二十二 仕事探しは

 津村稔と喜多村由梨江が案内された部屋は、ベッドとタンスと机があるだけの、とても簡素な部屋だ。シニャの教会とは違い、稔もこの部屋に泊まる事になっている。

 稔が普通の部屋に泊まる事に対して、ムルレイは初め難色を示していた。奴隷の寝床として、粗末な納屋を薦めるほどに。けれど由梨江は、稔を自分が泊まる部屋に置いておきたいと強く主張したのである。仮初めではあるが、稔は奴隷扱いだ。すなわち由梨江の所有物と言う事になる。だからムルレイは、真っ向から否定が出来ず、渋々許可を与えたのだ。

「あまり言いたくはないのですが……。そういったご趣味は、あまりよろしくないかと」

 ムルレイは視線を逸らして、由梨江にそう忠告した。おそらくムルレイは、おかしな想像をしているに違いない。由梨江も、実のところ、ムルレイが何を想像しているのか、考えが及ばないわけではない。それに稔がしたいのであれば、由梨江としては応じたいと思っている。とても残念な事に、稔はそうした欲求をぶつけようとは決してしないが。

 続いてムルレイは、食事を持ってきてくれた。由梨江用にはシチューに似たシグーラムという料理と、何かの実が練り込まれたパルツが籠一杯に入っていて、とても美味しそうだ。しかし稔は、パルツ一個のみを床に置かれたのである。

 あまりの扱いの差に、由梨江はまたも怒りをぶつけたくなったけれど、かろうじて堪える。そのかわり、ムルレイが部屋から出た後で、自分の分の半分を稔と分けて食べた。味は良いはずなのだが、しかし酷く不味く感じたのだった。

 その後、備え付けられたタオルを濡らして汗を拭き取る。由梨江は前みたいに自分の身体を稔に拭いてもらおうとしたものの、稔が全力で拒否したがために、一人が拭いている間、もう片方は外に出て待つ事となった。

 それが終わると、お互い疲れていた事もあり、今日はもう就寝することにしたのである。恒例の問答を行ってから、由梨江がベッドに、稔が床で眠る事に決まった。

「……ねえ、稔」

 由梨江は、ベッドの上で横たわり布団を被った状態で、床の上に寝ている稔に話しかけた。

「……何?」

「稔が奴隷のフリをする必要って、本当にあったのかな」

「そのおかげで暖かい飯を食べる事が出来たし、こうやって寝床も手に入れることができたじゃないか」

「でも、そのおかげで、稔は……」

「気にしないでくれ。ほんの少しだけ我慢するだけなんだから」

「ほんの少し? あんな、あんな扱いを受けながら、ほんの少し?」

「ごめんな」

「謝らないでよ……。私、本当にこんなの望んでいないんだから」

「でも、こうするしかなかったと思う。このまま野宿をしても、まともな食事にありつけられたかどうか……」

「それは……」

 由梨江は反論する言葉を失った。それは確かにその通りだったからだ。彼女ならば、何を食べても死にはしないだろう。毒草であっても、魔法の力でたちまち治療してしまう彼女ならば。しかし稔は違うのだ。毒を食べれば死ぬ。もちろん由梨江の魔法が間に合えば助かるに違いない。だが毒にも様々な種類がある。即死性の高い物から、長い時間を置いた後に発症する物もある。中には自覚症状に気付きにくい物もあるだろう。例えば稔が毒草を食べたとして、その効果が眠っている時に出たとしたらどうだろうか。そして誰にも気付かれずに死んでしまうのだ。そうなってしまえば、例え由梨江の治癒魔法がどれほど強力であったとしても、死者を治す事は出来ないのだから。

 仮初めとはいえども、稔が奴隷になってしまった事は、仕方のない事なのだ。あの状況下では、あるいは他に方法があったのかも知れないけれど、今の二人には思いつく事が出来なかった。この選択が、きっと一番正しい事なんだと、由梨江は言い聞かせる。だけれども、釈然とした思いはいつまでも抜けきれない。そもそも奴隷制度自体が、地球では稀に見る悪法であると理解しているからこそ、これが最善だとはどうしても思えないのだった。

