八十六 反乱軍との戦い

 反乱軍は岩石と岩石の間を通り、徐々に迫ってくる。

 グリアノスは岩の陰から覗き込んで、敵の様子を確認した。彼らの体躯はみな一様に大きい。得物もまた大きく、重装歩兵といったところか。倒すのは一筋縄ではいかないだろう。

 だがマ国との戦争と違い、グリアノスたちの目標は生きて帰ることだ。反乱軍が勝利しようが、グリアノスたちにとって関係がない。一番上が変わるだけのこと。村での生活においてはあまり変わりようがない。ただ女帝側が勝利すれば、生き延びる確率が上がるだろう。

 問題なのは、ケイザル・トラガに気に入られてしまったことである。おかげで今回も面倒な仕事を命じられてしまった。しかしただの村人であるグリアノスたちには断る術をもっていない。ここはやるしかなかった。

 帝国側の魔法砲撃部隊が攻撃を開始。魔力の砲弾が一斉に放射された。対する反乱軍も、魔法攻撃を行う。砲弾同士がぶつかり合い、あぶれたものが対面の陣地へ襲いかかった。

 すかさず魔法防御部隊が魔力の壁を張って防ぐ。だが一部は壁に阻まれることなく兵士たちに降り注いだ。死傷者も出ているようだが、ミスティル製の防具のおかげでかなり少ない。

 反乱軍も同じく魔力の壁を作るが、しかし決定的な違いはミスティル製の装備を揃えていなかったことである。そのせいで被害の程は明らかに反乱軍の方が多かった。

「そろそろ動くぞ」

 カースは言った。他の二人は言葉なく頷く。

 反乱軍に見つからないように、岩の陰を利用しながら迂回して三人は進む。

 気配を消して先頭を歩くグリアノスが、進路の先に見張りの敵兵がいるのを発見した。立ち止まり、手で合図を送って知らせると、真ん中にいるカースが後ろのルグストに目配せを送った。ルグストは敵兵が見える位置まで慎重に動き、矢を射ってこれを音もなく処理。

 そうしてさらに進んでいくと、敵が陣形を組んで待機している場所に出会した。

 岩陰に潜み、観察する。

 一際派手な鎧を纏い、いかにも強そうで威厳のある兵を発見。敵将の一人に違いない。

 敵陣の只中に飛び込み敵将を狩りとる事。それが今回彼らに任じられた任務であった。

 カースがルグストを見る。ルグストは首を横に振った。敵将の周囲を兵士が囲っていて、射線を確保できないのだ。かといってグリアノスを差し向けても、この状況下ではすぐに発見されるに違いない。

