隠れ遊び

雨季

第1話「隠れん坊」

慌ただしい音とともに寝室のカーテンが勢いよく開いた。

貼り付けたような笑みを顔に浮かべた細い目の男が目の前に現れた。

「初めまして。俺は今日から家庭教師をすることになった秋っていうんじゃ。」

そう言うと、秋は抱えて持っていた本をシーツの上へと置いた。

そして、布団の中から様子を見ている俺に向かって手を伸ばした。

「よろしくな。」

その手を怪訝に思いながら布団の中に潜った。

すると秋は溜息を吐いたり布団をはがしたりすることなく、ベッドに腰を下ろした。

「まあ・・・俺はそんな博識でもないけん、教えるというよりも一緒に勉強することになると思うけどな。」

苦笑いをしながら秋は言った。

そのとき、ベッドの上に置かれた本が移動する音が聞こえた。

「まあ、まずは王道に・・・苦手なとことか責めていこうか。」

秋が寄ってきた。

「なあ、苦手なことってなんなん?」

決まりきった台詞にうんざりしながら布団から顔を出した。

「勉強とあんた。」

こう言うと、嫌な顔をするだろうと内心で得意げに笑いながら思った。

「なら、興味のあることは?」

変わらない笑みを顔に浮かべながら秋は言った。

それに不満を覚えた。

「無いよ。生まれつき体が弱いせいで、生まれてから一度もこの部屋から出たことがないんだから。」

秋の後ろに見える大きな門扉を睨みながら言った。

「ほんじゃあ、隠れん坊せん?」

持ってきた本を綺麗に整頓しながら秋は言った。

「あんた、それ本気で言ってんの?」

予想にもしなかった言葉に俺は驚いた。

「本気、本気。意外に、興味の湧くようなことが見つかるかもしれんじゃん?」

ベッドに座ったまま両手を組んで背伸びをしながら秋は言った。

「なんなら、俺が負けたら外に出させてやる。」

今までに聞いたことのない言葉の連発に開いた口が塞がらなかった。

出られるわけがない。

今まで、この部屋に訪れた人に何度もお願いをしてきた。

しかし、受け方は違っていても結果はいつも『この部屋から出られない』だった。

「俺はそんな嘘に引っ掛かるような子供じゃない。」

すると秋はほくそ笑んだ。

「俺に負けるのが怖いん?」

その言葉を聞いて、頭に血が上った。

違う、これ以上期待した分だけ落胆するのが嫌なだけだ。

「なら、正式に俺と条件を結んでよ。」

左手を秋に差し出しながら言った。

「いいで。」

そう言うと同時に秋は俺の手の平の上に右手を乗せた。

「あんたが勝ったときはどうするの?」

どうせ、こいつも今までの奴らと一緒で『勉強をすること』という台詞を吐くのだろう・・・。

「俺が勝ったら、名前を教えろ。」

驚いた。

「なんで?来るまでに俺の名前は知ってるはずだろ?今更、聞く必要も無いと思うけど?」

「俺は書類よりもその口から名前を聞きたいんじゃ。」

変わった奴だと思った。

「まあ、名前くらいなら別にいいけど・・・。」

溜息混じりにそう言った。


「俺の勝利条件は制限時間内にあんたを俺が見つけること。ルールは、俺が移動できる部屋から出ないこと。これを破った方が即負け。こんな感じでどう?」

「問題ない。」

秋の了承を聞いて、左手に力を集中させた。

手に淡い緑色の光と熱を感じた。

「これであんたは俺と正式に条件を結んだ。」

それに同意するように秋はあの笑みのまま頷いた。

「もし、あんたが俺の条件を実行しなかったときは、さっき結んだ力があんたを殺すことになるから。」

その笑みを崩して後悔と恐怖に歪んだ顔を見たくて、この契約の恐ろしさを完了した後で言った。

一度完了してしまったら、何があってもこの契約を破棄することはできない。

しかし、秋はまた俺の期待を裏切った。

「上等!それ聞くと、やる気が湧いてくるわ。」

子供みたいな無邪気な笑みを浮かべて、ベッドから降りた。

「さて、始めようか。」

その笑みを絶対に壊してやると思いながら、目を閉じて数を唱えた。


「もういいかい?」

3度目の呼びかけに反応する声は無かった。

