第2話「まずいご飯」
1
いつものように使用人が部屋に運んできた朝ごはんを食べているときのことだった。
「なあ、符岳・・・。」
元気のない顔で皿の上に盛り付けられている料理を眺めながら秋が言った。
出会った日からずっと浮かべていた秋の顔を見て、珍しいと思った。
普通なら心配をしてやるが、俺は昨日のゲームの結果にまだ腹を立てている。
だから、ここでそんな言葉をかけてやる気が無かった。
黙ってご飯を口に運び続けていると、秋が不満そうな顔を向けてきた。
「なんなん・・・昨日のこと、まだ気にしとるん?」
溜息混じりに秋は言った。
「当たり前だ。あんたが約束したのに、あんなせこい真似をするからだ。」
秋を睨みながら言った。
すると秋は苦い笑みを浮かべた。
「騙し取らんけん。俺はちゃんと近いうちに出してやるって言ったじゃろ?」
「それって、いつ?何時何分何十秒?」
間髪を入れずに秋を攻めた。
「符岳・・・。」
頭を抱えながら秋は溜息をついた。
「符岳は体が弱いんじゃろ?今、そんなんで外に出たって直ぐに体調を崩すことになるで?」
その言葉に腹が立った。
こいつ・・・周りの奴らと同じことを・・・。
そんな気持ちを察したのか、秋は右手を軽く左右に振った。
「俺は体が弱いけん、外に出さんって言っとるわけじゃない。符岳が外で体調を崩しても一人で対処できるようになるまでは外に出せんって言いたいだけじゃけん。」
眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「対処?」
そんなの・・・できるわけがない。
少し走っただけで立てなくなるほど俺には体力がない。
それにしょっちゅう40度近くの熱を出して苦しんでいる。
秋は頷いた。
「そう。まずは、少しでも丈夫な体に近づくように食の改善から始めよう。」
それを聞いて、俺は眉間に皺を寄せた。
「ここのご飯は、栄養を考えて作られてるんだぞ?それをなんで改善しなくちゃいけないんだよ?」
思ったことを言うと、指を指された。
「符岳、外に出るってことはここから離れるってことなんで?この意味が分かるか?」
外に出たらなんか楽しいことが待っていると考えていた。
だから、秋の言っていることが全く分からなかったし、想像がつかなかった。
黙って秋の顔を見た。
すると秋は口元をヒクつかせて手を下ろした。
「ここを離れるってことは、毎日3食ご飯を運んできてくれる人が居らんてことで?まともに食べることができんけん、生きてかれんじゃろ・・・。」
今までに空腹を経験したことがなかった俺にとって、その言葉は現実的ではなかった。
そんな俺の様子を見て、秋は苦笑いをした。
「じゃけん、符岳が外でもたくましく健康的に暮らしていけるように今日からここでご飯を作ってもらうで?」
それに驚いた。
「作れって・・・俺は料理をしたことがないんだぞ!どうやって、作ればいいんだよ!」
そう言うと、秋は親指を立てた。
「そこは俺が教えてやるけん、安心しろ!」
自身に満ちた顔をしながら秋は言った。
それを不安に思った。
「な、そんな露骨に不安そうな顔をせんといてくれん?簡単なもんならちゃんと教えられるけん。」
口元を引きつらせながら秋は言った。
2
「なあ、この部屋に調理器具とか入れられん?」
食べ終わった食器を片付けている黒い瞳の使用人に秋はそう言った。
そんなの・・・外に出るといったときと同じ反応をすると思った。
持っていた皿を使用人は机の上に置き直した。
「分かりました。少々お待ちください。」
その返答に心底驚いた。
使用人は窓の方へと歩み寄った。
そして、懐から赤い文字の書かれた紙を取り出した。
それを窓の側の壁に貼り付けた。
「開け。」
そう言うと、紙が淡いオレンジ色の光を帯びた。
そんな光景を食い入るように俺は見た。
しばらくして光が収まると、さっきまで光っていた紙が木製の扉になっていた。
「この部屋は想像次第で内装が変化します。なので、この部屋を使用するさいは内装を想像してからお入りください。」
使用人は扉の前で一礼してから、また食器を片付け始めた。
「あんがとな。」
「またなにかありましたら、気軽にお申し付けください。」
使用人が静かに言ったその瞬間、秋の顔が一瞬だけ歪んだように見えた。
それに疑問を覚えた。
