自己肯定感の喪失

「福原さん」

「はーい」

 やっと呼ばれた。あたしの名前「ふ」だから出席番号いっつも20よりあとなんだよね。1番とかまじ羨ましすぎでしょ。

 ……にしても、このクラスしけてんなあ。金髪あたししかいないじゃん。中学んときでさえ2、3人いたよ?せっかく高校入ったんだし染めりゃいいのに。どうせ先生も何も言ってこないっしょ。

 誰か仲良くなれそうな子いないかなあ?なんか隅っこでうじうじしてるみたいな陰キャとは絡みづらいしなあ。いや、別に嫌いじゃないんだけどさ、話弾まなそうじゃん?

 石井先生は大人しくていじりがいあるかも。若いし。イケメンなんじゃね?松坂桃李似?あー、それはちょっと違うかも。

「それじゃ、これから入学式になるから、皆廊下に並んで」

 手を鳴らしながら言うあたり、自分に酔っちゃってる系の先生なのかな?優男っぽいしいじっても怒らないっしょ。とりあえず、当分は先生いじることが学校くる目的かな~。


 放課後……つっても何にもやることねえし、結局中学んときの友達とスタバ行って新作飲んだわ。でもあたし何が美味しいとかよくわかんねーからスタバで飲んでも美味しいのかどうか分かんないんだよね。いやまあ、美味しいんだけどさ、他を知らないから比較しようがないっての?

 10日振りだったけど、やっぱノリのいい友達はいいよね。話が尽きないわ。友達はいっつも新しいゲーム進めてくるんだよね。今日はどう森だったわ。この前はポケモンGOだったし、その前はツムツム?まあ、どれも一週間くらいで飽きて、1カ月もするとアンインストールしちゃうんだけどね。

 友達と別れてからは、適当に町ん中ぶらついて、6時くらいに家に帰った。こう見えて帰り7時過ぎたことないよ?でも、本当なら帰ってきたくねえんだよ、こんな家。

 玄関開けたら、いつもみたいにパパとママの喧嘩する声が聞こえてきた。本当に、いつもこんな感じなの。それで、私が部屋の扉開けると二人とも今まで喧嘩してたのに、無理に笑って、「麻紀ちゃんおかえり~」ってママが言って、晩ご飯になる。それが気持ち悪いから、パパとママとはあんまり一緒にいたくない。

 でも今日はちょっと違った。部屋に入ってもママは怒った顔を隠そうともしないであたしの方を睨んだ。

「麻紀、こんな時間までどこに行ってたの」

 ママは私に向かって怒ってるみたいだった。こんな時間って言っても、まだ6時なのに。パパの方を見ると、頭を抱えて大きな溜め息をついた。

「どこって……適当にブラブラしてた」

「適当にって何よ!何にもないなら学校終わってすぐ帰ってくればいいじゃない!なんで何も言わずにほっつき歩くの!?」

 ああ、これが本当のママなんだな、って思った。作り笑いして必死に隠してたけど、このヒステリックに叫んでるのが本当のママなんだ。

「私はあなたをそんな風に育てた覚えはない!なんであなたはそうやって何も言うことを聞いてくれないの!?」

 ママはまだ叫び続ける。当分終わらないかもしんない。

「ただでさえ……ただでさえあなたのせいでこいつと別れられないのに!」

「おい!いい加減やめないか!」

 ……遂に、遂にママの本心が出た。そう。

あたしのせいで二人は離婚できない。だから、今まで表面上は優しくしてくれてたけど、心の中ではあたしが邪魔だったんだ。

 パパも止めてくれたけど、心の中ではあたしがいなければいいって思ってるはず。パパが近所の大学生と付き合ってるのは前から知ってるし。あたしのせいでその子とエッチの一つもできないんだろうし。

「あなたなんか!あなたなんか生まなきゃ良かったのに!」

 その瞬間、パパがママを殴った。パパが手を出すところは生まれて初めて見た。

 あたしなんか生まれてなければ、パパとママは円満離婚できただろうし、こんないがみ合うこともなかった。あたしがいるから二人はどんどん仲悪くなってくし、二人とも自由にできない。

「じゃああたし死ねばいい?」

 台所に出しっぱなしだった包丁を首に当ててあたしが言うと、二人とも目を見開いてこっちを見た。

「ま、待て……ママも気が動転してたんだ……!本気で言ったわけじゃないんだ、な!」

 パパが必死で自殺を止めようと訴えかけてくる。ママは「ごめんなさい……ごめんなさい……」って倒れ込んだまま言い続けてる。

「……やだな。本当にするわけないじゃん」

 あたしが愛想笑いして包丁を下ろすと、二人はほっとした顔をした。あたし、二人と違って愛想笑い得意なんだ。

「じゃあさ、ご飯の用意しようよ。おかずある?買ってこようか?」

 仕切り直そうとしたけど、ママはいつまでもいつまでも「ごめんなさい」を繰り返してる。待ってるのも嫌になって、適当に財布持って玄関を出た。パパも止めなかった。

 そんなにあたしが邪魔なら、いっそ死にたい。邪魔だと思ってんのに愛想笑いを向けられるんだったら、いっそ死にたい。本当のことを隠されてるのが一番嫌だ。多分、これからもパパとママは愛想笑いを続けると思う。だったら死んだ方がマシ。

「あれ?今から買い物?」

 道を歩いてたら急に後ろから声かけられたからびっくりして振り返ると、担任の先生だった。石井だっけ。

「あれ?先生、ご近所さんだったの?今まで会ったことあったっけ?」

「福原さんは親御さんに似て、本当に演技が下手だなあ」

「演技?」

「無理に明るくしてるの、バレバレだよ?」

 流石にあたしも笑顔を保てなかったよね。顔がひきつってるの、自分でも分かったもん。

 それに引き換え、先生はニッコリしたまま少しも顔の筋肉を動かさない。中学の日本史の教科書にこんな感じのお面載ってた気がする。ほんと、お面つけてるみたいに動かない。

「先生もその顔、演技なの?」

「僕は演技じゃないさ。生まれつきだよ」

 ふふ、と笑うけど、それにもかかわらずほっぺどころか目元も何も動かない。細い目には周りの光が反射してて、黒目がどの位置にあるのかさえ見えない。その場に立ってるのがなんだか嫌になってあたしが歩き始めると、先生もそれについて歩いてきた。

「……先生、怖いよ?」

「よく言われるよ」

 よく言われる……?ただ笑っているだけで、あたしのように怖がる人がいっぱいいるの?何それ……。

「で?なんで落ち込んでるのかな?」

 歩きながらも、先生は更に突っ込んで聞いてくる。その光る目は何もかもあたしのことを見通してるようにすら見える。

「なんでって、あれだよ。今月のお小遣いすくなかったから……」

「あんたなんか産まなきゃよかった」

 先生のその言葉であたしの足は止まった。かっこ悪ぃけど、膝も震えてやがった。

「福原さんのせいでご両親は別れられない。だから二人に恨まれてると感じてる。差し詰めそんなところかな?」

 あたしの中の漠然とした恐怖が確信に変わった。先生が近付いてきて、逃げようと思ったけど逃げられなかった。そして、先生はあたしの肩を掴んだ。

「君を案内したいところがあるんだ」

 先生はあたしの答えを聞こうともせず、あたしの右腕を痛いくらい強く掴んであたしのことを引きずっていった。

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