それを合図に俺は壁に背中を向けて、寝室から見える居間を見た。

「こんな子供の遊び・・・。」

不満を漏らしながら居間へと足を運んだ。

「バカバカしい・・・。」

そして、一人で生活するには広すぎる室内を見回した。

中心に置かれた白い机と2つの椅子、その後ろに立っている衣装用の戸棚・・・。

それに向かい合うように存在する庭の見える嫌な窓。

浴場へと続く扉の横に3つ並んで壁に張り付いている使ったことのない本棚。

「だいいち、興味のあるものが見つかるって見つかるのはあんただろ。」

不満を呟いたそのとき、衣装用の戸棚から物音が聞こえた。

「ねえ、どういうつもり?」

戸棚に歩み寄りながら話しかけた。

当然、その返答はない。

「隠れる気、あるの?」

そう言ってから、人が入れそうなくらい大きな戸棚の扉を勢い良く開けた。

それと同時に俺は驚いた。

申し訳なさそうな顔をした知らない男が体育座りをして戸棚の中に入っていた。

「あ、あんた・・・」

すると、男は慌てた様子を見せた。

「ぼ、僕は・・・えっと・・・あ、怪しい・・・も・・ものでは・・・・ありません。」

怪しい態度で男は言った。

よし、人を呼ぼう。

「誰か!誰かき・・・。」

大きな声で見張りを呼ぼうとした瞬間、男に後ろから勢いよく口を塞がれた。

「ま、待ってください!僕は本当に怪しい者ではないんです!」

その手を振り切ろうと俺は必死に手足をばたつかせた。

「お、大人しくしてください!!乱暴なことは何もしませんから!」

男はせっぱ詰まったような声で言った。

嘘だ。

こんな絵に描いたような怪しい行動をとる奴が何もしないわけがない。

きっと、このあとは想像したくないような目に合うはず・・・・。

「終了。」

そんなことを考えていると、落ち着いた様子の秋の声が聞こえて来た。

浴場の扉から出てきた。

「制限時間内に見つけられんかったけん、俺の勝ちじゃな。」

このありえない状況に眉一つ動かさずに秋は言った。

「勝ちって、こんなのゲームじゃない!なしだよ、なし!」

力いっぱいに男を押しのけて、のんきそうな秋のもとへ駆け寄った。

「ルール違反はしとらんけん、俺の勝ちじゃって。」

微笑しながら秋は男の側にある椅子に座った。

ルールは俺が移動できない所へ行かないこと・・・

だから、そう言われてしまうとなにも言い返せなかった。

「それじゃあ、名前を教えてもらおうか。」

「その前に、こいつは誰なんだよ。」

男に人差し指を向けると、男は身体を少し震わせて視線を冷たい石の床に向けた。

「俺は隠れん坊に勝ったんで?早く教えてくれん?」

子供が駄々をこねるような顔で秋は唇を尖らせた。

渋い顔をして俺はもう一つの椅子に座った。

「符岳・・・。」


「それで、こいつは誰?」

秋の後ろで相変わらず自身のなさそうな顔をして立っている男を睨みながら言った。

「誰でしょう?」

楽しそうな声で秋は言った。

「ねえ、ふざけてんの?俺は、こいつが誰なのかを聞いてんだけど!」

苛立ち混じりに机を荒く叩いた。

「俺はいつでも本気で?」

それに動じることなく、秋は椅子に深くもたれた。

しかし、全く本気には見えなかった。

「じゃって、普通に答えったって面白くないじゃろ?じゃったら、楽しくクイズ形式で答えようと思ったんじゃ。」

その無邪気さに腹が立った。

「そんなのんきな状態じゃないだろ!この部屋に、怪しい奴が居た。何をするか分かったもんじゃないんだぞ!」

すると、男は目に薄らと涙を貯めながら何かを言いたそうに口を上下に動かした。

「その点に関しては俺が安全じゃって保証する。」

男をかばうように秋は静かに言った。

それに男は安心したような笑みを浮かべた。

「そんで、符岳のこいつに対する答えは?」

「答え?不法侵入者。」

そう言うと男は小動物のような怯えた顔をした。

男が何度も見せるそんな反応に、からかいがいを感じた。

「へえ、どんな侵入経路で?」

興味深そうに秋は聞いてきた。

「そりゃ、この部屋の窓とか扉とか・・・・。」

