バカップル(?)
進くんとの帰り道は、いつもの道とは全然違く感じた。なんか足が地に着いてないっていうか、いつもはちょっとうるさいなぁって思う車の音も、なんかぼーっとして遠くから聞こえているみたい。
まさか、麻紀ちゃんの提案が実行に移されちゃうなんて思っても見なかった。だってだって、まだ会って数日しか経ってない進くんと付き合うだなんて!……あ、別に進くんが嫌いなわけじゃないんだよ。ただちょっと驚いちゃったというか、恥ずかしいというか。
でも、会って短いけど、進くんがすごい優しい人なんだなっていうのはよく分かった。私が話そうとするとすぐに耳を近付けて聞こうとしてくれる。……部室を出てからは耳どころか顔も近付けてくれないけど。もしかして進くんも恥ずかしがってるのかな?
歩いてる間、進くんは何回か話しかけてくれた。思えば、こんなに他の人と会話したのって生まれて初めてかもしれない。もちろん、私は首を縦か横に振るだけだけど。
途中途中、ちょっと気まずくなっちゃった。私が話せないっていうのもあるけど、多分お互いに誰かと二人きりで話すことに慣れてないんだと思う。––二人きりか……あうぅ、そんなこと考えてたら余計に恥ずかしくなってきちゃった。
恥ずかしくて俯いて歩いてたら、いつのまにかおうちの前に着いちゃってた。私が立ち止まると、先を歩いてた進くんも立ち止まって私の方を振りまいてくれる。
「あ、ここなのか。おっけ。……えーっと、じゃあ、また明日」
私が前もっておうちの場所を言ってなかったから、進くんの言葉はしどろもどろになっちゃった。ごめんね、進くん。
せっかく一緒に帰ってきてくれたんだし、背中が見えなくなるまで進くんを見送った。一緒におうちに帰った、生まれて初めての友達。––そして、死を共にする大切な友達。
※ ※ ※
学校を出た後、僕は延々と福原に付きまとわれた。付きまとわれたまま家に帰るのは気持ちが悪い。いつもは寄り道などしないが、近所のスーパーでペットボトルの水を買った。
「もういい加減ついてくるのはやめてくれないか」
「えー?いいじゃん、どうせ暇でしょ」
そうやってクラスの馬鹿共と同じような扱い方をされるのがどうも気に食わない。そして、その馬鹿みたいな態度を眼前に晒されるのも至極不愉快だ。
「僕は例の話には参加しないと言ったはずだ」
「あれあれ?やっぱりナガヌマも恥ずかしくなっちゃった?ま、ウルトラビューティなあたしが隣にいたら恥ずかしくもなっちゃうか~」
恥ずかしい?なぜお前のような馬鹿の隣にいて羞恥心を抱く必要があるのだ。もし自分を「美」だと認識しているのならば、その感覚を疑うべきだ。反吐が出る。
「どうでもいいが、もう帰ってくれ。邪魔で仕方がない」
「なっ、邪魔ってなんだよ~。カレカノの関係なんだからさあ」
「だから、その話は僕には関係ない」
「いーや、関係あるね。むしろあたしが無理にでもあんたの彼女になってやる」
いくらなんでも話が滅茶苦茶だ。こいつ、自分の言っていることが分かっているのだろうか。そもそも男女の関係というのは遺伝子的作用により男性と女性が惹かれ合い、生活を共にするものである。誰がどう見ようとも、僕とこいつの間にそういった何らかの作用が皆無であることは自明だろう。
「とにかく邪魔だ」
「もっと邪魔してやろうか」
もうこいつに物を言うのすら面倒になってきた。ネットでもなんでもそうだが、日本語の通じないヤツに何を言ったって理解するわけがない。というのも、概念というものは実際他人と共有することは不可能であり、一つ一つの単語の意味という概念すら一人一人にとって違うのだから、言葉で相手の意志を理解しようなどということは理論上不可能であるのだが、それにしてもこいつとの会話はそれ以前の問題を感じる。
「なんで水なんか飲んでんのさ。コーラとか飲みゃいいのに」
そう言いつつ、福原はさっき道端の自販機で買った500mlのコーラを飲んだ。恐らく僕がそれを見て羨ましがると思っているのだろう。明らかに僕の視界にわざと入って飲んでいる。
「別に金がなくて水を買ったわけじゃない。清涼飲料水は人体に悪影響を及ぼすだけでなく、僕の舌に合わないんだ。炭酸は匂いを嗅いだだけで吐き気がする」
「え、ナガヌマ炭酸飲めないの?おっこちゃま~」
何が面白いのかけらけらと笑っている。ある物体や存在を嫌悪することが人間的な弱さだとするならば、人類は概して弱者であろう。そして、その理屈でいくなら僕は人類でトップクラスの弱者だろう。飲み物だけでなく、基本、日常にあるもののほとんどは嫌悪している。
「んで、ナガヌマんちってどこなの」
福原は人の気も知らないでしれっとそんなことを言う。このままでは本当に言えまで付いてきそうな勢いである。
「お前なんかに教えるか。いいからさっさと帰れ。お前がいる限り帰れない」
「あんた、本当にあたしのこと嫌いなんだね」
ようやくこの馬鹿でも僕の気持ちを察したらしい。少しばかりため息をついて荷物を持つと、「また明日」と言ってこの場を去って行った。スーパーのフードコートには僕と近所の中学生しかいなくなっていた。
※ ※ ※
ナガヌマも自分のうちの前にあたしが座ってた時、流石にビックリしてた。流石の天才くんでもあたしの行動は読めなかったわけだ。
「なぜ僕の家の場所を知っている」
ナガヌマはマムシをすりつぶしたような――いや、玉虫を踏み潰したようなだっけ?――顔をしてそうやって訊いてきた。よくぞ聞いてくれました!いやまあ、あたしもいろいろ聞いて回ったんだよ。大変だったんだから。んで、聞いた中で唯一知っていたのが――。
「先生に聞いたんだ。ビックリしたっしょ?」
「……」
ナガヌマは何も喋ろうとしない。というか、そのままあたしを無視して家の鍵を開けようとしてやがる。
「ちょ、ちょまった。せっかく来てあげたんだからさ~なんかしら反応しようと思わないわけ!?」
「思わないね。ストーカーの相手をする馬鹿がどこにいる」
「残念だけど、もう既に交際は決定してるからね!いくらあたしを罵倒しても無駄だよ!もはやあんたのことはみんなからツンデレ彼氏ぐらいにしか思われてないぞ!」
「周りの目なんてどうなろうが結構だ。話はそれだけか」
まったく、何を言っても無反応だなこいつ。まあ、あたしが言い出した手前「付き合うのはやめにしよう」だなんて言える雰囲気ではないし、好きでもないヤツに根気強くアタックし続けますか。
「あたしは好きだぞ彼氏殿!」
ナガヌマが玄関の戸を閉める瞬間にそう言ってやった。なんだかはたから見てるとバカップルだなこれ。
まあでも、一生で最後の思い出だし、思いっ切りバカップル生活を楽しみますかね。……まあ一方的に、だけど。
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