「ねえ、どうしたの?」
秋に向かってそう言うと、首をかしげられた。
「何が?」
そのなにも無かったような顔を見て気のせいだと思った。
「別に・・・なんでもないよ。それよりも、こんなことをして大丈夫なの?怒られたりとかしない?」
今度は使用人に向かって言った。
なぜか使用人は目を大きく見開いて驚いた顔をしてみせた。
それを不思議に思っていると、使用人はまた表情をなくした。
「心配していたただき、ありがとうございます。符岳様の勉学に関わる物であれば、怒られませんから大丈夫です。」
そう言うと使用人は食器を全て片付けて、そそくさと部屋から出て行った。
「そんじゃ、さっそく始めようか!」
楽しそうな顔をしながら秋はあの扉の前へ歩み寄った。
そのとき、秋が右足をいたわるように歩いているのがわかった。
3
秋のあとに続くように部屋の中に入った。
無駄に広く感じる部屋の隅っこに調理台などが密集して置かれているのが見えた。
そのセンスの無さに絶句していると、秋は楽しそうに調理台の方へと行った。
「まあ、こんくらい揃っとったら問題ないな。」
調理器具を確認しながら秋は言った。
「符岳、そんな所にいつまでも立っとらんで、こっちに来いよ。」
秋は中華鍋を片手に持ちながら、部屋の入口に立っていた俺を手招きした。
それに溜息をついた。
「この部屋、センスなさすぎるんだけど・・・。」
そう言うと、秋は自覚がないのか驚いた表情を顔に浮かべた。
「どこが?」
その反応に目を細めた。
「この無駄に広い空間とかなんの意味があるの?」
なにも置かれていない空間を指差しながら言った。
「この方が調理するときに動きやすいと思って・・・。」
こんなに広いと・・・
「逆にしづらくない?」
すると秋は口元に笑みを浮かべて、親指を立てた。
「その点は大丈夫!ちゃんと、調理台とかその他もろもろは使いやすいようにこっちに集中させたけん!」
考え込んでるだろと言わんばかりの顔で秋は言った。
「なら、この空間はなんで作ったの?」
「気分!」
その言葉を聞いて、口元が自然に引きつった。
4
「それじゃあ、チャーハン作るで!」
そう言いながら秋は袖を捲った。
そのとき、右手の手首から肘にかけて大きな切り傷が見えた。
「まずは卵を割って・・・って、符岳、ちゃんと聞いとるか?」
じっとそれを見つめていると、割った卵を右手に持ったまま秋がそう言った。
意図的につけたとしか思えないその傷が、狸と言われた秋の裏の顔かもしれないと思った。
「ねえ、その腕の傷どうしたの?」
今の陽気な雰囲気が全く感じられない顔をしていうかもしれない。
そう不安に思いながら秋の顔を見た。
「この傷はそんな顔するもんじゃないで?」
微笑しながら秋は卵をとき始めた。
「式神を出すために付けた傷なんじゃ。」
少し照れくさそうにして秋は言った。
「でも、昨日やったときは親指切っただけですんでたじゃないか。」
ご飯の上にといた卵をかけている秋に言った。
「昔は今みたいに式神が出せんかった。じゃけ、こんな情けない傷作ってしまったんじゃ。」
苦い笑みを顔に浮かべながら右腕の傷を左手で隠すように秋は触った。
「そんなことよりも、ちゃんと見とけよ!今度は符岳が作るんじゃけん。」
そう言いながら秋は野菜を切り始めた。
5
「まずい・・・。」
秋が自信満々に出してきた焦げたところの多すぎるチャーハンを一口食べた瞬間、そんな言葉意識せずに出た。
それを聞いて秋は恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「な、生よりはましじゃろ・・・。」
そう言いながら秋も一口食べた。
すると、額に右手を当てて顔を歪めた。
「なにが料理できるだよ!全くできてないじゃないか!」
持っていた蓮華を机に投げるように置いた。
そして、椅子の背もたれに深くもたれかかった。
「おかしいな・・・味見したときはそう変でも無かったんじゃが・・・。」
心底不思議そうな顔をしながら秋はチャーハンもどきを見つめた。
そう言うとおり、秋は途中で何度も味見をしていた。
俺もあのときすれば良かった。
しかし、秋がみじん切りにした玉ねぎに目と鼻をやられてそれどころではなかった。
「なんでなんじゃろう・・・。」
そう言いながら秋は蓮華を机の上に置いて、静かに突っ伏した。