窓と扉に視線を移動させながら言った。

「どうやって?」

「この建物の壁をよじ登ってきたとか・・・。」

「どんなふうに?」

そこまで聞かれるとなんだか不快な気分になった。

「壁に道具かなにかを使ってここにやってきたんだよ。」

投げやり気味に答えると秋は口元に笑みを浮かべた。

「面白いじゃん。そうすれば、簡単にここにたどり着けるな。」

俺は腕を組みながら鼻息を吐いた。

「いい案じゃと思うけどな、一つだけ問題があるんじゃ。」

そう言うと秋はゆっくりと立ち上がって、窓の方へ向かった。

そして、俺に向かって手招きをした。

招かれるままに窓に近寄ると、生い茂る芝生が見えた。

「この庭の先に少し高い塀が見えるじゃろ?」

そんな物があっただろうかと思いながらその先を見た。

確かに、大人が3人縦に並んだくらいの高さの真っ白い塀があった。

「その直ぐ近くに人が居れそうな家見たいのがあるじゃろ?」

塀の外がよく見えるように上半身が出る高さに床が設定された屋根付きの壁なしの小さな家らしきものが見えた。

「あれは物見櫓っていって、外から危ない奴が来ないように監視するためのもんなんじゃ。」

無理だって言いたいのか・・・。

「じゃけん、塀を越えんのは大騒ぎになるけん、やめたほうが良い。」

「なら、扉から・・・。」

「人の話は最後まで聞くもんで?俺はやめたほうがいいって言っただけで、絶対に無理とは言っとらんけん。」

秋は微笑しながら言った。

「符岳のさっきの回答に仲間を加える。そんで、その仲間を物見櫓とか目に付きそうな場所に立たせられる状態にする。そしたら、どうなると思う?」

大手を振ってここに来ても問題がない。

「俺が言ったとおりじゃないか。」

眉間に皺を寄せて言うと、秋は息を吐いた。

「これは、あくまで可能性の話。決めつけんのはまだ早いで?」

そう言うと秋は門扉を指差した。

「そんで、扉の方はどう考えとん?ちなみに、扉の外には常時2人の見張り番が4時間交代で居る。」

このやり取りを心底楽しんでいるかのように秋は言った。


「それで、そいつは結局誰なの?あんたと話をしてると、どんどん本題からずれてってる気がするし・・・。」

この話を始めた頃は空の色は青かった。

なのに、窓に視線を向けると空の色はオレンジ色に変わっていた。

「出題者が答えを言うわけがないじゃろ?」

苦笑いをしながら秋は言った。

「それに話がずれとるって、さっきからこいつの話しかしとらんじゃんか。」

秋は疲れた顔をしながら部屋の隅で座り込んでいる男を指差した。

男は眠そうに首を揺らしていた。

「ずれてるって!そいつの侵入経路から可能性にこの城に関する細かいこと・・・関係ないじゃんか。」

右手で頭を掻きながら秋を睨んだ。

「関係なくないけん。侵入経路を知るにはまずはここのセキュリティーから!ここのは、ホンマに馬鹿にできんけん。」

そう言うと、秋は人差し指を立てた。

「俺が符岳の家庭教師になるまで、大変だったんで?まず、6時間くらい質問攻めにされる。そんで、次は危ない物を持ってないか身体検査を受ける。最後に、能力が暴走したときとかに対処できるよう強制的に限界まで発揮させられて確認される。」

そして、秋は俺と会ってから初めて顔を曇らせた。

「そのおかげで、最後の検診の影響で3日間寝込むはめになったんで・・・。」

能力?

「能力って・・・あんたも使えるの?」

今までと同じように興味本位で聞いてみると、秋は驚いた様子を見せた。

秋は肩を小さく揺らしながら失笑してみせた。

「ああ。例外はあるけど、大体の奴は一つだけ特化した力を使うことができる。風とか読心、瞬間移動とか・・・符岳がさっき契約に使っとった力とかもそれに当たる。」

自分が特別な存在だから、ここに居るんだと少しだけ思っていた。

けど、それは当たり前のことで違った。

「ねえ、それって同じ能力を使うやつも居るの?」

「まあな。」

その返答に少し落ち込んだ。

「そんで、力の強さも瞳の色で決まっとる。」

色?

