十六 襲撃
最初に気付いたのは、見張り塔にいた男であった。
彼は昨晩の宴の時、早朝から見張りの当番であることを分かっていたにも関わらず、ついつい夜遅くまで酒を飲み過ぎてしまった。そのため二日酔いで酷い頭痛がする。
体調が悪いからと言って当番をさぼるわけにはいかないし、交代してくれる物好きもいない。仕方なく彼は、寝不足や頭痛と戦いながら、見張りについたと言うわけである。
しかしもちろん、彼は見張りに集中することができなかった。そればかりか、彼は油断もしていた。
柵の文様を描くために使われた墨は、ペトムの木が使用されている。この墨に魔力を宿らせると、ある不思議な作用が起きるのだ。それは魔物や獣と言った外敵が嫌がる超音波を発する、というものである。つまり、周辺に生息する魔物や獣ならば、人間には感じ取れないその特殊な音波で追い払う事が出来るのだ。一種の結界と呼べよう。最も、この世界の住民には単に魔物除けの魔法として使われるだけで、その正体が音波だとは誰も知らないのであるが。
ともかく、見張りの番をしていた彼は、今まで魔除けの魔法のおかげで魔物や獣に村が襲われなかったこともあり、どうせ今日も来ないだろうと言う油断につながっていたのである。
だが、何事にも例外は存在しているもの。
超音波は空気の振動だ。その振動を図に表すと、波の形で表現する事ができる。そこでこの波形とは真逆の波を重ね合わせると、互いに打ち消し合い、波が消失するという現象が起きるのだ。つまり超音波を消すには、逆位相の超音波をぶつけてやればいい。
そして、結界が放つ超音波と正反対の超音波を放つことができる魔物が、森の中から現れたのだ。
三本の足で直立し、円柱のような胴体の先端にある頭部は丸く、四角い口が開いている。腕は一応はあるものの、とても短い。ミュルと呼ばれる異様な風体の魔物であった。
これこそが、例外的存在。けれど彼は、そうした魔物がいることを知っていたものの、出てくるとは思っても見なかった。
もしも彼がすぐにミュルの存在に気付く事が出来ていたなら、自信のある弓矢で射殺する事が出来ただろう。しかし彼は、ほんの数分の間、居眠りをしていた。
そしてミュルは、それだけの時間さえあれば、逆位相の音波を発する事も、獣や魔物をおびき寄せる超音波も発する事ができたのである。
彼がミュルの存在に気付いた時には、すでに遅かった。魔物が、周辺から続々と表れたのである。
そこでようやく村の危険を察した彼は、屋根から紐でぶら下がっている半鐘を、金槌で三回、一回、三回と叩いたのだった。
ガルベルが駆けつけた時、村の周囲はすでに乱戦状態となっていた。
「村長! やっと来たんですかい! もう年なんじゃありませんか!」
先に来ていたカースが、狼に似た獣を槍で薙ぎ払いながら、ガルベルに対して軽口を叩く。
「ぬかせ! 私はまだまだ現役だ! それよりもどうしてこうなったんだ!?」
「ミュルです! ミュルが出たんです!」
「なにぃ!? ミュルだと!?」
腰に差した剣を抜き払い、近寄って来た獣を切り伏せたガルベルは、驚愕の声を上げた。
本来なら、ミュルはもっと南の方に住んでいる魔物だ。この周辺に現れる事は、常識的に考えると有り得ないことだった。
だが今はその事を考えている場合ではない。すぐさま頭を切り替えて、叫ぶように尋ねる。
「グリアノスはどこにいる!?」
「分からない! だがどこかにいるはずだ!」
カースの答えを聞いて、ガルベルはにやりと笑う。あの男の事だ。どこかで気配を殺して好機を待っているのだろう。
狙いは無論、ミュルに違いない。グリアノスはミュルを狩るつもりだ。
そうした思考を見透かしたかのように、カースも不敵な笑みを浮かべている。
さすがだ。と、ガルベルは剣を振るいながら思う。カースもまた同じ事を考えていたのだ。
「ならば、分かっているな!」
「ああ! 派手に暴れてやるぜ!」
グリアノスは、糞と泥にまみれたいつもの出で立ちで、太い木の枝の上にいた。生い茂る葉の中に身を潜めた姿は、目のいい者でも簡単に分かるまい。
目を皿のように研ぎ澄ませて、獲物であるミュルを探す。
ミュルの生態は噂や文献で知っている。奴が使える魔法は、魔物除けを打ち消す魔法と、獣や魔物を集める魔法だ。もしかしたら他にも使えるのかも知れないが、今の所は攻撃魔法を使う事はないようだった。
