしてだと思う?」

目の前に居る天津から声のする方へと視線を動かすと、いつの間にか意識を失った秋の両肩を掴んだ天津の姿が見えた。

それに戦慄を覚え、飛び退いた。

「こういう展開の時って、早く終わらせるものじゃないだろ?だから、こいつはまだ生きてるから安心してね。」

背中を壁に密着させながら、目の前でそう言う天津・・・達を見た。

「せっかく与えられたチャンスは無駄にしちゃいけないよ。」

天津の一人が秋の胸倉を掴み上げて無理やり立たせた。

「でないと、こいつは符岳君のせいで無駄に死ぬことになるんだからね。」

不気味な天津の視線が、胸に深く突き刺さった。

「さあ、早く彼の自己犠牲のために逃げないと・・・。」

その言葉に背中を押されるようにして、逃げた。


見慣れない窓のない暗い廊下を無数に並ぶ扉を追い越しながら走っている。

ドス黒い感情が俺を責めるように、体の奥そこから湧き上がっている。

さっきまでの光景が、自分の意思とは関係なく何度も頭の中を反芻する。

それが、俺の思考回路を乱している。

息を切らせながら、どこか・・・これが夢であったと証明できる場所へと、無我夢中で走った。

廊下の突き当りに、大きな両扉を見つけた。

ドアノブに手をかけたが、鍵がかかっていた。

それに、焦りと苛立ちを覚えた。

「なんだよ・・・これ・・・。」

扉を勢いよく蹴ったが、意味がなかった。

すぐに別の場所へ逃げようと後ろを振り返ったが、ここに来るまで分かれ道はなかった。

来た道を通れば、天津に捕まってしまうかもしれない・・・。

そんな恐怖が俺から理性を奪った。

「開けて!誰か!」

必死に何度も扉を叩きながら言ったその時のことだった。

「ばかやろうぉぉぉ!!」

突然、どこからか深縹の叫ぶような声が聞こえてきた。

それと同時に、背後で何かが落ちた音がした。

後ろを振り返ると、深縹がうめき声をあげながら床にうずくまっているのが見えた。


「こ・・・深縹?」

ゆっくりと起き上がろうとしている深縹のそばに駆け寄りながら言った。

すると、深縹の黒い瞳が俺を見た。

「ふ・・・符岳?」

そう言うと深縹は慌ただしく辺りを見回してから、もう一度俺の顔を見て悲しげな顔をした。

「た、助けて!」

深縹にすがりつくように、彼の両肩を掴んで叫んだ。

少し迷ったような顔をした瞬間、深縹は俺を勢いよく抱きしめた。

そんな深縹の行動に、戦慄を覚えながら視線を背後に向けると天津の赤毛が見えた。

「見つけちゃった。」

楽しげな天津の声が耳に届いた。

確か・・・このあとは・・・。

秋が天津に捕まったときのことを思い出しながら深縹の後ろに視線を向けると、クスリと笑う天津がナイフを右手に持って立ち上がっている姿が見えた。

「う、うし・・・・。」

叫ぶ様にそう言いかけたとき、後ろに居た天津が突然消えた。

「相変わらず、趣味が悪いな・・・。」

低いトーンの声で深縹が言った。

「危ないな・・・こんな物投げるなんて・・・。おかげで、俺が消えちゃったじゃないか・・・。」

天津は短剣を摘むように右手で持って、余裕のあるような笑みを見せながら言った。

「それに趣味が悪いって酷いな・・・。せっかく、愛弟子のために徹夜して考えたのに。」

恐怖を抱きながら深縹の顔を見ると、怪訝そうな顔をしていた。

「嘘つき。」

いつの間にか天津に向かってナイフが飛んでいた。

そのナイフは天津の額に当たると同時に白い煙に包まれて、冷たい床の上に音を立てて落ちた。

その光景に驚きながら視線を深縹の顔に戻した。

そこには以前のような柔らかい表情はどこにもなく、冷たく見える黒い瞳が見えた。

「弟子って・・・・。」

そう深縹に向かって放った声は自分でも分かるくらいに震えていた。


深縹は溜息をついて、以前と変わらない人間味のある柔らかい笑みを顔に浮かべた。

「あの男が勝手に言っているだけで、私は師匠と思ったことは一度もありません。ですから、あんな奴と一緒にしないでください。」

でも・・・俺のせいであんな状態になった秋の言葉を信じると、その言葉が嘘くさかった。

すると深縹は苦笑した。

「秋はまだ生きてます。ですから、安心してください。」

それを聞いて深縹を睨んだ。

天津に襲われた時のことが脳裏に浮かんだ。

「嘘つき。あいつがここに現れた時点で秋はもう死んでるんだよ!」

怒鳴り散らすように言った。

「なんでそんな酷いことを平気で言えるんだよ!!」

深縹は俺の両頬に手を添えて、苦い顔をしながらクスリと笑った。

「確かに、符岳様の言うとおり秋が死んでいる可能性は高いでしょう。ですが、それは可能性の話であって確実ではありません。」

そう言って深縹は立ち上がった。

「簡単にあきらめないで、少しでも可能性があるならあがいてみたいと思いませんか?」

俺に向かって手を差し伸べながら言った。

その手を取らずに俺は静かに立ち上がった。

ショックを受けたような顔をすると思ったが、深縹は何故か微笑した。

「何がおかしいんだ?」

「おかしいことなんてなにもありませんよ。むしろ、符岳様が立ち上がったことが嬉しかっただけですよ。」

深縹が何を考えているのかさっぱりわからない・・・。

「なあ・・・あんたは一体何者なんだよ・・・。」

すると、深縹は口元に笑みを浮かべた。

「私の過去なんか聞いても楽しくありませんよ。それよりも、先を急ぎましょう。」


全く・・・骨が折れる・・・。

そんなことを思いながら符岳とともに符岳の部屋の両扉に背中をピッタリとつけながら中の様子を伺った。

天津は俺の気配に気がついているらしく、動く気配を見せない。

それに苦笑しながら、息を深く吸い込んだ。

勝ち目のない戦略を向こうが立てているなら、運に頼って力でねじ伏せるしかない!!