 ケルトがいれば、あの俊足で陣営を掻き乱し、グリアノスを生かせるのに。

 改めて失った者の大きさを噛みしめながら、カースは決めた。

「俺が敵を引きつける。その間にグリアノスは奴を討て」

「分かっ、た」

「俺は?」

 と、ルグストは聞いた。

「援護を頼む」

「了解」


 駆け出したカースは、同時にいくつもの炎の球を産み出し、敵兵に向けて射出した。

 炎の球は陣営の真っ只中に着弾。一部は気づいた敵兵が作り出した魔力の壁によって阻まれたが、多少の損害は出せただろう。

 それよりも、目論見通り敵がカースに気づいた。不意打ちを喰らい、色めき合う敵兵たち。

 へ、とカースは笑う。

 炎の球を再度作り出し、放出する。しかし敵もただ黙っているわけがない。相手陣営から魔力の砲弾と矢が飛んできた。

 武者震いで体がぞくぞくと震える。

 死ぬかもしれない。けれど不思議と恐怖はなかった。

 カースはケルトほど速く走れるわけではないが、それでも村の中では上位の足の速さを持っている。何よりもその反射神経は特筆するものがある。

 飛来する魔力の塊を避け、向かってくる矢を槍で防いだ。そうして方向変換を繰り返しながら、徐々に近寄っていく。

 時折矢が体をかすめ、魔力製の砲弾が間近を通過した。いつ決定的な一撃を食うか分からない。

 ケルトがいればもっと上手くやれた。しかし彼はケルトではない。彼なりのやり方がある。

 カースは炎の壁を展開した。攻撃を防ぐと共に自らの姿を隠す。

 右手から大きめの炎を放出。間髪入れずにカース自身はその反対方向へ躍り出た。

 一部の敵兵は飛び出た炎の塊に釣られて攻撃する。おかげでカースへ飛んでくる攻撃は一瞬薄くなった。その隙を逃さずに距離を詰める。

 敵の集団はカースを止められないことに焦りが見えてきた。攻撃の密度が上がっていく。意識がカースに集まってきている。

 ルグストは矢を射ながらグリアノスを見た。そろそろじゃないかと目で訴える。カース一人ばかりに負担が集まっていくのはさすがに心配で仕方がない。

 グリアノスも同様に心配している。けれど彼は首を横に振った。まだその時ではないと。

 そうして、ついにカースは敵群の中へ突入した。四方八方から押し寄せてくる敵、敵、敵。

 カースは、魔法で煙を発生させた。敵の視界を奪い、ジグザグに走りながら、炎の球を上空へ上げた。

 炎の球は、大きく音を立てて中空で破裂。小さく分裂した火の玉が、敵兵の頭上へ降り注ぐ。大した威力にはならない。だが敵の注目を否応なく向けさせた。

「合図、だ。行く、ぞ」

 グリアノスは小さく呟き、ルグストは頷いた。

 瞬間、グリアノスは走り出した。彼の走力は並だ。けれど少しでもカースの負担を減らすべく、岩石を巧みに利用しながら全力で走っている。その癖、足音を消し、気配も完璧に殺しているのだからさすがとしか言いようがない。

 ルグストも負けじと矢を放つ。狙うべくは、カースが気づいていなさそうな敵だ。それを瞬時に見分けながら的確に射っている。天晴な腕前。だがそれも劇的に負担を解消できるわけではない事実に、ルグストは歯痒く思う。

 敵兵の意識がカースに向いているおかげで、グリアノスはあっさりと敵軍の中へ突入することができた。

 カースがどこまで持ち堪えられるか分からない。一刻でも速く敵将を討たなければならない。雑兵に構ってはいられないのだ。

 視界の上を炎の球が走っていく。カースの合図だ。あの方向に敵将がいるのだろう。

 一番苦しいはずなのに、それでもこうしたことができるのがカースの凄いところだとグリアノスは思う。

 絶対に生きて帰ると、もう一度深く胸に刻み込んで、グリアノスは敵将に向かっていく。

 さすがに全く見つからずに移動することなど不可能だ。だが敵の意識はカースに向いている今、彼らのグリアノスに対する危険度は低い。それだけカースが派手に動き、敵兵を可能な限り倒しているということだ。全く攻撃しないグリアノスを無害な者なのだと認識しているのである。

 そうしてグリアノスはその隙を突いて動く。側から見ればそれはさぞ不思議な光景だろう。何しろ目と鼻の先を敵が何事もなく通過していくのだから。

 そうして、グリアノスは敵将の背後を取った。相手は気付いていない。さっと、剣を走らせる。首が飛んだ。

 周囲の敵兵が叫び声を上げた。彼らからすれば、唐突に大将の首が飛んだようにしか見えないのだから当然だろう。そうしてようやくグリアノスに気づく。あっという間に殺意に囲まれた。

 その時、猛然と煙が沸いた。カースの魔法だった。

 突然視界を奪われた敵兵は、混乱に陥った。グリアノスはその隙を見逃さずに走る。

 敵兵の中を掻い潜る中、カースと合流。目配せを送り合うと、カースは再び煙を発した。

 そうして二人は、無事に逃げ出すことができたのだった。




 歩兵と歩兵がぶつかり合っている。

 反乱軍側の重装歩兵は、さすがの練度である。国境沿いに位置する彼らは、日々の訓練を欠かさない。北方は自分たちの手で守る。そういう気概があった。

 対して帝国側の兵である。グルンガル・ドルガなどが訓練を行なった正規兵たちは彼らに引けを取らないぐらいの練度だ。だが、ついこの前に兵士として雇われたばかりの臨時の兵が多い。その上、先のマ国軍との戦闘で疲弊していた。

 おかげで重装歩兵に押されつつある。

「さすがは叔父様、と言ったところでしょうか」と、メメルカ・ノスト・アスセラスは顎に手を当てて言う。「我が軍が押され気味のようですわね」

 彼女は、真紅のドレスを着て大岩の上から様子を眺めていた。傍には、護衛のフェルリナーラ・トルキンとグルンガルが立っている。

「は。相手はカルメル共和国を力だけで押し返したギョールガ様です。兵士はどれも屈強な猛者として知れ渡っています。臨時の兵が多い我が軍の方が個々の力で劣っています。これは、その差でしょう」