 思考の渦の中に入り込んでいた由梨江は、いつの間にか稔が寝息を立てている事に気が付いた。

 ため息を吐きながら、不安に思う。こんなに醜い世界で、二人は生きていけるのだろうか。

「……しず……く」

 稔は、今地球にいるはずの恋人の名を寝言で言った。

 由梨江は何もかも忘れたくなって、再びため息を吐くと、ようやく眠る事に集中し始めたのだった。


「まさか……本当に治してしまうなんて」

 ムルレイは感嘆とした声を上げた。

 今、まさに由梨江が、黒い染みに犯された病人たちに治療を施している最中なのであった。ムルレイの隣には、五十代半ばの神父、ベキルガが立っている。彼もまた、声には出さないが、驚いているのが傍目で見ていても分かった。

 部屋の隅で一言も喋らずに大人しくしている稔は、ムルレイたちが驚く様子を眺めていた。由梨江の回復魔法は、この世界の常識から外れた力を持っている。その事を確信させる光景だった。

 破壊しか出来ない稔の魔法と違い、由梨江の魔法は誰かを助ける事に特化している。加えて心優しい由梨江なら、きっと好意を持って受け入れられるに違いない。けれど稔の場合、姿をさらせばそれだけで迫害を受けるだろう。自分の存在が、由梨江にとって足枷になってしまっている。その事に彼自身も気付いている。

 しかし、だからと言って稔が由梨江から離れるわけにはいかない。稔がいなくなれば、彼女は自殺を試みるだろう。成功するかどうかは由梨江にとって問題ではないのだ。

 やがて由梨江は、全員の治療を終えたらしく、緩やかな足取りでムルレイとベキルガの元へ近寄ってきた。

「終わりました。これで大丈夫だとは思いますが、一応は気をつけておいて下さい」

「もちろんだとも。本当にありがとう」

 ベキルガはそう礼を述べながら、両手を広げて由梨江を軽く抱擁した。由梨江は戸惑ったけれど、なすがままに受け入れる。感激のあまり涙を流すムルレイも、由梨江の事を抱きしめた。

「素晴らしい力だった」と、ベキルガは由梨江を讃える。「メルセル様とウスト様が、我らに奇跡をもたらせてくれたのだ」

「奇跡だなんて、そんな大げさな事」

「いいえ」ムルレイは、謙遜する由梨江に対して首を振るう。「あなたは、奇跡そのものです。それだけの事を行ったのです」

「そんな……こと……」

 由梨江は困った顔を稔に向けた。けれど稔が動くわけにはいかない。稔は奴隷だ。物なのだ。稔は誰にも気付かれないように握りこぶしを作って力を込める。爪が手の平に食い込んで痛みが走る。

「もし、よろしければ……」ベキルガは由梨江に頼む。「西側にも教会があります。そこでも同じように病で苦しんでおられる方が大勢いらっしゃいます。ユリエ様のお力で、彼らをお救いなさってもらえませんか?」

