魔導戦士隊ALICE

岩本カヱデ

序章

#00 プロローグ

 周りは一面の戦火。

 視線を上に動かしても、灰色の空が広がるだけ。その灰色の空にはたまに火花が咲く。咲いては散り、咲いては散りの繰り返し。はたから見たら、大輪の花火にも似通っているかもしれない。

 しかし、そんな光景に目をやれるほど暇ではない。

 地面から遠く離れたこの空に浮かびながら、俺はただ、その場にいることしか出来ない。


 首筋から汗が、一筋流れた。


 あちこちから絶叫にも似た悲鳴が上がる。

 それを耳にするだけで体が震え上がって身動きが出来ない。耳を塞ぎたくなる。

 あの悲鳴を自分の耳に入れたくない。この光景を自分の目に映したくない。

 何故? 今までこれ以上に苛烈な戦闘を潜り抜けてきたじゃないか。

 現実とも思いたくない。逃げてしまいたい。


 だけど、これを現実だと知らしめるかのように。


 心臓が動く。体が動かない。

 汗が出る。声が出ない。

 理解したい。理解できない。


 ――これは現実なんだから。


 そう自分に言い聞かせても、脳が理解しようとしない。呼吸が浅く、速くなっていく。握りしめた剣の柄の感覚が段々と薄くなっていく。

 振らなければ。

 この剣を振り、敵を斬り、殺し、民を守らなければ。

 それが、俺の使命。

 なのに、どうして。どうして、動かないんだ。


 歯を食いしばったその瞬間、一際大きな悲鳴が俺の耳に響いた。


 いつも俺の隣にいて、共に剣を振るい、戦ってきた、金髪の少女。その体がゆっくりと後ろに傾き、地面に向かって落ちていく。華奢な体からは鮮血が迸る。

 俺は手を伸ばす。少女に向かって真っすぐと。間に合わないと分かっていても、それでも彼女に手を伸ばす。

 少女もこちらに手を伸ばす。

 何故か微笑を称えた口元が、ゆっくりと動く。しかし、その言葉は俺の耳には届かない。


 手を伸ばす。伸ばす。伸ばす。

 ――伸ばす。


「このっ」

 指先が微かに触れ合う。しかし、それは一瞬。絡める前に、少女の体は重い重力によって地面に落ちていく。

「っ」

「追うな、ライトっ!」

「――っ!」

 ついに動いた体を、仲間が制止した。

「遺体を持ち帰れない奴なんて、そいつだけじゃないだろ‼」

 瞬間、俺の心に何かが落ちた。

 ――遺体?

 あいつは死んでなんか、……ない。だから、助けに行くんだ。

「おいっ!」

「うるさいっ、黙れ! あいつはまだ――」

 先程まであれほど命令しても動かなかった体が無意識のうちに動いていた。

 もう彼女の姿は見えない。でも、きっと。

 地上まで降りれば、きっとまたあの笑顔を向けてくれる。


   キャアアアアァァァァァァァァァァァァ――


「っ、どけぇっ‼」

 目の前に立ちはだかる敵共を剣で斬り殺し、進み、また殺していく。

 どけ、どけ、どけ。どけ。どけ。どけ――

「待て、ライトっ‼」

 あまりにも必死なその声に、俺は振り返った。


 大鎌を振りかぶった、その異形。

「ライトっ‼」

 衝撃。轟音。衝撃。


「え」

 気付けば地上に降りていた。

 地面に手をついてよろよろと立ち上がる。足元が頼りなくふらついたが、何とかその場に立ち留まった。

 そして、気付く。

 べたりと、手に違和感。見つめるとそれは赤黒い液体。――血だ。

 誰のだ。俺じゃない。

 やっと足元に目を向けて、そして認めた。


 血に染まったその制服は俺と同じ。

 俺と同じ〈隊〉の、そのエンブレム。

 

 俺を制止した少年だった。

 うつ伏せに倒れ、その背中には右肩から腰にかけて大きな傷。

 もう一度地面に膝をついて彼を腕に抱いた。左目の辺りの肌も深く抉れていた。


 そして、俺はやっと理解する。

 彼に庇われ、そして彼が傷付いたことに。


 遥か上空を見ると俺が勝手な動きをしたことによって空いた隊形の穴から無数の敵が仲間に襲い掛かっていく。

「やめろ……」

 敵たちは容赦なく仲間たちに斬りかかった。仲間たちは隊形を崩しながらも、それでも攻撃を剣で受ける。

 しかし敵である彼らには感情などない。慈悲などない。

「やめろ…………」

 甲高い声があがった。

 それは仲間の絶叫であり、敵の奇声でもあった。

「やめろっ――」


 黒い影が顔にかかった。

 先程と同じ光景。大鎌を振りかぶった異形。

 違うのは俺は跪きそれに屈し、腕の中の少年は微塵も動かないということ。


   キャッキャッ、キャアアァァァァ――

 

 まるで俺を嘲笑うかのように、敵が甲高く鳴いた。俺の目の前に現れる影を呆然とただ見つめる。敵の凶器が光る。

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ――――‼」

 大鎌が振り下ろされた。



 

 雲によって太陽は隠されているはずなのに、首に掛けた銀の首飾りがきらりと煌めいた。

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