あまりのまずさに気分を悪くしたのだろう・・・。
「全く・・・なにが体調管理だよ・・・。」
そう言いながら立ち上がって、向かい側に座っていた秋の体を揺すった。
「大丈夫なの?」
すると秋は気だるそうにゆっくりと起き上がった。
「大丈夫じゃけど・・・少し休んでくる・・・。」
そう言って椅子から離れた瞬間、秋は床に倒れた。
6
見たことも経験したこともない光景に驚いた。
「ねえ・・・。」
倒れている秋の体を揺すりながら出したその声が震えた。
こういうとき・・・どうしたら・・・。
そんなことばかりが脳裏に浮かんだ。
「どうしましたか?」
そのとき、部屋の扉が開くとともにあの部屋を出した使用人のそういう声が聞こえてきた。
顔を上げて扉へと視線を向けると、とても嫌そうな顔をした使用人の姿が見えた。
「自分が作ったご飯がまずすぎて倒れたんだと思うんだ・・・。」
そう説明すると、使用人は机の上に置かれているチャーハンを一口食べた。
すると直ぐに、右手で口を覆って顔を歪めた。
やっぱりそうだったんだと確信した。
「そうかも・・・」
そう言いながら何故か使用人は俺の顔をチラッと見てきた。
「しれませんね。」
「なんで俺の顔色をうかがうわけ?」
ふと、思ったことを口に出して言うと、使用人は目を見開いて驚いてみせた。
少し間をあけてから使用人は溜息を吐いて、懐から一枚の紙を取り出して投げた。
「広がれ。」
そう言った瞬間、耳を塞ぎたくなるような大きな音が部屋の中に響いた。
その音が鳴り止むと使用人は秋の隣にしゃがみ込んだ。
また懐から一枚の真っ白い紙を取り出して秋の胸の上に置くと、紙は真っ黒になった。
それと同時に秋の顔色が良くなっていった。
「とりあえずは大丈夫でしょう・・・。」
「な、なにしてんだよ!」
予想もしなかったこの状況に浮かんだ疑問を投げつけるように使用人に言った。
「応急処置です。それと、こんな失敗がバレてしまったら私の立場がなくなりますから、彼の体調がよくなるまで空間を遮断しました。」
苦笑しながら使用人は言った。
「お前・・・怒られないって言ってなかったか?」
すると使用人はクスリと笑った。
「バレなければ怒られません。ですから、符岳様も口裏を合わせて下さい。それよりも・・・」
そう言いながら使用人は秋を見た。
「彼が良くなるまで、私もこの部屋から出ることができません。なにもしないのはもったいないので、私が代わりに符岳様の勉強をみてさしあげましょう。」
人懐こい笑みを顔に浮かべながら彼は言った。
7
「あんた・・・名前は?」
するとまた使用人に驚かれた。
それを怪訝に思っていると、微笑しながらそのことについて謝られた。
「こんな影の薄い私に興味をもって頂けたことに驚いているだけですので、気にしないでください。」
さっきまでの一連の行動を見ていると、そんな雰囲気には思えなかった。
「私の名前は深縹と申します。」
嬉しそうな顔をして深縹は言った。
「影が薄そうには見えないけど?」
すると深縹は苦笑した。
「こうして一対一で話しているからそう思えないだけですよ。集団の中で会話をすれば、私という存在は目に付きにくくなるんです。」
今まで話し相手が少なかった。
そのため、深縹の言っていることをいまいち理解することができなかった。
「できるだけ彼の体調が良くなっても教えるのに困らないように、その通りに教えていこうと思います。それで、彼は符岳様にどのように勉強を教えていましたか?」
それを聞かれて眉間に皺を寄せた。
思い返せば、勉強らしいことは何一つしていない。
普通に料理の勉強をしていたと言ったら、なんのためにと聞かれるかもしれない。
そんなことを言われたら、何を言い返せばいいかわからない・・・。
だからと言って、正直に『外に出るための勉強をしていた』と言えば、怒られたあげくにその夢は叶わなくなるだろう・・・。
そう思いながら、何か良い方法はないかと思案した。
そのとき、秋が隠れん坊をするために俺に条件を突きつけてきたことを思い出した。
「外に出ても困らないように料理とか勉強してたんだ。」
深縹が何かを言おうとする前に、彼の両肩を掴んだ。
「もし、このことをバラしたりしたら、あんたがやらかしたこの状況をバラすからな。」
すると深縹は肩を揺らしてクスクスと笑った。