「私からもお願い申し上げます」続いてムルレイが由梨江の手を取って懇願する。「あなた様のお力で、彼らもお救いください」

 由梨江は再び稔を見る。だけど彼は微動だにせずに、由梨江の事を見続けていた。表情はフードに隠れてよく見えない。

「分かり……ました」

 由梨江は頷いていた。


 稔と由梨江は、西ベネト教会にムルレイの案内でやって来た。教会のデザインは、東の教会と同じで、左側が大きく、西側が小さい。

 中に入ると、神父が祭壇の前に立っていた。三十代も後半に差し掛かっていそうな彼は、早速ムルレイに気が付くと、親し気な笑みを浮かべる。

「おや、ムルレイさんではありませんか。今日はどういたしましたか?」

「はい。実は今日、ぜひ紹介したい人物がいらっしゃいまして」

「ほう」と神父は目を細めて、ムルレイの背後にいる由梨江に視線を向ける。「ひょっとして彼女の事かな?」

 彼もまた、稔の事など眼中にない様子だった。

「その通りです」と、ムルレイは言う。「彼女は、あの病を、瞬く間に治療してしまったのです」

 神父は目を剥いて由梨江を見た。

「本当ですか? にわかには信じ難いのですが」

「もちろん本当です。ですが、信じられないのも無理はありません。何しろほうぼうに手を尽くしても、治す事は叶わなかったのですから。しかし彼女は違います。私は実際に彼女が病を魔法で治す所を目撃したのです」

「ふむ……。あなたがそこまでおっしゃられるとは……。いいでしょう。分かりました」神父は由梨江と向き直り、続ける。「申し遅れました、私はクルビスと言います。あなたのお名前をお聞きしても?」

「由梨江です」

「ユリエ様。あなたのお力をお借りしたい。よろしいでしょうか?」

「……はい。構いません」

 クルビスはやはり稔の名前を聞かなかった。気にも留めずに、クルビスは由梨江を病室に案内すべく前を歩き始める。稔はただ後ろを追っていくだけだった。

 病室の中に入る。東ベネト教会や、シニャの教会と同じように、黒い染みが身体に浮かんでいる患者たちが、所狭しと並んだベッドの上で寝込んでいる。

 由梨江は早速始めた。不愉快な感情が、爆発する前に終わらせたかった。

「……すごい……奇跡だ」

 お決まりの台詞をクルビスが言うのを、稔は冷ややかな気持ちで聞いていた。

 苦しんでいる人を助けたい。そんな気持ちで治療している由梨江は、反面、奇跡だと讃えられたくないのだ。凄いとも褒められたくもない。

 やがて全員に回復魔法を掛け終えると、

「君を、ぜひ聖女に推挙したい」

 クルビスは感激した様子でそう提案した。

「それはとても良い事だと私も思います」

 ムルレイも同じような調子で賛成する。

 二人は無遠慮に由梨江に近づいた。鼻息が荒く、顔色は紅潮している。

 二人の圧に気圧された由梨江は、ずりずりと後ずさって、稔がいる所まで戻った。

「どうかね? あなたは聖女になるべき御方だ。それだけの事をあなたはしている」

 クルビスは追い討ちをかけるみたいに言った。明らかに興奮した顔付きだった。

「いや、です。そんなの。私は、そんな人間なんかじゃ」

「いいや。あなたはそれだけの人物だ。それにあなたが聖女となれば、みなの希望となるだろう。これまで以上の人々を救うことにもなる」

「……私は、なりたくない、です」

「そこを、みなのためだと思って、ぜひに」

「いやです。本当に、いやなんです」

「なぜそこまで頑になりたくないのかな? 聖女になりたくてもなれない人の方が多いと言うのに」

 ばんっ。

 けたたましい音が鳴った。三人の視線が稔に集まる。しかし稔は何も言わない。表情もフードに隠れてよく分からない。

 唖然としているのはクルビスとムルレイである。壁を叩いて音を鳴らしたのが稔である事は明白だったからだ。だが、なぜなのか。二人の頭の中には疑問しかなかった。本来であれば、奴隷がそのような行為をするはずがない。奴隷に落とされた時点で、彼らは過酷な教育と言う名の洗脳を施されて、主人の便利な物でしかなくなるのだから。

「ふんっ」ムルレイは汚い物を見るかのように鼻を鳴らして言う。「どうやらきちんとした教育を受けていない奴隷のようですね。こんなに素晴らしい方の顔に泥を塗るとは、全く嘆かわしい限り。恥を知りなさい」

 稔は何も答えない。

 クルビスとムルレイは、彼がなぜ壁を叩いたのかが分からないようだった。ただ奴隷らしくない振る舞いに怒っているのである。

 もちろん由梨江は稔の行為の意味を勘付いていた。ああすることで注意を由梨江から逸らしているのだ。そうしてさらに、稔に対する物言いに、由梨江の内側から込み上がってくる物があった。

