転機
起きてすぐに玄関前を覗くのが私の日課になっていた。作戦決行から三日。当たり前だが、いよいよ報道陣の数は減ってきた。ショッキングな話題が出なかったせいか、それとも業界から追放された人間にもとより興味がないのか。どちらでもいいが、私にはもう後がなかった。
先生は恐らく、本気で私を殺そうと思っている。作戦を決行した日から何回も、冷静になって考えなおしてはみたけれど、いつもその結論にしか行きつかなかった。これでただの冗談だと言われる方が不自然なものである。
そんな犯行予告など忘れてくれていればいいのに、とも思ったが、殺人鬼である先生が忘れているはずもない。もしかしたら、教師として生徒たちの前に立ち始めてからも、裏で殺人を繰り返しているのかもしれない。今この時も、虎視眈々と私という得物を狙っているかもしれない。
……それにしても、なぜあれだけ大胆な犯行を行っているにも関わらず、教師としてのうのうと働いていられるのか。証拠を残さないにしても限界があるように思える。確かに警察の目にさえかからなければDNA鑑定も何も意味をなさないが、だとしても、一件ならまだしもここまで捕まらないことなど、果たしてあり得るのであろうか。
まあ、そんな過去のことを考えてもしょうがないので、これからのことを考えよう。
そもそも、作戦決行前の私は「報道陣さえいれば先生の殺人は不可能」だと決めつけていたが、それは果たしてどうなのだろうか。もちろん、監視体制がばっちりであるのだから、安全は安全だろう。だが、先生がそれを瓦解させる策を持っていないとも限らない。先生のことだ、仮にすぐに殺すことができたとしても、泳がせてある程度楽しんでから殺すに違いない。
しかし、私を泳がせているのだと仮定した時に、そんなことをして何か面白いことでもあるのだろうか。基本的に家から出ないのだから、あがく姿だってロクに見られない。仲間とのやり取りだって、スマホで行っているのだから、先生が見る術はまずないだろう。もちろん、ハッキングや画面共有アプリなどを使っている線もなくはないが、仮にスマホ本体に何らかの影響を及ぼしているのならば、スマホの充電の減りが通常以上に早くなるはずだ。バッテリー劣化以外で急激にバッテリーの減りが早くなったことかはないため、あり得るとすればルータのハッキングといったところか。
……ハッキングで思い出した。そういえば先生は最初に会った時、私の心を言い当てるような、心を読むようなことをしてきた。それが心酔するキッカケになってしまったわけだが、もし私の内面を何らかの形で傍受することができるとしたら……今回もそれを使っている可能性が高い。スピリチュアルな線を除くとして、私の内面を覗き見るとすれば、私の部屋の中に何か異物が紛れている可能性が高い。部屋の中でも滅多に本心を口にしたりはしないが、無意識に呟いていることは多々ある。
考えられる「異物」として挙げられるのがカメラか盗聴器だが、カメラはレンズがついているために、小型のものでも目立ちすぎる。盗聴器の線が濃厚だ。
次にどんな形をしているかだが……もちろん、私が入学する前からあるのだろうから、その時にあっても怪しまれないものだろう。そうすると手紙類か?書類やプリントに、もしかしたら偽造された何かが混じっているかもしれない。
私の妄想かもしれないが、せっかく辿り着いた結論だ。自殺部のみんなにも共有しておくとしよう。探偵ぶりやがってと笑われるかもしれないが、先生から逃れるためなら探偵にでも怪盗にでもなってやる。
※ ※ ※
日付が変わった頃に、古びた家の中にチャイムが響き渡った。俺も眠い目を擦りつつ、軋む階段を下りる。
「こんな時間に誰かしら……怖いわあ」
同じく起きてきた母さんも、少し強張った顔で玄関を見つめる。
「俺が見てくるよ」
このまま無視するのも逆に怖いので、俺は音を立てないようにサンダルに足を突っ込む。こういう時ばかりは、画面付きのインターホンがないおんぼろ我が家を恨む。
「はい、何か用で……」
とドアを開けようとしたが、それは何かに引っかかって途中で止まってしまった。開いた隙間から首を出して覗くと、そこには何かが落ちていた。いや、暗くてよく分からなかったが、それは丸くなって倒れている津田さんじゃないか!!
「津田さん!?ねえ!津田さん!!」
気絶しているようで、いくら耳元で声を掛けてもその目は開かない。
「津田さんって、まさかさっきの彼女かい?」
「そうだよ!!とりあえず外は冷えるから中に入れるの手伝ってくれ」
そう言って津田さんの身体の下に腕を入れたが、少なくとも右腕の曲がる方向がおかしい。完全に骨折している。最悪の事態も考えたが、幸いにも息は止まっていない。
「一体どうしてこんなことになっちゃったのかねぇ……」
「んなもん俺が知るかよ!!とりあえず母さんは救急車頼む」
一応玄関の中に運び入れて、保健でならったばかりの回復体位で横にさせる。明るいところに連れてきて分かったが、骨折しているだけでなくあちこちから流血している。右耳、右腕、左足首……一応既に血は黒く固まっているが、これだけ流れ出ていると出血多量で危ないかもしれない。
痣も額や腕に無数にあり、正直、応急処置をするにしてもどこから手をつければいいのか分からないほどだ。
しかし、本当に一体何があったというのか。明らかに人為的な傷で、それも一つ間違えれば致命傷になりかねない重大な傷害だ。俺の家で夕食を食べ、帰る途中に何かあったのか……いや、帰った後に何かあったと考えるのが自然か。自殺部にいるくらいだしな、何か重大な問題を抱えているに決まっている。
でも、だからと言って何故わざわざ俺の家まで来た?気絶するほどの傷を受けていながら、何故近くの民家ではなく遠い俺の家まで来ることを選んだ?
「……っ」
「津田さん?気が付いたか!?」
「……」
津田さんは何か言葉を発しようとしているみたいだが、息をするだけでも苦痛で顔を歪めている。そりゃあ、全身骨折だの流血だのしているのだから、痛くない方がおかしい。
「津田さん、無理はしないで」
「す……す……くん」
津田さんは死にそうなくらい全身を痛みに襲われて、身体の一部を動かすことさえ困難だろうに、その小さな顔を小刻みに揺らしながら俺の顔に向けた。
「津田さん、駄目だ、安静にして」
「す……すむくん……わたし……わたし……」
力を入れなくていいようにと、俺が右手でその顔を支えると、途端に津田さんの目からぼろぼろとブルーベリーほどもあるような涙が溢れ、頬と俺の右手を伝い、音を立てて次々と床に落ちた。痛みのためか、それとも別の感情なのか、嗚咽を漏らしながらも、彼女はなおその口を動かす。
「私……死にたく……ない……私……生きたい……進……くん、と……」
「……津田さん?おい、津田さん!」
生きたい。それだけ俺に伝え、津田さんはまた意識を失った。俺の手は津田さんの涙で濡れている。
「どうして、俺、なんだ」
頭の中がぐちゃぐちゃになって、自分の手のひらを見つめていると、遠くの方から救急車の音が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます