福原家

 帰りに寄ったスーパーで、適当にお惣菜の揚げ物を買った。もしかしたらママがあたしが家出たあとになんか作ってるかもしれないし、買うものはできるだけ少なくしてレジを通した。

 でも、レジに並んでる時にナガヌマを見かけたときはビビったよね。しかも買ってるの全部野菜だったし。どこの主婦だよって感じ。まあでも、あいつもあーやって飄々としてるけど、やっぱり何か死にたくなる理由があるんだよなー。

 ナガヌマはそのまま行っちゃったから、あたしも商品をレジに通して、買い物袋を提げて家に帰った。あたしの家は枝別れした国道の間にあるマンション。

 部屋は三人で住むのには狭い2LDK。それも、買ったわけじゃなくて賃貸なんだよね。中流家庭っての?こういうの。まあ、公務員なんてそんなもんか。

「ただいまー」

 家についてリビングに入ると、パパが一人で缶ビール片手にテレビを見てた。テレビには夕方のニュース番組が映ってる。

 テーブルの上には残り物の煮物とかがちょこっとあった。炊飯器を覗いてみたけど、セットはされてない。おかずだけで食べるのはなんかなー。

「ママは?」

「先に寝たよ。どうも疲れてるらしい」

 パパはそう言って、缶の残りを一気に呷った。

「疲れてるって、やっぱあたしのことで?」

 あたしがあえて突き放すような言い方をしたら、パパは深くため息をついて、空になった缶を覗き込んだ。

「さっきのママの言葉を気にしてるんなら、それは気にしなくていい。ママの疲れの一端は俺にあるんだ」

 パパはそう言ってうなだれた。多分、不倫のことなんだろーなー、とは思った。

「でもあたしがいなきゃ色々とうまくいってたんじゃない?」

「だからそんなことはないって……」

「あたしがいなきゃ、パパもあの子と仲良くできんじゃん」

「なっ……」

 核心を突いたら、パパは青い顔をして黙り込んだ。もしあれであたしにバレてないと思われてたなら、あたしのこと相当見くびってるね。

「……そこまで、知っているのか」

 パパはその青白い顔でそれだけ辛うじて口にした。あたしは愛想笑いしながら「当たり前じゃん」と返した。

「でもそれだって麻紀のせいじゃない。パパが悪いだけなんだ」

 そう言ってパパは空き缶を握り潰した。テレビからは相変わらずオレオレ詐欺の対策特集みたいなことをやいのやいのと喋ってる。

「本当にそう思ってるならその不倫相手と別れればいいじゃん。そうしないってことは、どこかで自分が悪くないって思ってるんじゃないの?」

「違う!」

 パパは突然声を大きくしてこっちを見た。でもすぐに勢いを失ってテーブルを見つめた。

「違うんだ……もう別れたくても別れられない……」

「別れられない?」

 そう聞き返して、あたしも嫌な結論に行き当たった。

「まさか……」

 あたしがそれだけしか言ってないのに、パパは死ぬほど肩をガタガタと揺らした。

「子供ができたの?」

 パパは何も言わなかった。それだけであたしには充分な解答だった。

 ……正直、パパがそこまで短絡的な人だとは思ってなかった。あたしという子供がいながら、不倫相手とHして挙げ句の果てに子供を作るなんて……。

「……百歩譲ってヤっちゃったことはしょうがないとしてさ、だとしてらママと別れるとかできるじゃん?」

「ママはな、一人でお前を育てるのは無理だって言ってるんだ。シングルマザーにはなりたくないって……。かといって俺が引き取れば面倒事になるのは目に見えてるだろ」

 当たり前の話だけど、もしパパがあたしを引き取ったら、その妊娠した女子大生と一緒に暮らさなきゃいけない。その女子大生があたしを子供として認めてくれるかどうか分からないし、あたしも歳が幾つも違わない赤の他人を「ママ」だなんて呼びたくない。

「やっぱりあたしは邪魔なのかな」

 今度はパパも否定はしなかった。その代わり、「全部俺が悪いんだ」と言って完全に塞ぎ込んだ。


 そのままの空気でご飯食べたくはなかったし、「先お風呂入るわ」って言ってリビングを後にした。パジャマと下着だけ持ってお風呂場に行く。うちのお風呂場って狭いんだよねえ。こういうところはやっぱ一軒家の方がいいな~って思うわ。

 お風呂に入ってる時間は、割と一息つける時間。友達とわいわいやるのもいいんだけど、やっぱ一人になって落ち着く時間も大切だよね。

 ……にしても今日は1日で色々ありすぎたなあ。ママがキレたと思ったらなんか変な部活に誘われるし、あの国民的人気アイドルが同じクラスだし、部活の顧問――つーか担任が殺人鬼だし、パパは不倫相手と子供作ってるし……。

 もうわっかんねぇなこれ。夢だったとしても脈絡なさすぎるレベルだわ!夢だったらいずれ醒めるけど、現実は死なない限りなくならないからなあ。

 ……まあ死ぬつもりなんだけど。部活のみんなは完璧な自殺方法を見つけてくれるかなあ。死ぬならパパもママも地獄に引きずり込みたい。そのためならあたしの体が腐ろうが何しようがどうでもいい。

 でも今からそんな気分でいたら鈍感な二人にも気付かれちゃうかもしれない。具体的に自殺計画が決まるまではいい子ちゃんを演じていよう。メイドのみやげってやつ?

 パパとママが喜びそうなことって言ったらなんだろうな。ママはちゃんと言うことに従ってさえいれば大丈夫かな……いや、でも最近大人しくしてたのに今日キレたし、よくわっかんねぇな。家事でも手伝えばいいか。

 パパはパパで何をすれば喜んでくれるかな。肩もみ?それはなんか子供っぽすぎるっていうか。んー、難しいな。枕営業……はダメだ、傷口に塩を塗り込むことになっちゃうわ。第一、娘じゃ興奮しないか。

 仮にあたしが頑張っても二人が喜ぶ確証がないんだよね……。喜ばせてから一気に地獄に落とせれば最高なんだけど。

 あと、できれば例の女子大生も巻き込みたいんだよね。まあパパがどうにかなっちゃえば女子大生は無職のシングルマザーになっていやでも苦しむと思うんだけど。それでも仮にパパがあまり打撃を受けなかったら、のうのうと暮らすことになる。それはなんか癪。

 あたしが死んだらママは狂って死んじゃうかもだけど、パパは意外に素っ気なく、ママを捨てて再婚するかもしれない。間抜けそうな顔をしてて腹黒いから。

 どうせなら一遍に全員をギャフンと言わせられるような……全員の人生をどん底に落とせるような、そんな自殺の方法ないかな。早く見つかるといい。

 自分たちのことで精一杯のパパとママはあたしが自殺しようとしているなんてきっと夢にも思ってない。あ、でも今日包丁首に当てたから少しは気にしてるかな?でも愛想笑いで誤魔化したし、多分二人は気付いてない。

 今から二人が苦しむ様子を想像して楽しみだ。死んだ我が子に怯えながら生きるのは滑稽だ。いっそのこと罪悪感に駆られて自殺してしまえばいい。

 あたしの命はこの人たちに裁きを与えるためだけにある。この人たちに裁きを与えるためだけに使う。最初はちょっと怖かったけど、今はもう死ぬのがまったく怖くない。

 あたしはいつでも死ねる。そう思うと気が楽だった。

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