ミュルの魔法は特殊で、危険だが、奴を殺せば今の状況が一挙に好転するのは間違いないだろう。
獣の一団が炎に包まれたのを、グリアノスは冷静な目で確認する。あの魔法は村長のものだ。彼の剣技と魔法の腕は村の中ではトップクラスである。グリアノスが村一番の狩人なら、ガルベルは村一番の戦士なのだった。それは年老いた今でも変わらない。
村長の派手な魔法のおかげか、魔物と獣が彼の元へ集まりつつあった。
これはグリアノスがミュルを確実に仕留められるようするために、村長があえて画策したのだ。
ありがたい、さすが村長だ。心の声で讃辞したグリアノスは、それからようやくミュルを発見する。
しかし遠い。今は風が吹いていないとはいえども、ここからだとグリアノスの腕では矢を当てられない。そう、平時の状態であれば。
グリアノスは両手を伸ばし、魔力を手先に集中させる。それから弧を描くように腕を動かした。
手の平に集中した魔力は、空間上で練り合わさる。練り合わさった魔力の塊は、円盤状の形となって、空気中に出現した。
それはいわゆるレンズである。レンズを通せば、拡大されて見えるという訳だ。
豆粒のように小さく見えるミュルの姿も、今や大きく映し出されている。
後は拡大されたミュルに弓矢の狙いを合わせてやればいいだけだが、それだけだと問題がある。
つまり重力や空気抵抗などの存在だ。弓矢程度の力では、様々な抵抗に負けて地面に落ちていく。達者な者ならば、山なりに射れば当てることができよう。だがグリアノスの腕では、そこまでの計算はできない。
そこでグリアノスは、村の魔法使いが作った特別な矢を使う。これにはある魔法がかけられている。それは矢の周囲にある種の力場を発生させて、様々な抵抗を弱める効果があった。これを用いる事により、矢の飛距離を伸ばし、おまけで貫通力も増大させるのだ。
だが欠点もある。矢に込められた魔力が切れると魔法の効力が切れるという点と、作るのに半年ほどかかる点である。そのため非常に貴重な代物で、グリアノスはこれ一本しか持っていなかった。
グリアノスは、レンズの魔法と、この特製の矢を使用すれば、遠い距離にある目標物でも当てられる自信があった。
けれど問題なのは、ミュルを一撃で殺せるのか、という点である。何しろ相手は初めての獲物である。外見も特殊なために、どこが急所なのか、グリアノスには判断がつきにくい。
そこでより確実性を増すために、矢の先端にあらかじめ括り付けられた黒い石を用いる。この石の名前は爆裂石と呼ばれていて、魔力を込めた状態で衝撃を加えると、その名の通り爆発すると言う一種の爆弾であった。
全ての準備と確認を完了させたグリアノスは、狙いをミュルに定めて、キリキリと弓の弦を引いていく。
矢を摘んだ指先が、僅かに震えている。
緊張しているのだ、珍しいことに。
失敗は許されない。ミスをすれば大勢が死傷する可能性もある。そうした状況下で矢を射るのは初めてのことだった。
グリアノスは、二人いる神に祈りを送る。
メルセルよ。ウストよ。どうか俺に、この矢を当てさせてくれ。
そして、指を離した。
レンズを呆気なく霧散させた矢は、勢いよく飛んで行く。空気も重力も切り裂きながら、目標に向かって真っ直ぐと。
矢は見事にミュルの頭部に命中した。ぐらりと胴体が揺れる。
それからすぐに爆発した。ボンという大きな音が、グリアノスの所まで聞こえて来る。
遠目で確認すると、ミュルは地面に横たわり、赤い血で辺り一面を染め上げながら、びくりびくりと身体を痙攣させていた。
グリアノスは見事に仕事を完遂させたのだ。
次はすぐにでも村長たちの援護をしなければならない。
だが酷い疲れを感じていたために、少しばかりの休憩を挟む事にした。
そう遠くない場所から爆発音が聞こえた。
ガルベルは剣を斜めに振り上げると、煙が上がるのが見えた。
獣や魔物たちの様子もおかしくなる。何かを嫌がる素振りを見せて、後退し始める者も出始めた。
グリアノスがやってのけたのだ。そして狙い通りに魔物除けの魔法が再び効き始めたのである。
「一気に押し返すぞ!」
ガルベルは声を張り上げた。
「おおっー!!」
戦いに参加している村人たちが、一斉に雄叫びを上げる。
