第3話「ヒント」

目を覚ますと、訝しげな顔をしてベッドの側の椅子に座っている符岳の姿が見えた。

今まで見せていた、世間知らずで生意気な雰囲気を感じさせなかった。

それに違和感を覚えた。

「符岳・・・?」

無理な笑みを口元に浮かべながら呼びかけると、符岳は顔をゆっくりとこっちへ向けた。

「わ・・・悪かったな・・・。急に倒れて心配させて・・・。」

これから悪いことが起きそうな雰囲気を取り払いたくて、できるだけ明るい声でそう言った。

符岳は黙ったまま俺を睨んでいる。

「符岳が介抱してくれたん?すごいじゃんか。」

そう言いながら頭を撫でようと符岳に向かって手を伸ばした。

しかし、その手は符岳に触れる前に勢いよく叩き落された。

符岳の顔を見ると、今までに何度も見てきた俺を不審がる目が見えた。

「ご、ごめん・・・・。あんたがいきなり倒れたから・・・気が動転してたんだ・・・。」

誰かに入れ知恵をされたかの様なもの言いに溜息を付きそうになった。

「元気になって良かったよ・・・。」

俺から目を背けながら符岳は続けてそう言った。

そんな怪しい態度の符岳が逃げないように手首を掴んだ。

すると、符岳は驚きながらも怯えたような表情を見せた。

「どうしたん?符岳、さっきから様子がおかしいで?」

「べ、別に・・・なんでもない。」

怯えたような声でそう答えて、俺の手を振り払った。

符岳が今抱いている恐怖がどんなものなのかを知るために、勢いよく手を大きく振り上げた。

すると、符岳は慌てて自分の身を守るように両手を顔の前でクロスさせた。

ぎこちなさの感じるその姿に苦笑しながら手を下ろした。

「俺が怖い?」

嘘を吐き続けるのは、昔から得意じゃない。

「そんな・・・わけがないだろ。」

口ではそれを否定していたが、符岳はしなくても良い恐怖に身を震わせていた。

そんな符岳の顔を改めて見つめ直した。


「そうなん。そうじゃったら、すんごく嬉しいわ。」

苦笑しながらそう言ってから、符岳から距離を取るように背中を壁につけた。

符岳は習いたてのようなぎこちない笑みを浮かべた。

例え演技でも、そんな顔をして欲しくなかった。

「なあ・・・符岳・・・。」

名前を呼ぶと、符岳は肩を一瞬だけ震わせた。

その様子に内心、見慣れた光景だと思った。

「この国は好きか?」

そう質問をすると、符岳は眉間に皺を寄せながら考え込む様子を見せた。

その姿を見てクスリと笑みをこぼした。

「なら、父さんとか母さんは好きか?」

さっきと変わらない表情を見せながら符岳は俺を睨んだ。

「俺は・・・嫌いだよ。」

そんな人から聞いた言葉から出てきた答えを聞きたくて言ったわけじゃない。

「それ、本当に符岳が思ったことなん?俺が最初に言った見解から導き出した答えじゃないよな?」

図星だったのか、符岳は黙って床を見つめている。

「どうしてそんなことを聞くんだよ。」

ポツリと感情を抑えるように符岳は言った。

「俺はこの国が嫌いなんじゃ。」

その瞬間、符岳は勢いよく拳を振り上げた。

俺に向かって振り下ろされた。

それが当たる前に符岳の手首を掴んだ。

「なんでかって言うと、俺の大切な人の平和な日常を奪おうとしとるから。」

押さえつけるように拳をシーツへと無理やり下ろさせた。


「この嘘つき!俺をここから出す気なんか、全くなかったんじゃないか!」

怒りの感情を露にしながら符岳は言った。

「あるから、命をかけてあの約束をしたんじゃんか。」

「確かに、約束はした。けど、あんたは“生きてここから出す”なんて一言も喋ってないだろ!」

たいぎい展開になってきた・・・。

「そんなん、俺になんのメリットがあるん?」

今までの経験からいくと、こんなことを言ってもこの事態を収集することは無理だろう。

「この国が嫌いって言ってたじゃないか!だから、消しに来たんだろ?俺ごと!」

「符岳、勘違いすんな。嫌いとは言ったけど、憎いとは言っとらんで?」

興奮する符岳をなだめるように、なるべく優しい声で言ったが、効果はなかった。

「同じだろ!」

叫ぶように符岳は大声で言った。

続けて何かを喚き散らしている符岳に、気づかれない様に溜息を吐いた。

そして、勢いよく両手を広げて、符岳の顔の前で両手の平を打って音を出した。

すると符岳は、何が起こったのか理解出来ない様子で驚いた顔をして見せた。