 それは怒りだった。

「……彼は、私の奴隷です。私の物です」由梨江は怒りを露にして言う。「彼の振る舞いは私の振る舞いです」

「奴隷の振る舞いが……ですか?」

 驚いた様子でクルビスは言った。

「そうです」

 由梨江の迷いのない返答に、信じられない、とでも言いたげに、クルビスとムルレイが呆れた顔をする。まるで異星人でも相手にしているような視線を彼らは送って来た。されど由梨江には、その視線が心地よく感じられた。

「正気ですか?」と、ムルレイは言う。「今すぐその考えは改めるべきです。それとも、夜を共に過ごすことで、おかしな感情移入をしているのではないですか? 分かってはいるのでしょうが、彼は物なのですよ」

「私は至って正気です。それに彼は物ではありません。……奴隷ではありますが、生きているんです」

「……どうやら、彼女を聖女に推す事は少し考え直さなければいけないようですね」

 クルビスは苦虫を噛み締めた顔をして言った。

「そうみたいですね」

 すかさずムルレイは同意する。

「あなたは危険な考えをお持ちのようだ」クルビスは由梨江に向かって言う。「それこそ、私たちの神様を否定するが如く、危険な考えを」

「クルビス様。彼女は暫く私どもの東ベネト教会にて滞在をする予定です。ですので、その間に何としても私たちの手で彼女の考えを変えてみせます」

「頼みましたよ」

 馬鹿馬鹿しい、と由梨江は思った。一刻でも早くここから離れたくなって、

「……すみませんが、これから用事がありますので、これで」

 と、言った。




 教会から出た稔と由梨江は、昨日トルガから紹介された斡旋所までやって来ていた。

 由梨江は扉の前で立ち止まっている。稔は何か声を掛けたかったけれど、人の往来が激しいこの場所で、奴隷から話すのは具合が良くなかった。

 よし、と由梨江は日本語で小さく呟くと、意を決したのか、扉を開けて中に入った。

 からんからん、と扉に付けられた鈴の音が鳴り響く。中にいる人たちが容赦のない視線を由梨江たちに浴びせた。

 見るからに屈強そうな強面の男や、肉体労働よりも頭脳労働の方が得意そうなインテリ風の優男など様々にいる。それから女性も数人ほどいて、彼らは壁を埋めるように貼られた沢山の紙を一心に眺めていた。紙には踊るような字で紙面一杯に埋められている。あそこに仕事が書かれているのだろうか。しかしながら、文字が読めない二人にとって、それは意味の分からない記号の羅列でしかなかった。

 奥の方へと視線をやれば、どうやら受付らしいカウンターがあって、三人の女性がそれぞれ対応しているようだった。

 由梨江は左右をきょろきょろと見回した後に、カウンターがある奥へと恐る恐る足を運ぶ。

 真ん中と左側の受付にはすでに先客がいる。手が空いているのは右側にいる女性だけだった。由梨江と目が合うと、彼女は人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた。