「そんなことをされたら確かに困りますね・・・。良いでしょう。約束を守って下さる以上、そのことについては両目を閉じておきますね。」
そう言って深縹は両目を閉じた。
全然困っているようには見えなかったが、とりあえずこの条件を飲んでくれたことに安心した。
8
「あんた、教えるって言ったよな?」
秋が想像した調理室で包丁を片手に持ち、野菜を切りながら深縹の顔を見た。
「ええ。言いましたよ。」
「なのに、なんで『チャーハン作れ』しか言わないの?」
「チャーハンは嫌いでしたか?」
首を傾げながら真顔で深縹は言った。
「嫌いってわけじゃないけどさ・・・食材とか分量とかをさ・・・あいつみたいに細かく言いながら教えていくものじゃないの?」
すると深縹は顔に笑みを浮かべた。
「符岳様がチャーハンを作るのに悩み、試行錯誤するのも勉強の一貫です。だから、私は彼のように手取足取り教える気はありませんよ。」
それに腹が立った。
「それじゃあ、あんたの居る意味がないじゃないか。」
その気持ちが通じたのか、深縹は苦笑した。
「私の役目は符岳様が間違った方向へと進まないように見守ることです。ほら、こういう風に・・。」
そう言うと、吹きこぼれそうになっていた鍋の火を止めた。
眉間に皺を寄せながら穏やかな顔する深縹から視線をそらして、料理に集中した。
9
いつもご飯を食べている部屋で、完成したチャーハンを深縹とともに一口食べた。
すると、今までに味わったことのないような刺激が舌を襲った。
それに悶え苦しみながら深縹に視線を向けた。
彼も同じ様に口を右手で押さえて苦しそうな顔をしていた。
「だ、だから・・・『味付けの仕方くらい教えろ』って言っただろ?」
口の中を洗うように水を飲みながら、深縹に言った。
「こういう・・・失敗も大切なんです。」
辛そうな顔をしながら深縹は水を飲んだ。
「それでも・・・こんなのもう食べられないよ。どうすんだよ。あんたが素直に教えてくれれば、食べ物を無駄にしないですんだのに。」
教えてくれなかったことへの苛立ちをぶつける様に深縹に言った。
すると、深縹はチャーハンの皿を自分の方へと引き寄せた。
「符岳様が初めて一人で作ったものに、無駄なものはありません。」
そう言うと、汗を流しながら深縹はそのチャーハンを完食した。
それを食べきった直後、辛そうに手で口を抑えながら机に突っ伏した。
「あんた、無理すんなよ。」
立ち上がって、深縹の背中を撫でながら言った。
「あ、ありがとうございます・・・。」
そう言いながら深縹はゆっくりと起き上がって、コップの中に入っている水を飲み干した。
さっきの言葉に疑問を覚えた。
「なあ、なんでこんなことで礼なんか言うんだよ。当たり前のことをやってるだけだろ?」
すると深縹は微笑した。
「そうかもしれませんが・・・ありがたいと思ったことを素直に口にすることは大切です。それだけで、大切なものを守ることができることもあるんです。符岳様は最近、誰かにそう言ったことはありませんか?」
そう言われてみてそんな記憶を探してみたが、見つからなかった。
「もしなければ、私に言って頂けませんか?」
そんな予想もしなかった深縹の言葉に驚いた。
「なんで、言わないといけないんだよ。言う必要がどこにもないだろ?」
抗議した。
「ありますよ。『家庭教師の治療』『調理室の提供』『料理の指導』とかに対してです。」
満面の笑みを顔に浮かべて言う深縹の顔をじっと見つめた。
「あ、あいつの治療はあんたの失敗だろ?それは言う必要はないんじゃないのか?」
すると深縹は首を左右に振った。
「あのとき私が処置をしなければ彼は絶対に死んでいました。そうしたら、符岳様は間違いなく後味の悪い思いをする羽目になってましたよ。そうならなかったことへの感謝を言うべきではありませんか?」
そう言われて、深縹の黒い瞳から逃れるように視線を逸らした。
それを言われると・・・なにも言い返せない・・・。
「あ、ありがとう・・・ございます。」
素直にそう言った。
意識して言うと・・・なんだか恥ずかしい・・・。
「よくできました。」
人の気も知らなさそうな無邪気な笑みを顔に浮かべて、深縹は満足そうに言った。
10
「思ったけど・・・なんで、『外へ出る』って言ったときにあんたは直ぐに否定しなかったんだ?」