右手で右目を触った。

「力が強い順に、黄、緑、赤、青、黒がある。強さって言っても、力が使えるか使えないかの違いなんじゃけどな。」

秋は微笑しながら俺を指差した。

「俺や符岳みたいな緑色は常に能力を使うことができる。けど、赤は・・・」

そう言いながら窓を指差した。

「何故か月が出とる時は使うことができん。これは未だに解明されとらんというか、全く手がつけられとらん。」

「なんで?」

すると秋は少し嫌そうな顔をした。

「力って、差別を色濃くする材料に打って付けなんじゃ。昔からそれで力をつけてきた奴らにとって、今まで虐げとった奴らが上に上がっていく可能性のある研究は面白くない。じゃけん、研究は現在も凍結状態になっとる。」

そこまで言うと、秋は一息吐いた。

「まあ、後は・・・ご飯食ってからにでもせん?うまそうな臭いがしとるし。」

門扉を秋は指差した。

その臭いを感じるために深く息を吸い込んだが、何も感じなかった。

「なにもしな・・・・。」

そう言いかけたとき、扉を叩く音が聞こえた。

それが本当のことだったことに驚いた。

「今日のご飯はなんじゃろうな?」

子供みたいにはしゃぎながら秋は机にもたれ掛かった。


寝やすそうな白い服を着た秋が浴場から出てきた。

「ねえ、あの男の姿が食事のときから見えないんだけど・・・。」

秋が風呂に入っている最中、ずっと部屋の中を探し回っていた。

しかし、男が隠れていた戸棚に人が入るのにはキツそうな本棚、トイレに寝室を見て回ったが、見つからなかった。

「何処に行ったの?」

椅子に腰を掛けた秋を見た。

「俺は答えに繋がるようなことは何も喋らんで?」

それに腹が立った。

こうやって男の正体、居場所については笑うだけで教えてくれない。

まるで、からかわれているように感じた。

「まあ、そんなことよりもそろそろ寝ん?俺、ものすごく眠いんじゃけど・・・。」

欠伸をしながら秋は窓の外を見つめた。

「何言ってんの?まだ、寝る時間じゃ無いだろ。」

このまま秋に眠られてしまっては、勝ち逃げをされたようで悔しかった。

「今日の続きなら明日起きてからしてやるけん、今日は寝かしてくれん?俺、検査明けでまだ体力が通常の半分ぐらいしか戻ってないんじゃ・・・。」

本当に眠そうな声で秋は言った。

これでは話にならないと思った。

「仕方ないな・・・今日はもう寝てもいいよ。」

溜息を吐きながら言った。

「そんで、俺の寝床ってどこなん?」

俺は自分の寝室を指差した。

すると秋はもとから細い目をさらに細くした。

「あれ、符岳の布団じゃんか。」

「布団は俺のしかない。だから、客人は昔からあそこで寝てもらってるんだ。」

秋は不満そうな顔をした。

「客人が常に男って限らんじゃろ?女の人の場合のときはどうしとるん?」

「別に特別扱いしないよ。一緒に寝てる。」

その瞬間、秋に両肩を掴まれた。

「符岳、今度からは男女別々で寝ろ!間違いが起こってからじゃ遅いんで!!」

真剣な表情で秋は言った。

「別に、女・・というよりも人間に昔から興味はないから変なことはしないよ。」

秋の両手を払うように肩からはがした。

「そ、そんでも・・・絶対にやめろ!そんな羨ましいこと・・・。」

顔を真っ赤に恥ずかしそうにしながら秋は言った。

ただ、女性と寝られることが羨ましかっただけか・・・。

「もしかして、彼女いない歴が自分の年齢と一緒ってタイプ?」

すると秋はわかりやすく動揺した。

