第2話 日常の転機

エックスルート

「あなたは今日から、キボウの適合者てきごうしゃとして生きていくのよ」

魔法使いのコスプレをした女性が、僕に語り掛けた。

「・・・なんですか、それ」


「たとえばね、キボウは・・・生きる望みを持って生きていく人間なの。

それを、世に多く広めてほしい。それが、あなたたち人間にとっても大きな

メリットとなり、これからの課題にも有利になる」


「はあ・・・」

魔法使いはつづける。

「それと相対的なものが、ゼツボウの適合者。いってみれば、

自殺志望者のようなもの。世を捨てて安楽死しようとする人間が増えることで、

世界はやみに覆われる。今なお、その問題が後をたない。世の中に不満を抱いた

人間を増やしてはならないの・・・」


「なるほど。つまりー、」僕はようやく会話できる状態になった。


「自殺しようとする人を減らして、ゼツボウをなくし、キボウを持って

生きる人を増やせばいいんですね?」


「そう。そうすることが、社会にも少なからず影響をあたえてくれる。


それに・・・」


それに?


「あなたの知っている手掴未来も、キボウを担っているのよ」


!!???


「それは、本当なの?」

「ええ・・・ふふふ。適合者として生きていれば、そのうち会えるかも

しれないわね」


そう言って彼女は・・・僕の夢が覚めると同時に、姿を消した。


あの夢は、しょせん夢だったんだろうか。


あれから僕のカラダに、変わったことはない。


でも・・・あの魔法使いに会ったのは、計3回だ。

名前も聞いたような気がするけど、なんと言ったっけな・・・


――――――――――――


「好きです、付き合ってください」


「へあっ!?」


今日の帰り道、我が校のアイドルにして、芸能界のアイドル・川栄かわえいほたるに告白

されてしまった。

これは、生きてきた中で、前代未聞。それに、僕には好きな人がちゃんといる。

だから、君とは付き合えない。・・・とも言えず。

僕とほたるは、同じ道を歩いていた。


「ねえねえわったー、恋人なんだから手ぇつなごうよ」

「何、その基準。手をつないで歩くなんて、幼稚園児じゃないんだよ?」


「そっちこそ、何その基準。手つなぎって言うのは、全年齢対象なんだよ。

とくに、恋人同士の特権なの。幼稚園児だって、お互いに好きだからそういう

ことするんだよ?」

と、いいきる。僕は、何も返せず、ほたると手をつないだ。


・・・あたたかい。


彼女の手は、華奢きゃしゃだった。面積も小さい。それなのに、ぬくもりを感じた。


「ねえ、川栄さん」

「んー?ほたるでいいよ。芸名だけどね。私、そっちの名前のほうが好きだから」

「もっと自分の名前に誇りを持とうよ・・・」

彼女の本名ほんみょうは、みはるだ。どういう字を書くんだっけ。


「ところで、僕なんかでいいの?ほかにもカッコいい人とかいるでしょ。

野球部の補欠の遠藤えんどうとか・・・」


「あー、補欠だったら興味ないよ。それに、遠藤くんより、キミのほうが

勝ってるしね。」


僕が遠藤より勝っている?彼が補欠だからか?

・・・・あとから分かったことだが、彼は、補欠じゃなくて、捕手ほしゅだった。

許してくれ、遠藤。


「それより、今日ちょっと時間ある?寄りたいところがあるんだけど」

「え・・・今日はちょっと。それに、晩御飯だって帰ってからすぐにあるから、

買いいはちょっと」


「大丈夫、何も食べないお?」


彼女に腕を引かれ、やってきたのは、いわゆるゲーセンだ。

何かをはじく音、何かを連打する音、歓喜の声でにぎわしい。


僕らふたりも、体を動かすゲームを満喫した。

まずは、リズムゲーム。画面に出てくるマルやサンカクの表示を

手で触れたり、なぞったりするゲーム。

僕たちは、対戦型なので、ふたりでスコアの高得点を競いながら

プレイした。

さすが、アイドル。運動神経がいいほたるは、僕のスコアに大差たいさをつけて

勝利してしまった。


「ピース、いえーー」といいながら、彼女は僕に向かってチョキを出し、

満面の笑みをうかべた。

悪くない気分だった。


あとは、フリースロー対決をしたり、王道のクレーンゲームを遊んだりした。

クレーンの景品は、1個も取れなかったけどね。


僕は、少し前から気になっていたことを話した。

「ねえねえ、かわe・・・ほたるちゃんは、こんなことしていていいの?

アイドルのスケジュールとか、決まってて大変なんじゃない?」


「・・・いいんだよ、わったーと一緒に居られれば。」


そう言われたのが、決定的だった。

そうか・・・・僕は今、相手から言われて付き合っているんだな。

僕には、彼女がいるけど。それでも今、他の異性いせいと付き合っている。


実質的な出来事にとらわれず・・・自分のゆとりのために、時間をすごす。

それは、お互いにとって好都合・・・いわば、ウィンウィンというやつか。

僕も、ちょっとだけ・・・イケナイことに興味を持ち始めたのかもしれない。


「・・・わったー」

「!?」


ほたるの声に、僕は我にかえる。


「ちょっと一緒に来てほしいところがあるの」


――――――――


僕とほたるは、手をつないで、河原の土手どての下に連れられた。


もう辺りは真っ暗だ。お腹もへっている。早く帰りたい・・・・


土手を降り終えたあと、ほたるは、もじもじしがちに言った。


「ねえ、わったー・・・心を落ち着けて聞いてほしいんだけど」

「うん」


僕は、そのとき・・・なぜか心おだやかだった。

覚悟ができていたからなのかもしれない。

こんな人気のないところへ連れられたのなら・・・もう、思い切った

告白ぐらいしかないのだろう。


だが、ほたるは、僕の耳を疑うようなことを言った。


「・・・私を殺して」

「へあっ!?」












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