空になった皿を両手で持って、席を立とうとした深縹に言った。
「それをする前に、あんな脅迫を受けたら言えませんよ。まだまだ、私はここで働かなくてはいけませんからね。」
クスクスと笑いながら答えた。
確かに・・・文句を言う前にそう言った。
でも・・・あのときの深縹の様子はそんな風に見えなかった。
「なんで、ここで働いてるんだ?」
深縹のその理由が知りたくて、はぐらかされないようにそう言った。
「私の過去なんて聞いてもつまらないですよ。」
やんわりとした口調でそれを断られた。
「そんなことよりも、符岳様のお話を聞くほうが楽しそうです。符岳様は外の何が好きですか?」
追求をしようとしたが、間髪を入れずにそんなことを聞かれた。
すぐに答えようとしたが、何故かなにも言えなかった。
それに驚き、呆然とした。
「何でも言っていいんですよ?交わした約束通り、私はこのことを誰かに言う気はありません。」
深縹は両目を閉じて、顔に笑みを浮かべた。
そう言われても・・・ここから出たい理由は簡単に思い浮かぶ。
だけど、いざそう聞かれてみると・・・何も思い浮かばない。
一向に喋る気配のない俺を不審に思ったのか、深縹は目を開けた。
「言葉では言い表せないほど、外が好きなんですね。」
クスリと笑いながら深縹は言った。
違う・・・そうじゃない・・・。
そう言おうと口を開きかけたが、それを言ってしまったら何か大切な物が抜け落ちてしまうのではないかと思った。
11
「大分良くなりましたね。」
深縹はそう言って、ベッドの上で眠っている秋の胸元に置いてあった真っ黒い紙を取った。
「あと半刻もすれば目を覚ますと思います。」
顔に笑みを浮かべながら深縹は黒い紙を四つに裂いた。
その紙が気になった。
「あんたの力って・・・見てると、なんでもありだね。」
すると深縹は苦笑した。
「符岳様、私を過大評価しすぎです。私にはこんな大それた力はありませんよ。」
「でも、さっきから使いまくってるじゃないか。」
紙を指差しながら言った。
すると、深縹は紙を俺に見せるように上げた。
「私が今までしようしてきた紙には、もとから誰かの力が込められています。私はその力を適材適所で使用しているにすぎません。」
彼は苦い顔をしながらも口元に笑みを浮かべて言った。
「今回使用した紙は、体の中の悪い物を吸い取る作用があります。吸い取れば、吸い取るほどに紙は黒く変色してもろくなります。」
そう言って深縹はその黒い紙片を握り締めて、開いた。
すると紙は灰になって、手の平から消えた。
「あの料理を食べたからといって、こんな状態になるわけがありません。」
深縹の顔をじっと見つめた。
12
「それって・・・どういうことなんだよ・・・。」
深縹の黒い瞳が俺の顔を見た。
「彼はその前から体調を崩していたのでは?」
そう言われてみて、今朝の気だるそうなあの様子が引っかかった。
「でも・・・どうして?初めて会ったときは、そんな体が弱そうには見えなかったけど・・・。」
「ここに来てから、体調を崩し始めたのでしょう。そうでなければ、検査をクリアしてこの部屋には入ることはできません。」
何を馬鹿なことを言っているんだと思ったが、秋が話していた検査のことを思い出した。
「ですから、ご飯に毒が盛られていた可能性があります。」
それを聞いて驚いた。
「な、なんのために?」
「彼が符岳様の命を狙っていたからだと思います。符岳様はこの国の次期国王ですから、彼みたいなやからが居てもおかしくありません。」
な・・・
「なにが言いたいんだ?」
上手くその言葉を理解できず、そう深縹に言った。
「彼は暗殺者かもしれません。」
眠っている秋の顔を信じられない気持ちで見た。
「そんな訳がないだろ?だって、命をかけて・・『外に出してやる』って約束をしたし・・・。」
約束を交わしたときのことを思い出しながら言った。
「符岳様・・・そのときにちゃんと『生きて』と付け加えましたか?」
心配そうな顔をしながら深縹は言った。
そんなこと・・・言ってない・・・。
もしかして・・・その意味は死んで外に出してやるということだったのかも・・・。
そう思ったとたん、恐怖を抱いた。
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