「そ、そんなわけがないじゃろ!俺、こう見えてももう47じゃし、ちゃんと恋愛しとるけん!大人の恋愛ってやつをな!」

分かりやすい虚勢をはりながら秋は言った。

俺はそんなことよりも秋の年齢に驚いた。

何故なら、外見の姿が俺と同じ20歳にしか見えなかったからだ。

「うそ、そんな若い姿で半世紀近く生きてるなんて・・・。どんな魔法使ったの?」

すると秋はクスリと笑った。

「希じゃけど、力を使う代償に俺みたいに成長が止まる奴と寿命を縮める奴が居るんじゃ。じゃけん、不思議なことでもなんでもないで?」

楽しそうに秋は笑いながら言った。

「まあ、もう眠たいし・・・・寝る・・・。」

欠伸をしながら秋はそう言うと、ベッドに上がって横になり静かに寝息を立て始めた。


目を擦りながら起き上がると、隣で眠っているはずの秋の姿が無かった。

夢と現実の世界を行ったり来たりしていると、カーテンが勢いよく開けられた。

窓から入ってくる日光を眩しく感じ、目を細めた。

「符岳、おはよう。」

相変わらずの笑みを顔に浮かべた秋がカーテンを両手で握りながら窓の側に立っていた。

「眩しい・・・それに眠い・・・。」

そう言いながら倒れこむように枕に頭を置いた。

「早く起きんと、符岳の分の朝ごはん俺が食べるで?」

悪戯な笑みを口元に浮かべながら秋は言った。

ご飯を食べるよりも寝ていたかった。

「お腹空いてないから、食べていいよ。」

そう言って布団の中に潜り込んだ。

「符岳・・・そんなんじゃあ、いつまで経ってもこの部屋から出られんで?」

その言葉に腹が立ち、一気に目が覚めた。

「最初から出す気なんて無いくせに!そんなことばっかり言うな!!」

怒鳴ると秋は口元に薄らと不気味に感じる笑みを浮かべた。

「俺は約束を破っとらんけん。じゃけどまあ、あんな俺の勝ち方に不満を持つのも無理ないよな・・・。」

秋は人差し指を立てた。

「じゃったら、お互いに悔いの残らない命のやり取りをもう一回しよう。今度も隠れん坊で・・・。」

無邪気な笑みを浮かべてとんでもないことを提案してきた。

今までにこういった契約は何度も結んできた。

だが、秋みたいに自分からこういった無理な話を持ちかけてくる奴は居なかった。

だから、俺は驚いた。

「符岳の勝利条件は昨日の男を捕まえる又は正体を明かすこと。敗北条件は、符岳が降参すること。時間は無制限で俺は符岳からくる質問はなんでも答える。でも、答えは絶対に言わない。」

それは・・・

「今までのやり取りとなにも変わらないじゃないか・・・。それの何処が隠れん坊なの?」

秋は微笑した。

「隠れん坊って、隠れている相手を見つける遊びじゃろ?これを隠れん坊と言わずになにを隠れん坊って言うん?」

絶対に違う気がする・・・。

そんなことを考えながら俺は秋ともう一度契約を交わした。


「ねえ、ヒントとかはないの?」

水を飲んでいる秋に言った。

「そうじゃな・・・。」

秋はコップを机の上に置いて、何かを考えている様子を見せた。

「まあ・・・ヒントにはならんけど、符岳の質問や答えの仕方に問題がある。」

それに疑問を感じたと同時に不愉快な気分になった。

「それって、どういうこと?」

すると秋は微笑した。

「符岳の答えや質問は、“犯人はお前だ!“みたいな感じなんじゃ。」

「別に、それで問題ないじゃないか・・・。」

眉間に皺を寄せながら秋を睨んだ。

「それじゃあ、いつまで経っても俺は例えそれが正解じゃったとしてもそうとは言わん。じゃって、これは符岳と俺の勝負。俺はこのゲームに負けたいと思って挑んどるわけじゃない。」

