一章 〈落ちこぼれ〉

#01 〈落ちこぼれ〉

 聖暦2150年、世界は異形なる者たちの侵攻に襲われた。

 〈魔女〉、〈悪魔〉、〈死神〉――。そんな創造の者たちを連想させる侵略者たちは人の兵士など一瞬にしてなぶり殺した。

 彼らに感情は一切と言っていいほどなく、数百万もの命が失われた。

 ハイドランジア王国はその領土の三分の二を奪われ、首都より遥か遠くに住んでいた国民は特にその命を散らした。生き残った僅かな人々も住む土地を追われた。

 人々はその恐ろしい侵攻から逃れるために身一つで地上を彷徨さまよわなければならなかった。そのためにその間にも人々はその数を減らしていった。

 疲弊しきった彼らの前に現れたのは2人の男女であった。2人は微笑むとその体を巨大な防御結界へと変えた。人々はその2人に感謝し、そして侵攻から逃れるために首都を防御結界の中心においた。人々はそこに逃げ込み、かろうじてその絶滅を防いだ。

 

 世界最強の戦士となる〈魔導戦士〉と呼ばれる、対敵戦士が生まれたのはちょうどこの頃であった。

 ――〈魔導戦士〉。

それは人類の平和を脅かす敵たちを排除するために存在する。

 〈魔導〉という絶対的な力を持ち、操り、敵を葬る存在。そして、誰もが憧れを抱き、平伏し、畏敬し、目指す存在。


 そして時は流れ、聖暦二二〇三。

 王国で生まれた〈魔導戦士〉は、今や全世界に広がり、その力によって奪われた領土を取り戻しつつある。

 結界によって国を守り続けているハイドランジアも、〈魔導戦士〉の力によってその領土が戻り始め、少しずつだが広くなっている。


 しかし、それでも人は死んでいく。

 いくら〈魔導戦士〉たちの力が強くても、守る手が届かないそのときはいつだって唐突に訪れるものであった。


   ♰


 王国の子供たちは義務教育制度によって5歳での初等学校への入学を義務付けられている。遥か昔はそのような制度はなく、貧しい者たちは貧しく死んでいくのが普通であった。そして身分が高く、富を持つ子供たちの初等学校への入学も7歳とされていた。

 しかし、敵の襲撃によって国民が大幅に減少した王国にとって、これ以上の国民の減少は抑えがたいものであり、それならば全ての者たちに知識と技術を身につけさせ己の手で最低限の生活でも生きていけるようにと計らったのが、当時の国王であった。

 幼児教育への補助、初等学校入学の義務と権利、卒業後の選択の自由。

 他にも国民たちへ与えられたものは沢山あった。

 その中で最も称賛されたのは、国防の権利であった。

 昔は身分の高い者だけが大金を払って国防学校に通い、そこで優秀な成績を収めた者だけが国防を司る者として称えられ、剣を握った。

 その権利を国王は一般市民たちにも与えたのだ。貴族たちからは猛烈な反対を受けたが、それでも国王はその考えを変えようとはしなかった。

 ――己の手で剣を握れ! 我らを侵そうとする者を許すな! 自らで道を拓き、国と共に生きろ‼

 

 故に〈魔導学校〉には貧しい者たちも入学が許可されている。国を守り救う力さえあれば、それに応じて資金補助がある。

 自らの力で国を守らんと、少年少女たちは〈魔導学校〉へ入学する。


 今では数十もの〈魔導学校〉が存在し、それぞれに力を高め合っている。

 その中でも最高峰のレベルに位置する〈魔導学校〉が、〈ルーティアナ魔導戦士育成学園〉である。

 〈魔導〉の全てを、つまりは〈魔剣〉や〈魔弓〉、〈魔術〉などを完璧に扱い熟せる者しか入学を許されることはない。

 つまりは、エリート中のエリートの学校だ。

 しかしその学校にたった一人だけ、〈落ちこぼれ〉中の〈落ちこぼれ〉と呼ばれる少女がいた。


   ♰


「うっりゃあああぁぁぁぁぁぁあああ‼」

 格好悪い声と共に大剣を上段に振りかぶる。続けて、地面に対して水平になるような軌道を描いて剣が左右に思いきり振られる。最後は下段から上段への渾身の斜め斬りをかます。

 しかし、憎たらしい敵はその攻撃全てを綺麗に躱してみせた。

 〈敵〉と言っても、実際にここに存在しているわけではない。高度なホログラム・システムによって、本物と同じように映し出されているのだ。

 だが、ホログラムだからといって侮っていいいわけではない。

 その動きの速さは本物に匹敵し、攻撃のパワーも劣っていない。

「っ」

 少女――アリスはぎりっと歯軋りをし、敵を睨みつけた。

 いつも同じ表情の――最早表情とも言えないかもしれないが――、しかしそれでいて憎まずにはいられないその顔。

「このっ」

 大剣を持つ姿勢を両手から右手のみに変え、自分の体にぐっと引きつける。

 その行動を見て敵はチャンスはチャンスと思ったのか、こちらに突っ込んでくる。

 アリスは今すぐ右手を突き出したいという衝動を必死に抑え、敵をさらに引きつける。

 ――まだだ。もっとこっちに来い!

 その思いが何の感情も持たないホログラムの敵に伝わったとは思わないが、しかし敵は躊躇いもせずに突っ込んでくる。

 そして、ぎりぎりまで敵が迫ったとき。

 銀の首飾りが光を放つ。それにアリスは気付かない。

「はぁあっ‼」

 右手を思い切り突き出した瞬間、アリスの脳裏に、ある出来事が鮮明に蘇った。

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