「嫌いって言うんは、存在は許しとるけどそれに近づきたくないって気持ちで、憎いはその存在が許せないから消そうとする気持ちなんじゃ。」

それに反論しようとする符岳の口を人差し指で塞いだ。

「俺がこの国を憎んどったら、こんな所で油なんか売っとらん。符岳と出会う前に、この国を潰しとる。」

手の平を符岳の方へと出して、ゆっくりとした動作で握り拳を作った。

そして、赤と青を呼び出すように手に力を込めて開いた。

手の平の上に赤と青色の小さな光の粒子が舞った。

息苦しさを感じた。

「なら・・・何でここに居るんだよ・・・。」

目を大きく見開いて俺を見つめながら符岳は言った。

「符岳・・・俺は家庭教師としてここに居るって、最初に会った時に言わんかった?」

口元を引き攣らせながら言うと、強くそれを否定された。

「そんなわけがないだろ!だって・・・だって・・・そうは見えない!!」

必死にそう言う符岳の姿を見て、不本意ながらも失笑してしまった。

それがかんに触ったらしく、符岳は怪訝な表情を顔に浮かべた。

「悪い、悪いって・・・。」

愛想笑いをしながら軽く謝った。

「大切な人がここで家庭教師をしろって言ったけん、俺はここに居るんじゃ。」


「意味が分からない・・・。」

不満気な顔をして符岳は目を細めて、俺から視線を逸らした。

「まあ・・・整理すると、その人がこの国に協力したいと思ったけん、俺をここに置いとるんじゃ。」

愛想のいい笑みを顔に浮かべながら言った。

符岳は当然、納得のいかない顔をした。

それに小さく溜息を吐いた。

「符岳・・・思ったことは何でも言っていいんで?ちゃんと、約束通りに外に出してやるけん。」

そう言いながら、符岳の顔を見た。

もし、ここで符岳がこの矛盾を指摘しなければ俺の肩の荷が少しだけ軽くなる。

そう思い、自嘲した。

符岳が喋ろうと口を開いた瞬間、それを制するように自分の口元に人差し指を当てた。

「じゃけど・・・一つだけ忠告する。知らなければ、平常心でいられることもあるんで?」

符岳はその言葉の意味を理解できない様子を見せた。

「そんで、符岳はどう思ったん?」

先を促した。

「あんたの大切な人は馬鹿だろ。自分に危害を及ぼそうとしてる国に協力したいなんて・・・。そんな自殺行為・・・。」

訝しげな顔をしながら符岳は言った。

「俺もそう思う。」

満面の笑みを浮かべながらこんな仕事を持ってきたあの人の顔を思い出しながら言うと、符岳は驚いたような顔をした。

「ほんまに・・・人使いが荒いと思わん?この話を聞いたとき、本気で転職考えたんで?」

苦笑しながら言った。

「ならなんで・・・あんたはここに居るの?」

その言葉を聞いて、口元に笑みを浮かべた。

「そんなん・・・あの人が俺にそう命令したけに決まっとんじゃん。」

揶揄うつもりでそう言ったが、特に変わった表情を符岳は見せなかった。

面白くない・・・。

「そんで、もう他に聞くことはないん?あとで聞いてきたって、答えられんかもしれんで?」

投げやりな態度で言ったその時、あいつに託していた式神が引き裂かれた。

それと同時に、激しい痛みが全身を襲った。


激痛に耐え切れず、ベッドの上にうずくまるように倒れ込んだ。

「どうしたんだよ!いきなり!」

そう言う符岳の大きな声が耳元で聞こえた。

きっと、優しすぎるあいつがこっちを心配するだろう・・・。

こんなくだらないことでこっちに来られたら・・・俺の今までの我慢が無駄になる・・・。

大きく息を吸い込んだその時・・・・。

『*******。』

あいつらしい言葉が返ってきた。

それを聞いて、言いそうになった言葉を飲み込んで、口元に笑みを浮かべた。

「なんなん・・・少しは心配してもええんで?」

そんな言葉を漏らしながらベッドから降りて、部屋の外へと出ることができる扉の前に立った。

符岳は俺の後を追うようについてきた。

「符岳・・・俺がさっきした質問の答え、後でちゃんと教えろよ?」

横目でこの状況を理解できていない様子の符岳を見た。

それに失笑しながら、赤と青を呼び出した。

「さてと、俺の能力を封印したくらいで良い気になっとる輩にお仕置きせんといけんな・・・。」

扉の向こうから聞こえる複数の足音に向かって言った。

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