そして、秋は背もたれに深く持たれた。

「じゃけん、符岳は答えを言うんじゃなくて、俺が言い返せんような証明をせんといけん。」

「証明?」

「そうそう。そんで、それをするためには十分な情報が必要になってくる。じゃけん、この場合は俺のことを知るような質問をせんといけん。」

それを聞いた瞬間、顔が引きつった。

そんなの気持ち悪い。

「な、あからさまに嫌そうな顔をせんでくれん?」

苦い笑みを浮かべながら秋は言った。

「あんた、一体何なの?家庭教師かと思ったら、そんな素振り全く見せないし・・・。」

溜息混じりに言った。

「なら、符岳の目から見る俺はどんなんなん?」

嫌な表情をするかと思ったが、秋は意外に興味深そうな顔をして聞いてきた。

ここに来てから秋は予想外の行動しかとっていない。

だから、正直に言って・・・

「なにを考えてるか全く分からない宇宙人。」

秋はお腹を抱えて笑った。

「宇宙人か・・・そんなん言われたんは初めてじゃけん、新鮮じゃな。」

何故か嬉しそうだ。

「なら、普段はどう思われてるの?」

その瞬間、秋の雰囲気が急に冷たくなったのを感じた。

それに鳥肌が立った。

「狸。」

「なんで狸なの?見たところ、普通の体型だけど・・・。」

秋から狸を連想できる部分が全く分からなかった。

「狸っていうんは、外見のことじゃなくて、内面のことをさしとるんじゃ。ほら、よく愛想がいいのに裏でずるいこと考をえとる奴のことを“狸親父“みたいな感じで使わん?」

そんなの・・・

「知らないよ。」

するとまた笑われた。


「なあ、なんで外に出たいと思うん?」

食器が綺麗に片付けられた机に肘を吐きながら秋が聞いてきた。

俺は口元に笑みを浮かべた。

「な、なんなん。そのよくないことを考えてそうな顔は・・・。」

秋は動揺したように机から退いて、座っている椅子にしがみついた。

「なんでだと思う?」

こうやってはぐらかされ続けたことへの仕返しとして俺はそう言った。

「実は言うとされる側は苦手なんじゃけどな・・・。」

苦笑いをしながら秋は言った。

「ここが符岳の居場所じゃないからとか?」

不安そうに言った秋の言葉が胸に突き刺さった。

「なんで?」

「体が弱いって理由でここに閉じ込められるように生活をさせられたから。でも、そんならそこまで“外に出る”ってことに強くひかれんよな。」

すると、秋は考え込んだ。

「隠れん坊のとき、嫌そうな顔をして窓を見とったよな?」

今更それを否定しても意味がないと思いながら、それを否定する様に自分の顔を右手で触った。

「これは俺の予想じゃけど・・・こんな原因を作った奴が符岳の嫌いな奴と一緒にそこをよく通るから。それを見たくないから、自分から窓に近づかない。」

嫌な気持ちにしてやるはずが、いつの間にか逆になってしまった。

「昨日会ったばかりなのに、全部を知ったようなことを言うな。」

苛立ち混じりに俺は言った。

すると秋は苦笑した。

「俺の能力で心を読むことはできん。じゃけん、符岳の考えとることとか、会う前のことなんか知らんけん。」

「ここに来る前に俺についての書類には目を通したんだろ?」

それを否定したくてそう言った。

「確かに目を通した。じゃけど、あれは他人から見た符岳であって俺からじゃない。じゃけん、俺は符岳がどんな奴なのかを昨日今日以上に知らん。」

そんなはずはない。

「なら、なんであんな知ってるような言いかたができたんだよ。あんたの話を聞いてたら、全然関係なさそうじゃないか。知らないなんて嘘だろ。」

「嘘じゃないけん。答えを知る方法はなにも本人から直接聞くってことだけじゃないんで?」

俺の意見を否定するように秋は右手を左右に振った。

「相手の表情、仕草、声色とかも考えようによっては答えに繋がる情報になる。俺がさっき符岳のことを分かったように言ったようにな。」

そこまで言うと、秋は苦笑いをした。

「まあこれは全部、俺の知り合いからの受け売りなんじゃけどな。」

「その知り合いって・・・昨日現れた怪しい男のこと?」

怪しい感じが最大限に出ていたあの男の姿を思い浮かべながら聞いた。

「違う。まあ、符岳がこの問題を解けたらそいつに会えるかもな。」

微笑しながらそう言うのを聞いて、俺はそいつがこの問題の答えなのだと信じて疑わなかった。


10

「全く分からない・・・。」

秋の言っていたことを意識しながら質問を散々投げかけたが、その返答の全てに必要性を感じなかった。

俺は唇を尖らせながら机に突っ伏した。

「符岳・・・俺は出血大サービスなみにヒント出しとるで?これ以上だしたら、死ぬってレベルぐらいにな。」

微笑しながら秋は俺の頭を軽く撫でた。

それがなんだか惨めに感じた。

直ぐに秋の手を強く払い除けた。

「そんな訳がない!あんたはさっきから、この城のセキュリティーとか建物の用途に歴史とか、早く数を数える方法とかそんな変なのしか答えてない!というよりも、そっち系に俺を誘導してる!」