士気は上々だ。もはや勝ちは見えた。
かのように、思われた。
彼らには一切聞こえなかったのだ。
ミュルの断末魔を。
それは超音波だった。超音波とは、人には聞こえない音の事だ。
そしてミュルは、多種多様の超音波を操る事が出来る魔物である。
魔物の中でも特異な存在であるミュルの最後の声なき声は、特殊な効果を発揮していることに、その場にいた誰もが分からなかった。
だがその事を責めるべきではないだろう。
何しろ、彼らの可聴域を遥かに外れた音を聞けと言われても、それは不可能であるからだ。
超音波と言う音があることを、彼らは知らなかったからだ。
ミュルと言う魔物の特性の全てを、彼らは理解していなかったからだ。
だからさらなる脅威が近づいてくる事を予想せずに、勝利と言う美酒に酔いしれて油断していたとしても、それは仕方のないことだったろう。
津村稔は、村長の家の中で、外の激しい音を聞いていた。
傍らには喜多村由梨江が、同じように心配そうな顔をして座っている。
周囲には、子供や女性などの戦えない人たちが、音が聞こえてくる方向にある壁をじっと見つめていた。
みんな不安そうな表情をしている。小さな子供の中には、厳しい緊張感に堪え兼ねて、ひぐひぐとぐずり出す子も出て来ている。
稔は自分に何か出来ないか、自問した。自分には魔法がある。それも強力な魔法が。これを使って、自らも村を守るために戦うべきではないのか。
しかしそんな稔に対し、ガルベルの妻が声をかける。
「あなたは客人です。ここなら安全ですし、村の男たちは強いんです。なので信じて待っていて下さい」
「しかし……」
と、稔が口に出した瞬間、爆発音が外から聞こえて来た。それから数瞬後、男たちの盛大な雄叫びが聞こえてくる。
「どうやら」と、彼女はほっと胸を撫で下ろして言う。「男たちが勝つようですね」
事実士気は高く、緊迫した空気が柔らかくなり、余裕を感じられた。避難して来た人たちもまた、そうした空気を感じ取って、緊張を解いて行く。
稔も安堵して、みんなの帰りを待つことにした、のだが。
突如、地響きと共に地面が揺れた。
ほんの一瞬で止まったものの、稔は地震なのかと身構える。
その数秒後、地面は再び揺れた。それを幾度か繰り返す。
「これって……地震……なの?」
由梨江は呟いた。日本語だった。幸いな事に、稔以外誰も聞いていなかった。
「何か……変、だよな」
稔も日本語で応える。由梨江以外の誰にも聞こえない小さな声だった。
ふと気付けば、男たちの雄叫びは消えており、その代わりに、ズウン、ズウンという地響きと揺れが断続的に響いてくる。
弛緩していた空気が、再度緊張感を帯びる。
暫くして揺れは止んだ。冷たい静けさが辺りを覆った。
胸中に沸き上がってくるのは、どうしようもない不安。
そして、沈黙はあっけなく引き裂かれた。
男たちの聞くに堪えない絶叫によって。
痛みに満ち、絶望に満ち、苦しみに満ちた叫び声によって。
うぐああああぎいやあああいたいいいい。
その場にいた人々は、まるで天国から地獄に落とされたみたいな表情を浮かべている。
「うそ」
と、誰かが小さく呟いた。外から聞こえてくる叫び声の中で、その声はやけにはっきりと聞き取れた。
稔はいても立ってもいられなくなる。衝動的に立ち上がり、駆け出した。
背後から、
「ま、待ちなさい! 二人とも!」
という声が聞こえて来たが、稔は無視して走る速度を上げたのだった。
最初に気が付いたのは、グリアノスである。
振動が木に伝わり、思わず体勢を崩して落下しそうになった彼は、咄嗟に手を伸ばして枝を掴んだ。
そして、見た。
それはあまりにも巨大な魔物であった。
木々と同程度の高さ、人が数人密集した太さの足、家が二つ三つ並んでもおかしくはない大きさの胴体。目は六つあり、十メートルはあろう長さの鼻が三本生えている。重さにして数十トンはあると思われた。
名は、ズヌー。
ガガルガを森の中で最も危険な獣だとすれば、ズヌーは最も強大な魔物と呼べるだろう。何しろ暴れ始めれば止める事は容易ではなく、過去に町一つを壊滅させたという伝説があるほどだ。
それでも危険度が低いのは、ズヌーの性格が大人しく、通常ならば人を襲わないからだった。
だから、グリアノスは思った。
な、ぜ、ここに、奴が、いる?
