#02 愚かな行為の代償
✝
あれは3年前、十四歳のとき。
空は灰色で、時より火花が散っていた日のこと。
その日は朝から敵の襲撃を知らせる〈敵襲撃警報〉が鳴っていた。
外に出ているのは、町の混乱を鎮めるためにいる〈魔導戦士〉の卵たちと、敵の攻撃を必死に防ぐ〈魔導戦士〉のみだった。
アリスの部屋の窓からは、遥か遠くの空で舞うように戦う〈魔導戦士〉たちが見えた。
激しい攻防によって火花が次々と生まれる。
「綺麗……」
命を奪う攻防も遠くから見ればとても美しく、とてもではないが命を奪う力があるとは思えなかった。
――もっと、近くで見たい。
何故そんな思いが生まれたのか。説明しろと言われても、きっと答えることは出来ないだろう。
ただ、そのときの自分はそれだけしか考えていなくて。だから、家から出てしまった。
それが間違いだとも知らずに。
家に戻れと言うように、〈敵襲撃警報〉がけたたましく
それでもアリスは、アリスの足は止まらなかった。
灰色の空を美しく染め上げる色とりどりの火花。警報音と共に耳に入る金属音と、何か悲鳴のようなもの。
その全てが、このときのアリスにとっては〈綺麗な何か〉に見えていた。
「!」
アリスの視線の先の空中で、一際神々しく輝いた光があった。
「奥義……?」
一度、父から聞いたことがあった。
〈魔導戦士〉は天地を揺るがすほどの究極の力を持っているのだと。それは大きく光り輝き、
そして自分たちを救ってくれるのだと。
憧れの〈魔導戦士〉の〈奥義〉が見れる。
そんなアリスの期待は、一瞬で裏切られた。
光はレーザーとなって、一直線に地上を襲い掛かった。手前の家に直撃したレーザーは勢いを殺すことなく、獰猛な光の矢となってこちらに向かってきた。
逃げることも、声を出すことすら出来なかった。唯一出来たのは、驚きで目を丸くすることだけ。
ぎゅっと目を瞑り、その衝撃を覚悟した。もしかしたら、アリスはその瞬間14年間の人生で初めて死すらも覚悟していたかもしれない。
光が地面を抉る音が近づいてくることを感じながら、その体を震わせた。しかし、衝撃が襲ってくることはなかった。
代わりに聞こえたのは、少女の、
「!」
そして、微かな熱。
ぱっと瞳を開けると、血だらけの少女がアリスを庇うようにして抱きしめていた。
「っ、……怪我は、ない……?」
アリスを安心させるかのように、血だらけの少女は微笑んだ。背中にまわされた手が優しく撫でてくれる。
「あっ……」
怪我なんて、あるはずがない。
「私よりっ、あなたがっ……!」
アリスが思わず声をあげた。それに対して少女が安心したかのように息を漏らした。
「よかった。その様子じゃ、平気、ね……」
「っ」
急に体が重くなった。アリスの、じゃない。この少女のだ。
「だ、大丈夫ですか⁉」
アリスは彼女の腕に触れた。ぬちゃりと、音がした。手に生温い感覚がした。見ると、真っ赤な何か。
――血。
「平気、よ。……心配しないで」
混乱するアリスを落ち着かせるように微笑む。その微笑みをじっと見つめ、気付いた。
この少女は、〈魔導戦士〉だ。着ている紋章のついた服がそれを証明していた。
そして、自分と変わらない年頃の少女だ。
「あなた、家は……?」
「あ、そ、……それ、より……」
微かにアリスが口にした言葉は、次の瞬間搔き消された。
キャアアアアァァァァァァァァァァァ―
「っ」
聞こえた耳障りな音。それを耳にしたアリスは体を震わせた。しかし、少女は穏やかだった瞳を鋭くさせ、一瞬の内に腰に吊るしていた鞘から細剣を抜き放った。
「!」
「ここで待ってて、すぐ終わらせるから」
少し微笑みかけて、少女は立ち上がる。手に持った細剣がほのかな光を宿した。
「……エクス、プロージョンッ!」
凄まじい音と共に爆風が起こり、閃光が走る。白い光が一直線に駆け抜けて、目の前に迫った異形の姿の敵を斬り殺した。
「綺麗……」
緊迫した状況の中で紡ぐ言葉ではないと、アリス自身も頭では理解していた。それでも、その言葉を口にせずにはいられなかった。
風の中でなびく少女の金色の髪。強い意志の光を宿した青の瞳。白い光を宿した細剣と、それを自在に操る腕。何より、華麗な舞を披露するかのように優美な動きを繰り返す少女。
その全てが美しくて。
でも、すぐにその思いは消えた。
どさりと、敵を斬り殺した少女が倒れた。アリスは少女に駆け寄って、その体を抱き寄せた。
「っ……つめ、たい……」
人がどういうときに冷たくなるのか。それを知らないアリスではなかった。ましてや、この少女は血だらけになりながらも自分を庇い攻撃を受けた後、敵を満身創痍ながら斬り殺したのだ。
もう、もたない。
「今すぐっ、人を呼んできますっ!」
立ち上がろうとしたアリスの腕を、先程の体温の冷たさからは想像出来ない力強さで少女は掴んだ。
「いいの」
「え」
「いいの、これで」
少女はこんなときでも微笑を浮かべている。そして、アリスをもう一度自分のそばに座らせた。
「あなた、名前は?」
突然の問いに、何故か、という思考さえ浮かばずに答えた。
「アリスです」
一瞬、少女の瞳が揺れた気がした。しかしすぐに微笑みを戻して。
「ふふ、素敵な名前」
微笑をさらに深めてから、少女は自分の首にかけていた銀の首飾りを取り外した。そして、それを何の躊躇いもなくアリスの首にかけた。
「え⁉」
「お守り、アリスにあげる。きっと、アリスを導いてくれる」
「で、でもっ」
「それね、私の大切な人がくれたの。でも、私にはもう必要ないから」
「でも!」
アリスはそんなこと無理だと首を振る。
「あなたが使ってくれた方が、……私も嬉しい。私と一緒に消えてなくなるより、誰かの胸元で、……輝いてくれていた方が…………きっと、彼も嬉しいと思うから」
少女の言う〈彼〉が誰だか、アリスには分かるはずがない。でも、その〈彼〉がこの少女にとって特別な人だということくらいアリスにも分かった。
だから、貰えるはずがないのに。
「……うん、似合ってる」
今にも消えそうな微笑みを浮かべて、だからその微笑はアリスの瞳に、脳裏に、記憶に焼き付いた。
「っ」
少女の冷たい手がアリスの首筋を撫でる。アリスはその手をぎゅっと握って、どこにも行くなと言うように縋った。頬に押し当て、冷たさから少しでも熱を感じ取ろうとする。
「一つ、……お願いしても、いいかな……」
「なんですかっ⁉」
「……自分を責めないでって、伝えてほしい、の……。……ありがとう、って……――に……」
触れていた手が、握りしめていた手が、静かに滑り落ちた。
「え……」
滑り落ちた手をぎゅっともう一度握る。でも、その手が握り返してくることはない。体も冷え切っていて、もう人の温度ではない。
「起きて……起きてよ」
人の死など、目の前で見たことあるはずがなかった。
「……誰に、言えばいいの? ねぇ、……聞こえないよ……っ」
こんなときに外に飛び出してしまう愚かな自分を庇わせて。
深い傷を負わせたまま敵から守らせて。
最後の願いさえも受け取ることが出来ずに。
――そんな人間が、どうして世界に必要とされるだろうか。
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