すると秋は頭を掻きながら苦笑いをした。

「誘導って・・・俺は説明を補っとるだけじゃけん。それは、符岳がもっと俺のことを知ろうとせんからじゃろ?」

それを聞いて鳥肌が立ち、秋を睨んだ。

「なにも・・・そういうわけじゃないけん・・・。ただ、俺は“灯台下暗し”って言葉みたいに、答えは案外近くにあるもんじゃって言いたいだけじゃけん。」

唇を噛み締めながら、その『灯台下暗し』という言葉に合うような質問を考えた。

しかし、質問するようなことがなにも思い浮かばなかった。

「ほら、こういうときは初めて会ったときにいう質問とか。」

それを聞いて、眉間に皺を寄せた。

「なら・・・名前は?」

秋の真似をして、恥ずかしさを感じながら言った。

すると、秋は満面の笑みを顔に浮かべた。

「秋。秋って書いて、しゅうって読むんじゃ。」

文字を書くように指で机を撫でるように書いて見せた。

「なんで俺の家庭教師になろうと思ったの?」

「ここは住み込みで働けるけん、働いてる間の生活費は気にせんでええなって思ったんじゃ。じゃけ、ここを選んだんじゃ。」

金がないからここを選んだのか・・・。

「その前はなにしてたの?そんだけ年取ってんだから、前に何か仕事とかしてたんでしょ?」

秋は苦笑した。

「その前は、街のゴミを拾って処分する清掃員。じゃけん、給料が低くて生活が苦しかったんじゃ。」

今までここに来てた家庭教師たちはみんな温室の中で育った植物のような奴らばかりだった。

そいつらは、俺に勉強を押し付けてきた。

それを秋がやらなかったのは、お金が欲しいという理由だけで何も考えずに畑違いな仕事を選んだからだろう・・・。

心の中で俺は密かにそんな秋を見下した。

「それで、他に質問はないん?」

いつもと変わらない笑みを顔に浮かべながら秋は言った。

「ねえ、何も考えずにこんなところに来て後悔してないの?」

「してないで。じゃって、符岳をみとるとなんか弟ができたみたいで楽しくってな。」

無邪気で言ったその言葉に驚いたと同時に少し嬉しさを感じた。

「ねえ、兄弟とか居るの?」

「ああ。兄貴2人に妹の4人兄弟。1番上の兄貴と妹は、世界各地を仲間と一緒に演舞をしながら回っとんじゃ。」

演舞?

「演舞ってなに?」

すると秋は楽しそうに口元を釣り上げた。

「演舞っていうんは、皆が見とる前で舞を踊ることなんじゃ。そんで、舞って言うんは別名曲舞っていって、楽器の音色にあわせて扇子を手に持って踊ることなんじゃ。」

それを聞いて、騒がしい音の中踊り狂っている姿を想像した。

思わず吹き出す様に笑ってしまった。

「符岳、絶対に変な想像しとるじゃろ・・・。」

疑わしそうな目をして秋が言った。

「ねえ、どんな風に踊ってたの?」

その想像をより具体的にして笑い転げたかったから、目に前で実践してもらおうと思った。

「俺は途中で挫折したけんそんなに知らんけど・・・俺の家じゃったら、式神と一緒に舞を踊っとったな。」

秋はそう言いながら顎に手を当てて考え込んでいる様子を見せた。

「式神ってなに?」

すると秋は子供のような悪戯な笑みを浮かべた。


11

「その説明は俺がこれから出す質問に符岳が答えられたらしてやる。」

そう言って秋は机に腕を置いてもたれかかた。

「俺はなんで舞を途中で辞めたでしょうか?」

目を細めて秋を見た。

秋の顔は相変わらずだったが、どことなく子供の悪戯程度では済まさないような悪巧みを考えている雰囲気を感じた。

「それは・・・。」

嫌だったからと言いかけて俺は口を閉じた。

それだけじゃ秋の求めている答えにならない・・・。

「式神が・・・・使えなくて辞めたとか?」

顔色をうかがいながら言ってみたが、それは意味が無かった。

「誰が?なんで?」

誰がって・・・普通に考えれば秋だ。

でも、そうだとしたら秋が『なんで?』を付け加えて聞いてくるだろうか・・・。

俺のあの解答にあの言葉は不必要だ。

「符岳、俺は4人兄弟って言ったで?そんなかで、俺がなんも喋っとらん奴が1人居るじゃろ?」

それを聞いて先ほどまでの秋との会話を思い出した。

「あんたがあんまりにも下手過ぎて、2番目の兄貴が呆れて家から出て行った!」

自信満々でそう言うと、盛大な溜息を吐かれた。

それに少し腹が立った。

「ふ、符岳・・・俺が言った質問、覚えとるか?」

疲れたような顔をしながら秋は言った。

そう言われて改めて思い返してみると、さっき言ったことは自分でも変であったと思った。

「ねえ、あんたたち兄弟の能力ってなんなの?」

それを聞いて、秋はクスリと笑った。

「俺の家は代々、式神を使える奴が多く生まれる家なんじゃ。じゃけん、俺らは式神を使うことができる。じゃけど、2番目の兄貴だけはそれと光を操ることができたんじゃ。」

「なんで?」

「普通、黄色い瞳以外の奴は2つ能力を持つことはない。じゃけど、俺の家は式神を使うことを得意としとった。じゃけん、使えん奴が居ればそれが使えるようにする方法があった。」