木をなぎ倒しながら、ズヌーは村に向かって進む。
グリアノスは一本の矢をつがえ、放った。しかしズヌーは、突き刺さった矢を全く意に介さない。
やはり、だめ、か。
狩りの達人であるグリアノスだが、さすがにこのような巨体を狩った事はない。毒矢を使う事も考えたが、毒が身体を回る前にズヌーは村を蹂躙してしまうだろう。
グリアノスは迷った末に、大声を上げた。
グリアノスの声が聞こえて、ガルベルは頭を上げた。
ぎょっとする。
森の奥にいるはずのズヌーが、のしりのしりと歩いて来ていたのだ。驚かないはずがない。
「マジかよ」
カースが青ざめた顔で呟いた。
その声ではっとしたガルベルは辺りを見回す。先ほどまで勝利を確信していた者たちの顔色が、一様に暗くなっていた。全員が全員、ズヌーの脅威を知っていた。ズヌーの穏やかな性格を知っていた。
なぜズヌーが村に向かって歩いて来ているのか、誰にも分からない。
ミュルが死んだ今、魔物除けの魔法が効いているはずだ。だが誰もが誤算だった事に、ズヌーには鈍いという性質があった。
痛みに鈍く、魔物除けのような魔法に鈍い。今まで問題が起きなかったのは、ズヌーは草食で、争い事を好まない性格が幸いしたおかげだったのだ。
しかし今回は違う。魔法の効きは、もちろん鈍いはずである。が、鈍いだけで、少なからず効いているのだ。だからこそ村の付近に今までズヌーが近寄る事はなかった。
ズヌーがここにいるののも、ミュルが発した超音波によるものと考えて相違ない。
そしてさらに、ミュルが最期に発した超音波は、相性が酷く良かったのか、ズヌーを興奮状態にしてしまっていたのである。
ズヌーは男たちの前で停止した。六つある目がバラバラに動き、小虫みたいに見える彼らを見回す。
三本の長い鼻で、眼下にいる十人ほどの男たちを横薙ぎに薙いだ。
避ける事も防ぐ事も出来ないほど、強力な一撃であった。
ある者は木に叩き付けられ、ある者は数メートル吹き飛び、ある者は全身の骨が砕けて死んだ。死ななかった者こそ多かったが、すぐに手当をしなければ危険な状態だった。
一撃を喰らった男たちの悲鳴と呻き声が、痛々しくガルベルの耳に入ってくる。
先の戦闘では果敢に戦っていた屈強な戦士たちの士気が一気に下がった。
しかしここで食い止めなければ村に被害が出てしまう。
ガルベルは魔力の粒子を発生させ、それを高速で擦り合わせ、炎の塊を生み出した。
「ケルトは女子供たちに逃げろと伝えに行け! 残りの者はここで奴を食い止めろ!」
ケルトと呼ばれた軽装の男が駆け出すのと同時に、炎をズヌーに向けて投げつける。塊はズヌーに当たると同時に拡散。炎がズヌーの身体を焼いた。
ぐおおおおおおおおおおっ。
巨大な魔物は苦しそうに鳴き喚くと、長大な鼻で炎を掻き消す。表面を黒く焼いたが、あまり効いていない。むしろ怒りを増幅させただけだった。
ズヌーは前肢を上げ、小粒みたいな人目がけて足を降ろす。
「う! うわああああ!」
下にいた人は逃げられずにあっけなく踏みつぶされた。
続いて鼻を滅茶苦茶に振り回す。狙いも何もない。力づくで強引な攻撃。だが三本の鼻が四方八方から襲いかかり、そこから逃げ出すのはほとんど不可能だった。攻撃に巻き込まれた人々は、全て行動不能となった。
「離れろ! 距離を置けぇ!」
ガルベルはたまらず叫んだ。
一体どうすれば良いのか分からない。戦士たちは完全に恐慌状態に陥っている。
もはや為す術はないのか。
ガルベルは諦めかけた。
家々の向こうに見える巨大な影を目がけて走り続ける稔は、由梨江がついて来ているのにようやく気付く。
