離婚
「ナガヌマはアイドルとかキョーミないわけ?」
「ない」
「もうつれないなあ相変わらず」
相変わらず、というのは僕の方が言いたい。何故もこう毎度毎度帰り道に付きまとわれなければならないのか。僕の思考に費やす時間がどんどんこいつに奪われている。考えが進まなくては、この世への未練を無くすどころかかえって死ねなくなっていくばかりな気がしてならない。
「……さてと、じゃあ今日はこの辺でね」
「ん?今日はやけに早いんだな」
「あれ~?ナガヌマ寂しくなっちゃったわけえ?」
「そういうことではない。ただ普段は僕の家までついてくるのにそれに比べて帰る時間が早いという事実を述べたまでだ。僕としてはその方がありがたいが」
だが、真面目な話、ここ最近はずっと家までついてきていたので、気になるところではあった。口にした通り、寂しいだとかいう感情ではなく、単純な興味だと思ってもらいたい。
「実は、あたし、引っ越したんだよね~。だからあんたの家まで行くと流石に遠回り過ぎるわけ」
「そうか。なんなら北海道にでも引っ越してくれるとありがたいんだが」
「はあ!?酷いんですけどー!あんた仮にも彼氏だろー!?」
「大声を出すな迷惑だ」
そんなことを学校の他のヤツらに聞かれでもしたらどうなる。僕は真面目なフリをしてギャルを手中に収めている調子に乗った男だと誤解されてしまうだろう。僕はただ平穏な日々の中で一人、思考を巡らせたいだけだというのに、そんなことでは気が散ってしょうがない。
それに、福原はなんだってこの微妙な時期に引っ越しをする必要があったのか。自殺部の規則で互いのことは詮索できないが、自殺を志願する理由もその引っ越しと関連があると見るのが自然であろう。家庭の問題、例えば両親が不仲になり離婚や別居でもしたのか、あるいは家出でもして一人暮らしをしているのか。どちらにしても、こちらからそのことを掘り返せば、福原はいい気分はしないだろう。
「帰るならさっさと帰れ」
「うっさい!薄情者!また明日!!」
福原はそう投げやりに叫んで、今歩いてきた方向に走っていった。なんだ、真反対の方向だったのか。それなのにわざわざ僕についてくるだなんて……あいつの考えていることが一切分からない。付き合っていると言ったってただのフリだ。実際に恋愛感情があるわけではない。僕に分からないことがあるとすれば、宇宙の真理か、あるいは人間の心理だろうな。
また明日。明日を消したい自殺部らしからぬ言葉を頭の中で反芻しながら、僕も止めていた足を再度動かし始めた。
※ ※ ※
「今日、離婚届を出した」
開口一番、パパはそう言った。家にはママの姿はもうなかった。
正直、こうなることは前々から予想はしていた。でも、パパが——いや、目の前にいる男がこの期に及んで安堵の表情を浮かべていることが、ただただ許せなかった。
「ママの面倒はお義母さんたちが見てくれるそうだから、ママの心配はいらないよ」
自分のせいでママの精神が壊れたというのに、まるで他人事。それに、あたしが自分についてくると決めつけていることも気に食わなかった。まあ、気の狂ったママと一緒に行く気はあたしも流石になかったけど。
「というわけで、引っ越すから麻紀も準備してくれ」
「は?」
いやに家の中が片付いてんなとは思ったけど、引っ越すってどういうこと?まさかとは思うけど……。
「新しいお母さんのところへ行くんだよ」
目の前の男はそう言って殴りたくなるくらいの笑顔を浮かべた。ああ、やっぱりこいつはクズなんだな。前々からクズだってことは分かってたつもりだけど、離婚したその日から浮気相手と同棲って、どういう神経してんの。あたしのことなんかまったく見えちゃいない。本当に自分のことしか考えられないんだろうな。
もちろん、子供であるあたしに拒否権はないんだけど。どうせ一人暮らしするっつっても聞かねえんだから。知ってる。あたしが今できることと言えば最低限の大切なものをカバンに詰め込むことだけ……。
「私、美穂って言います。初めまして……これからよろしくね」
新しい「お母さん」は、あたしと違ってすげー清楚風の人だった。顔もかわいいし。浮気のことをどう知らされてんだか知らないけど、世の中分からないもんだな。
「新しいうちで慣れないかもしれないけど、許してね」
ミホはそこまで広くもない部屋の間取りを紹介し終えると、そう言ってはにかんだ。これでいかにも悪女らしいヤツだったら顔面に蹴りを入れようかと思っていたけれど、ミホ本人は根はいい子らしい。歳もそんなに変わらないし、友達が一人増えるとでも思っておけばいい。
「その、お母さんって呼んでほしいとかそういうのはないから、安心してね」
あたしの態度をどう読み取ったのか知らないけど、まあそんなの最初から呼ぼうとなんてしてないし、取り越し苦労お疲れさんって感じだけど。でもそうやってかしこまられるとこっちも固くなるんだよなあ。
室内をグルっと見渡しても、あまり散らかっている様子はない。あたしたちが来るから整頓したのか、元から物が少ないのかは知らないけど、割としっかり者なんだろうな。
……お、道玄坂のCDあんじゃん。
「ミホってアイドルとか好きなの?」
「え?あ、うん。麻紀ちゃんもそういうの興味ある?」
「あるある余裕である。え?道玄坂の推し誰?やっぱ王道でしいにゃん?」
「しいにゃんも好きだけど~、私はいっちーかな」
「いっちーもかわいいよなあ~。いっちーってソロあったっけ」
「あるよー。ほら、そこの棚の二段目の……」
アイドルについて話せるなら、話が滞ることはしばらくないかなあ。一応これから毎日一緒に過ごすんだし、仲良くなっておいて損はないと思う。これでひとまずはあたしのモヤモヤもなんとか誤魔化せるかなー。
……とか思ってたけどやっぱ無理だわ。この男とベタベタしてんのを見るとひたすらに怒りが湧きおこってくる。というかもう、この男の顔を見ること自体が苦痛になってきた。
しかもこの男、あたしの前だっつーのにミホにキスせがんでんだぜ。いい年こいて気持ち悪ぃよ。それが離婚した直後だからなおさら!!ミホも流石に「麻紀ちゃんの前だから」と断ってくれたけど、ほんとこの衝動を必死で最後まで抑えたの、誰か褒めてほしい。
一応、あたしだけ別の部屋で寝てるから、その間は二人がいちゃいちゃしてんのを見なくても済む。でも、あの男たちがいちゃいちゃしてるんだと想像するだけで頭が痛くなって眠れねぇ。ミホには悪いけど、やっぱりあたしはあんたたちの仲を認められないわ。というか、あの男の存在が認められないわ。あたしのことなんか見えないように振舞ってやがるあの男が!!!
もしかしたら、そろそろ死に時なのかもしれない。そうだよ、なんのために自殺部に入ったのさ。親に、今やあの男に、あたしの存在を認めさせるため。あたしの存在をその目に焼き付けるため。今まで理不尽に傷つけられてきたこの報いを全部全部全部返すため。
はは。もう少しナガヌマと遊んでおきたかったけどしょーがないよね。これが自殺部の本来の活動だもん。優先しなきゃ。もうあたし、限界なんだわ。
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