つまり・・・秋が言いたかったのは・・・。

「秋の兄貴がまともに式神を使うことが出来なかったから、辞めたの?」

「まあな。俺は兄貴思いじゃけん、兄貴が目立てるように舞台から退いたんじゃ。もとから俺に向いとらんかったし、こっちの仕事のほうが楽しいけん。」

穏やかな笑みを浮かべる秋の顔にどこか悲しそうな雰囲気を感じた。

それが本当の解答ではない気がした。

「そんで式神っていうんは、俺ら術者の血を媒体になる紙に付けて呼び出した奴のこと言うんじゃ。分かりやすく風船に例えて言うと・・・浮いとる風船が式神で、それがそこらへんにいかんように繋がっとる紐が血でもって歩けるように俺が持つ・・・こんな感じかな?」

それを聞いて晴天の下で秋がのんきにスキップしながら風船をもって街中を歩く姿を想像した。

「風船好きなの?」

目を細めながら聞くと、秋は顔をヒクつかせた。

「これは例え話じゃけん・・・。」

秋は溜息を吐いた。

「そんで、あいつがなんなんかもう大体は見当がついとるじゃろ?」

答えを急かすように秋は俺を見てきた。

そんな秋を俺は睨んだ。

「あの男はあんたの式神ってわけだろ?」

この問題を解く前は難しいことを考えていた。

しかし、いざ解いてみるとこの問題は単純で下手したら子供でも言い当てそうな答えだった。

秋が遠まわしに俺を馬鹿だと言っているような気がした。

「そう思うじゃろ?じゃけど、それじゃあ外に出すことはできん。」

そう言うと秋はいきなり親指を噛み切った。

そして、傷つけた親指を机の上に乗せて大きく息を吸い込んで見せた。

「青式、我が血に従いこの場に姿を現せ。」

すると、机の上についいた血に俺と契約を結んだときのような弱々しい光がでた。

ゆっくりと静かにその光を掴むように秋は手を浮かせて、苦い笑みを浮かべた。

「これが今の俺の限界。」

そう言って秋は手を仰向けにして勢いよく広げた。

それと同時に小さな炎がまたたく間に手の平に現れて消えた。

なにが言いたいのか分からなかった。

「俺はここに来る前に能力検査で能力を封印されとる。じゃけん、出そうとしても全部こうなる。今の俺は式神を出すことができん。さあ、次はどう答える?」


12

「どうせ、封印されてても使うことができるんだろ?」

秋との会話の内容を思い出しながら言った。

口元を釣り上げて秋は笑った。

「どうしてそう思えたん?」

「あんたが自分で『あんたの家では使えない奴でも能力を使うことができる』って言ってたから。だから、あの男はあんたの式神だろ?」

すると、秋は静かに拍手をした。

その音が部屋の中に鳴り響いた。

その光景を見て、嬉しさのあまりに胸の鼓動が早くなった。

「正解。」

それを聞いて、俺は自然に拳を肩のあたりまで上げた。

「確かに俺の家にはその方法がある。今回、俺はそれを使ってあいつ・・・桃花を呼び出したんじゃ。」

いつものように顔に笑みを浮かべながら秋は言った。

「これで・・・外に出してくれるんだよな?」

大きな声で俺は言った。

「ああ。符岳が正解を言えたけん、出してやる。じゃけど、それは今じゃない。」

その言葉を聞いたとたんに、嬉しかった気持ちが急に無くなった。

「どういうことだよ!ここから出してくれるって言ってたじゃんか!あれは、嘘だったのか?」

秋を責め立てた。

「俺はこの契約を結ぶとき、時間を指定して言っとらん。じゃけん、嘘もついてないし契約を破ったことにはならん。じゃけん、符岳の力で殺されることはない。」

満面の笑みを顔に浮かべて秋は言った。

やられた・・・。

最初から秋はここから出す気はなかった。

だから、安易にこの契約を結ぼうと言ってきたんだ・・・。

「時間は指定しとらんけど・・・約束した以上は、近いうちにここから必ず出してやる。じゃけん、安心しろ。」

そう言って秋は駄々をこねる子供をあやすように俺の頭を撫でた。

それを不快に感じた。

そんなの・・・確かじゃない・・・。

そして、すぐにその手を叩き落とすように手で払った。

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