「何か仕事をお探しでしょうか? よろしければこちらにどうぞ」

 由梨江は引き寄せられるように右の受付に近づいて、

「その、私たちは文字が読めないのですが、それでも出来る仕事はありますでしょうか?」

 と、心配そうに尋ねた。

 受付の女性は、私たちと言う言葉に少し引っ掛かりを覚えたものの、少しも笑みを崩さずに答える。

「もちろん大丈夫ですよ。この町でも、そう言った方は珍しいことではないんです。ですが一つよろしいでしょうか? 働かれるのは、後ろにいる奴隷でしょうか?」

 その言葉に由梨江は思い至る。恐らくは、奴隷に働かせて主人は楽をする。それがこの世界の普通のあり方であろうと言う事に。

「いいえ」と、由梨江は否定して続ける。「私が、働きたいんです」

 受付の女性は、今度こそ奇妙な目線を由梨江に向けた。よほど珍しいに違いない。

 由梨江は前方と、それから背後からの視線に気が付きながらも、さらに言葉を連ねる。

「変でしょうか? でも私、働くのが好きなんです。何だか充実している感じがして」

「なるほど」と、目の前の女性は同意する。「分かる気がします。私も仕事を始めてからら、生活に張りが出て来たように感じますから」

「分かりますか? 後ろにいる奴隷は、私の護衛と家事をさせているんですよ。そうすれば、何も気にせずにお仕事に集中できますから」

 由梨江の口から出て来たそれは、もちろんでまかせだった。

「それは良い考えですね。それでは、どのような仕事をご所望でしょうか? 長期ですか?」

「実は私、旅の途中でありまして。今回は資金が底を突きかけてしまったので、暫くこの町に滞在してお金を稼いでおこうかと思っているんですね。ですので、あまり長い期間の仕事は遠慮したいんです」

「ふむふむ。なるほど」

 女性は由梨江の説明を聞くと、手元にある紙の束を捲り始めた。

 由梨江は彼女が真剣に仕事を探してくれているのをぼんやりと眺めながら、後ろから向けられている刺さるような視線に耐えていた。

 視線を放っているのは、稔に違いない。奴隷に働かせずに、一人で仕事をしようとしている由梨江に抗議しているのだ。けれど奴隷は自分から話すわけにはいかない。その結果として、視線を送り続けている。

「……この仕事は、どうでしょうか?」

 女性が仕事の説明を始め、由梨江はそれを聞く事で、後ろからの目が放つ抗議を誤摩化し続けるのだった。


 受付の女性が親切にしてくれたおかげで、由梨江は良さそうな仕事を見つける事が出来た。明日紹介状を持ってお店の方へ伺えば良いとのことだったから、二人は斡旋所を出ると、町の中をぶらつくことにしたのである。

 斡旋所は町の中心地にあるせいか、周辺の通路は人でごった返している。露店が幾つも並んでいて、商人たちは額に汗して呼び込みを行っていた。

 由梨江は物珍しそうにきょろきょろと見回して、露天商が広げた商品を眺めていく。稔としても、由梨江と一緒に品物を見て回りたいのだが、奴隷としての立場がそれを許すはずがない。結果として、稔は、由梨江の後ろに居続けるしかなかった。

 由梨江としてはそれはとてもつまらなかった。奴隷なんて気にせずに、自分に絡んで来て欲しいと思った。だけどわがままを言って、いらぬ注目を浴びるのは本意ではない。

 ため息を吐いた由梨江は露店から離れ、人と人の間をすり抜けるように歩き出した。稔は由梨江の一歩後ろから黙って追従する。

 昔の日本人みたい、と由梨江は思う。最も男女はあべこべだけれど。

 由梨江は歩き続ける。目的地もなく、ただ歩く。気付けば住宅地の路地にいて、そこからさらに進んでいくと、美しい石で出来た町並みはすっかり形を潜めて、みすぼらしい建物が並ぶようになった。道も石で出来ているわけではなく、ただの茶色い土に変化している。

 きゃっきゃっと二人の足下を駆け抜けていくのは、所々がほつれ、破れ、あるいは有り合わせの布が縫い付けられたぼろぼろなシャツを一枚だけ着た子供たちだ。彼らの素肌は泥や煤で汚れているし、身体は酷く痩せている。

 ここはスラム街なのだ。

 目と鼻の先には、ベネトを守るための高い壁が仰々しくそびえていて、この壁に沿ってスラム街は形成されているらしい。もちろん、人目につく門付近にはないのだろうし、すぐには行けない構造になっているに違いない。そして、もしも外敵が壁を乗り越えてきた時、真っ先に蹂躙されるのはこのスラム街の住民たちなのである。

 ここはメルセルウスト。奴隷がいて、魔物がいて、魔人たちが嫌われる世界。

 嫌いだ。この世界は、嫌いだ。由梨江は心底そう思った。

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