仕事への疲れ
「明日香ちゃん!今日もいつものやつ、頼むよ!」
「はぁい!了解でぇすっ☆綿貫明日香の~?お天気タ~イム!」
おっさんアナウンサーのいつものフリでカメラの下に出てくる文章を読み上げる。
「今日は全国的にお天気!お洗濯物も外に干せそうだよ!関東では日中25度まで上がるところもあるから、水分補給に注意してね☆それじゃあ次は占いのコーナー行ってみよう!」
100%作り声&ハイテンションでお天気情報を読み上げるのはなかなか大変だ。目の前のカメラのランプが消えて、やっと一息つける。すぐ横では、局の女子アナが今日の占いを読み上げている。
私、綿貫明日香は現在人気爆発中のアイドルだ。自分で言うか――って言われる気がするけど、別に誇張してるわけじゃない。CDを出せばオリコン一位は当たり前、バラエティにも引っ張りだこ、そんでもって平日朝は毎日このニュース番組に生出演している。これを人気爆発中と言わずしてなんと言えるだろうか。
ちなみに、なんでさっきから「~☆」「だよぉ!」みたいなうざい喋り方をしてるかと言えば、それが私の「キャラクター」だからだ。3歳から小役を始め、中学の時からアイドル活動を始めたけど、その頃に確立したキャラクターを今でも求められる。このキャラクターは物凄く疲れるし、心底後悔してるけど、このキャラクターなしでは売れなかっただろう。
――いや、そもそも売れる必要はなかった。もちろん、最初ちやほやされた時はなんか嬉しかったし、もっと売れたいとも思ったが、すぐに冷めた。親はIT企業の幹部だから家にはお金あるし、自分で稼がなくとも良かった。
今すぐアイドルなんかやめたい、アイドルをやめるまでいかなくともこのキャラクターを捨てたい。でも、それは世間という名のプレッシャーが許してはくれない。
「それでは今日も元気に、いってらっしゃい」
番組の最後、笑顔で手を振ったらすぐにスタジオを後にする。もちろん、スタッフや出演者にもこのキャラクターで浸透してるので、退出するときはニコニコハイテンションで「さよなら~!」と手を振って出た。
テレビ局の裏口から出ると、マネージャーの佐藤が黒い車の後部座席のドアを開けて待っていた。
「ほら、急ぎなさい!早くしないと学校終わっちゃうわよ」
言われなくたって分かってる。今日は高校の入学式。生放送があるので当然のように入学式には出れず、学校が終わるまでに間に合うかどうかだった。
アイドルや子役は大体が私立高校に通って、いつ抜け出してもいいようにしている人が多い中、私は親の意向で普通の公立校に進学させられた。お陰で「撮影があったので休みます」ということもままならない状況だ。
だからといって私立校に行きたかったわけでもない。結局、アイドルをやめて普通の女の子として公立校に通いたい。それが私の望みだった。でも、世間も、親も、プロダクションも、そして自分自身も、それを許してはくれなかった。
こんな、自由にできない人生になんの意味があるんだろうか。
「良かったわね、明日香。道がすいてるから式が終わった頃には着きそうよ」
「ほんと!?やったぁ!明日香嬉しぃ☆」
どんなにネガティヴなことを考えてても表に出しちゃいけない。仮にカメラが回ってなくても、本音を漏らしちゃいけない。
――どうやったらアイドルやめられるかな。
「……そうか、死ねばやめられるのか」
「ん?なんか言った?」
「うぅん!なぁんでもないよ!早く学校行きたいな♪」
佐藤は特に気にとめる様子もなく運転を続けていた。オーディオからは私のデビュー曲がリピートで流れ続けていた。
佐藤は校門の前に車をつけ、わざわざ私のために後部ドアを開けた。
「もぅ!別にこのくらい自分でできるのにぃ!」
「そうはいっても、あなたはトップアイドルなんだから、このくらいしてあげないと」
佐藤はそうウインクするが、正直そのような気遣いはプレッシャーを強める他何もない。
「話は通してあるから、直接教室に行っていいそうよ。1-1だって」
そう言って、佐藤は私に手を振り、車に乗り込んで行ってしまった。誰も周りに人がいなくなったので、私は少しだけ気を抜いて軽く息をついた。その時だった……。
「綿貫さんだね?」
振り向くと、いつの間にいたのか若い男が門のところに立っていた。
「は、はい!そうですぅ☆みんなのアイドル明日香ちゃんだよぉ!」
「ははは、それでは教室に行こうか」
「あっ!あなた本当に先生?もしかして不審者かもぉ!」
「歴とした教員だよ。石井っていうんだ。よろしく」
人前モードに切り替えて喋っているのだが、なんだか適当にあしらわれている気がする。多分、アイドルだとかそういうのは一切気にしないで、自分の見たものだけで評価をする人なんだろう。
「入学式、先生は行かなくていいんですかぁ?」
「もう式は終わってるよ。それに、綿貫さんを迎えにくるのが僕の仕事だからね」
そう言って先生はにっこりと笑った。
放課後までは早かった。体感だとかそういうことではなく、学校には帰りのHRの間しかいられなかった。しかし、ひとつ意外だったのは誰も私の周りに集まってこなかったことだ。変装のために伊達メガネをかけているとはいえ、容姿や顔つきで分かるものではないのだろうか?
まあ、できることならこのまま気付かれず、一番後ろの席でゆっくりしていたいのだが。
HRが終わり、すぐにラジオの仕事があるので、私は足早に教室を出ようとした。
「楽だったでしょ」
振り向くと、初対面の時と同じように真後ろに先生が立っていた。さっきまで教卓のとこらにいたのに。
「な、何がですかぁ?」
動揺しながらも、人前モード、かつ周りに聞こえない音量で聞き返した。周りの生徒には気付かれていないようだ。
「黒板に張り出してある名前表も、机も、綿貫さんの名前だけ消しておいたんだよ。もちろん、HR中に綿貫さんの名前を呼ぶこともしてない。楽だったでしょ?」
「なんで……?」
私は驚きすぎて、周りに人がいるのに演技も忘れて真顔で訊ね返した。恐怖よりも疑問が頭を埋めた。
「明日からは皆が綿貫さんをアイドルとして認識し始めるだろう。自分を偽らなきゃいけない時間が増えるね」
「どうしてそれを知ってるの?」
私は素の自分を親は愚か、佐藤にもスタッフにも同業者にも見せていない。なのに、先生が知ることができるはずがない。
「アイドルをやめたいんでしょ?やめる方法知ってるんでしょ?」
「……っ」
「そう、アイドルをやめる方法は一つだけ……」
先生はそのまま顔を耳に近付けてきた。
「死ぬこと、だよね?」
私はこの時、先生は人間ではないのだと思った。そう、神か何かの生まれ変わりだと思った。私はこの人には逆らえないし、嘘はつけないし、この人からは逃れられない。そう思った。
「……綿貫さん、君を案内したいところがあるんだ」
先生のその微笑みは、私にはもう神のそれにしか見えなかった。拒否する理由はなかった。
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