 答えたのはグルンガルだ。押されていると認めているのに、冷静そのものである。もっともそれは、メメルカも同じであったが。

「なるほど。でも、今のこの状況は、予定通りなのでしょう?」

「無論、でございます。すでに布石は打っています。その内に効果を発揮する事でしょう」

「例の、ケイザル様肝入りのグリ村出身の狩人たちですね」

「は。あの獣の魔人を狩った者たちです」

「効果を発揮できなかった場合は、どうしますか?」

「問題ありません。私がいますから」

 何のてらいもなく、グルンガルは言い切った。だが決して冗談に聞こえないのは、帝国最強の名は伊達ではないからだ。

「頼りにしていますよ」

「はっ」


 シーカ・エトレセは、焦れていた。

 帝国側がじりじりと押されているからではない。予定通りなのだとは事前に知らされている。

 だがグルンガルに、決して前に出るなという命令をされていた。

 シーカの脳裏にあるのは、あの剣の魔人との戦いだった。

 あの、ひりひりとした感覚。自分が生と死の狭間に身を置いているという実感があった。

 もう二度と味わいたくないと、終わったときには思ったけれど、時間が経つとまた、あの綱渡りのような緊張感をもう一度感じたくなっている。

 ゴーガみたいな戦闘狂になってしまったんだろうか。

 そうかもしれないと、シーカは思う。

 だから、今すぐにでも敵陣の中に突入して、あの感覚の片鱗でもいいから味わいたいというのが今の本音であった。

 グルンガルのことだ。そうしたシーカの欲求を見越した上で、前に出るなという命令を下したにちがいない。

 シーカが出ればきっと戦局は一時的には変わる。だが大局的には悪手なのだろう。そのこと自体は分かっている。ならばこそ、焦れているとも言えた。

 そうして、自己を抑えながら戦っていると、空の上を火の玉が飛んでいくのが見えた。誰かがあの下で戦っているのだ。それも思う存分に。そう思うと、羨ましく感じた。

 まだか、まだか。気持ちが逸る。




「ふん。やはり女が帝王など務まらぬのだな」

 胸の前で腕を組み、四つ足の獣の上から戦場を見渡すギョールガは鼻で笑う。

 徐々に帝国軍を押している事実に、すでに勝利を確信していた。

 もしも相手がオルメルであったなら、こうはならなかっただろう。そういう確信がギョールガにはあった。相手がオルメルであっても負ける気はしないが、それでも拮抗はしていたはずだ。

「やはり、俺でなくてはな」

 自分が帝王になれば、簡単にマ国とやらを追い払えるだろう。そうなれば、英雄として名を残すことになる。メメルカは、どこぞの変態貴族にでもくれてやればよい。あの美貌だけがかの女の唯一の取り柄なのだから。その後は、ドグラガ大陸にあるというマ国を攻め落とし、魔人を奴隷化しよう。そうして島々をも飲み込み、名実ともにメルセルウストの支配者になるのだ。

 そうやって想像を巡らせてほくそ笑んでいると、ただならぬ表情の兵が駆け込んできた。

「ほ、報告があります!」

 全力でここまで走ってきたのだろう。兵の呼吸が荒い。

 ギョールガは兵を睨みつけて尋ねる。思考を邪魔されて、不機嫌になっているのだ。怒っていることに気がついた兵は、思わず震え上がった。

「 ……どうした?」

「も、申し上げます! か、各隊の将が、つ、次々にやられております!」

「何? どういうことだ?」

「少数精鋭による攻撃です。どうやら相手は暗殺に長けている模様」

「……姑息な手を」

 ギョールガは怒りを露わにした。その様子を見た周囲の兵たちは、思わず縮み上がる。

「各隊に早急に通達しろ。各自暗殺に警戒。女帝の卑怯な手に絶対に屈するな」

「はっ!」

 兵士たちが各隊に向けて散らばったのを見送ると、ギョールガは苛々した様子で呟く。

「……このような手に頼るしかないとはな。やはり女には任せておけぬ」





 戦場の中、太鼓の音が鳴り響いた。

 合図だ!

 シーカは嬉しそうに笑う。

「いいな、調子に乗って攻めすぎるな! きちんと、残しておけ! 手筈通り、突撃開始!」

 大声で部下たちに命じると、シーカは率先して先頭を駆けた。

 目の前には大袈裟な鎧兜で身を包んだ敵兵がいる。だが動きが遅い。

 そんな重たい鎧を着ているからとろいんだ。

 シーカが剣を振るうと、相手の脇下が引き裂かれ、そこから血がぶわっと吹き出た。

 どれだけ重装備で体を守ろうとも、関節部分は構造上弱くならざるえない。

 シーカはそこを狙ったのである。

 返り血を浴びながら、シーカは次の標的へ向かう。

 溜まっていたものが、一気に解放されたみたいな気分だった。

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