「戻れ! 来るな!」
稔は怒鳴るように言った。優しく諭す余裕はない。
けれど由梨江は首を振る。
「ううん! 私も行く!」
彼女の眼差しは強く、諦めてくれるようには見えない。
聞こえてくる音はいよいよ騒がしくなっている。火の手も見えた。が、すぐに消えたようである。
一体何が起きているのだろうか。不安が徐々に大きくなって行く。
軽装の男が前から走って来て立ち止まる。ケルトである。息を激しく弾ませた彼の顔色は悪い。稔も停止すると、ケルトは早口で言う。
「君は!? そうかグリアノスが連れて来た客人か!? どうしてここに!?」
「何か力になれればと思いまして」
「あいつは無理だ! それよりも早く逃げろ! 俺はこれから女たちを逃がさなきゃならん!」
一刻を争う状況なのだろう。ケルトは一目散に走って行く。
稔は悪い予感を膨らませる。みんなは無事なのだろうか。
「稔」
由梨江は彼のローブを指で摘んで、不安そうに言った。
早く逃げろ、俺だけで良い。と、稔は言いたかった。しかし言い出す事はできなかっった。
「急ごう!」
「うん!」
二人は再び駆け出した。目指すは巨大な影がいる方向だ。
稔と由梨江が辿り着いた時、そこは呻き声の合唱が起きていた。一つの言葉も、音程も合わない不協和音は、恐ろしい旋律で響いている。
「そなたたちは」
絶句した二人に声を掛けたのは、冷や汗を顔中にびっしりとかいたガルベルだった。
稔は予想よりも大きいズヌーの姿を見て、生唾を飲み込んだ。
正直に言えば、恐い。怪獣映画に出てくるような怪物の姿は、今すぐにでも逃げ出したいほどの迫力だった。
だがここで逃げ出したら、何のために来たのか分からない。
「村長」と稔は意を決した。「俺の魔法なら、あの化け物を倒せると思います」
「何?」
ガルベルは稔を睨みつけた。何を言っているのだ、この小僧は。視線で叩き付けて来た言葉は、歴戦の戦士ならではの圧力だ。
「嘘を言うな。それよりも客人は逃」
「待、て」
ガルベルの言葉を遮って、声がかかった。見ればグリアノスがぜえぜえと息を吐きながら近くにいる。
一体いつの間にいたのだろうか。稔にはまるで分からなかった。少なくとも、村長に話しかけられた時はいなかったはずである。
ガルベルはそうした稔の疑問に答えるように言う。
「気配を消して現れるなと、いつも言っているだろう」
「す、まん」グリアノスは悪びれることなく言い、独特の口調で続ける。「その者の、言って、いることは、本当、だ。彼、なら、やれる」
「本当だな?」
「ああ」
「……分かった。だがガガルガのようにはいかぬぞ? 本当に大丈夫なんだな?」
ガルベルは稔の方を向いて尋ねた。
「はい。しかし、俺の魔法は時間がかかります。時間稼ぎをしてもらえれば、必ず」
稔は決然と言った。
その強い自信と決意に溢れた目を見たガルベルは、稔の目を見ながら頷く。
「よし。ならば時間は稼ぐ。やってみるがいい」
「はい!」
ガルベルは稔の返事を聞くやいやなや、指示を飛ばす。士気が低下している戦士たちには過酷な命令だが、それでも彼らの威勢は少し回復したようだった。ガルベルへの絶対的な信頼が窺える。
「俺も手伝うぜ。早速やってくれ!」
と、カースが稔の肩を叩いて激励すると、果敢にも真っ直ぐズヌーへ向かって走って行く。
男たちの背中を頼もしく思いながら、稔は唱えた。
「メドル」
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