そう思いながら部屋の扉を勢いよく開けて、視線だけを動かして天津たちの位置と隠れていそうな場所を把握した。

それに向かって、隠し持っていたナイフを一斉に投げた。

「な!」

背後から符岳のそんな声が聞こえた。

後ろを振り返らずに符岳を殺そうとしている天津に向かってナイフを投げ、目の前で倒れている秋の側に立っている天津を睨んだ。

「珠玉ったら・・・力でねじ伏せようなんて、馬鹿なの?」

楽しそうに天津はそう言いながら、気を失っている秋を掴んだ。

「唯一お前に勝てるとしたら、これしかないんでな!」

そう言いながら天津を蹴り倒して、秋を抱きかかえた。

その時、部屋の扉の側でこの光景を呆然とした態度で見つめている符岳の後ろに天津の姿が見えた。

それに向かって口元に笑みを浮かべると、天津は驚いた顔をして一瞬だけ動きを止めた。

「青、出てこい!!」

秋の胸の上に右手を当てて、あの女がくれた力で青を呼び出した。

その瞬間、目を開けていられないほどの強い光が部屋中を覆った。


強い光が収まった頃、ゆっくりと目を開けてみると真っ白い服に身を包んだ紺色の髪の男が部屋の中心に立っているのが見えた。

「へぇ・・・これは予想外だな・・・。」

いつの間にか俺の目の前に立っている天津は声を震わせながらそう言った。

「赤鬼さん・・・もう良いよ。」

緑色の瞳をした青は嘲笑しながら言った。

それに対して天津は両手を上げて、首を左右に振った。

「これ以上ここに居ても、珠玉を虐められそうにはないし・・・俺の今の立場が悪化するだけだから、今回は俺の負けで良いよ。」

溜息混じりに天津は言った。

「くだらない欲を出すからこんな目に合うんだ。さっさと帰れ。」

深縹はまるで虫を払うように手を振った。

それに対して天津は微笑んだ。

「まあ、その言葉通りにしてあげるけど・・・普通に帰るのはつまらないから、こんなこともあろうかと置き土産を用意しておいたんだ。」

その瞬間、深縹は目を見開いた。

「彼女・・・生きているといいね。」

そう言うと、天津はこっちに向かって手を振りながら部屋から出て行った。

深縹が微かに体を震わせているのが見えた。


乱れた呼吸を整えるように深呼吸をしてから、深縹は俺と青の方へ向いた。

「青・・・今のお前の風貌は允明には分からないかもしれない・・・。だから、あいつに会ったら珠玉に頼まれたって言ってくれれば分かってもらえるはずだ・・・。」

悲しそうに眉間に皺を寄せながら深縹は言った。

「秋を見捨てないでくれてありがとう。」

それを聞いて深縹・・・珠玉は苦笑した。

「礼なら俺じゃなくて、お前を呼び出す力をくれたあいつに言ってくれ。」

そう言うと抱きかかえていた秋を青に渡して、珠玉は部屋から出て行った。

青はそんな珠玉を朗らかな笑みを顔に浮かべて見送ると、秋を背負った

「符岳君・・・それじゃあ、行こうか。」

そう言って青は俺の手を掴み、部屋を出て珠玉が走っていった方向とは逆に向かって廊下を進んだ。


住み慣れた場所から抜けて森の中へと入った頃、青は苦しいのか胸倉を掴んで息を激しく切らせた。

「大丈夫か?」

その光景にたまらず、そう呼びかけると青は無理な笑みを顔に浮かべて首を縦に振った。

「あと少しで着くけん・・・。」

そう言った瞬間、青は膝から崩れるように秋を背負ったまま地面に座り込んだ。

すかさず、すぐに秋の元へと歩み寄った。

「おい!しっかりしろ!」

そう言いながら青から秋を離した。

その瞬間、青は激しく息を切らせながら地面に横たわった。

「大丈夫ですか?」

突然そんな声が聞こえて来たとともに、生い茂る草木の間から秋の式神である桃花が出てきた。

桃花は心配そうな顔をしながら青を仰向けにした。

「桃花・・・同じ式神なら、なんとかできないか?」

そう言った瞬間に桃花は何故か目を見開いて驚いた表情を見せて、俺の側で眠っている秋を睨んだ。

「とう・・・か?」

その時、驚いた様子で青は桃花の顔を食い入るように見つめて、目から涙を流して笑った。

青は桃花にむかって人差し指を口元に当てて、光の粒になってその場から姿を消した。

その意図を理解したのか、桃花は穏やかな笑みを顔に浮かべて俺の方を向いた。

「初めまして・・・というのもあなたからすればおかしいですが・・・。僕は人間で秋の部下の允明と言います。」

それに驚いた。

「あなたが見たのは、秋が式神に化けさせた僕ですね。」

苦笑しながら允明は言った。

「それで、一体なにがありましたか?」

今までの経緯を全て允明に話した。

話を聞き終わると允明は盛大な溜息を吐いた。

「遊信も紺も・・・僕を良いように利用しすぎだよ・・・。」

允明は呟くようにそう言うと秋を背負った。

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隠れ遊び 雨季 @syaotyei

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