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 部屋に戻ったハリーは、もう一度手紙を読み返した。

 そこに見落とした情報があるのではないかと考えたからだ。


『……出発して数年後、遠征隊の一員として、気象タワーをみつけた。だが、発見した代償は大きかった。途中のブリザード地帯、不慮の事故により、仲間のうち、十人が犠牲になった。私を含め僅か生き残ったのは五人になった。

 私は故郷のシェルターによる帰還を諦めざるを得なくなった。そして、私は決意した。

 私は、気象タワーの内部を可能な限り、生活のしやすい環境につくりかえ、定住することにした。謎を解き明かそうと努力もした。だが、私や私の仲間の数は限られ、気象タワーにまつわる研究は、近くのシェルターに住む住人によって遮断されている。

 私は独自に人口の太陽を作り出す研究を始めた。さいわいにも、研究を喜ぶシェルター仲間も現れた。彼らの研究は、私の研究の比ではないほどの技術を持ち合わせている。しかしながら、研究ははかどる事はなく、ここ三年程はとどこおりがあり、うまくすすんでいないのが現状だ』

 

 三年にもわたり研究が滞っているということは、何か予期せぬ事態が起こっているに違いないと、ハリーは想像した。

 更に彼は文面を読み続けた。


 『その原因には、研究のための素材集め、技術者の確保、そして、狂いだした人間への対処が主だ。特に人間への防衛は、研究のさまたげが大きいとわかった。

 私の研究は、既に十二年という歳月が費やされてしまった。私には時間が残されていない。私の生きているうちにハリーには【緑があふれる大地を見せてやりたい】と思っている。だがそれには、目の前の難題が山積みになっていくいっぽうである。

 こうなれば、僅かな望みだが、お前を、呼べないかと考えた。

 私は、急いでメモリーチップに座標軸と周辺地域の詳細地図をインプットした。

 私の記憶が正しければ、お前の住むシェルター内にメモリーチップを再生できる旧世代の記憶媒体があるはずだ。そこに、メモリーチップを挿入し参考にしてもらいたい。

 この手紙が届くとき、私の生死はわからない。だが、信頼できるお前さえよければ、私の研究を引き継いでもらいたいと願っている。

 私の唯一信頼できる《ユーヴァン》という男が、この手紙とメモリーチップをお前の元に運んでくれる、と覚悟を決めてくれた。

 過酷な旅を覚悟する勇気があるなら、どうか死なずに生き延びてくれ。そして、再び会える日を心より待ち望む。

               四月二八日 二一八四年 アンソニー・ヴェルノ』


 手紙を読み終え、ハリーは、傍らに置いたメモリーチップを見つめた。

 この記憶媒体の情報を見るためには、このシェルター内にある記憶装置では、読み込むことができないことがわかった。

 ホルクが記憶装置を操作した際に、【電波不足】という表記が表れたのだ。

 チップの座標軸を表示させるには、はるか上空に浮いているという衛星に受信しなければならないとホルクは語った。

 (もしかしたら……)

 ハリーには、心当たりがあった。メモリーチップを解析できる場所が、もう一箇所存在する、その場所こそ【東の山脈】ではないかということに。

 すぐさま、メモリーチップと手紙をサックに入れ、荷物を確認した。その際に、男のサックのことを思いだす。

 

 ハリーは医務室へと向かった。何か、手紙、メモリーチップ以外の手がかりを残しているのかもしれないと、そう思ったのだ。

 そこには既にホルクがいた。荷物の中身を調べているようだ。

「やはり、お前も気になったか?」

「どうやってこの場所を探し出したか知りたくて……」

 長い旅に必要なものは一通り揃っている。コンパス以外に真新しいものはなかった。情報を得るためなのか、旧世紀以前の骨董品の道具がハリーの目に止まった。

その中に箱型ラジオとおぼしきものがあった。

 やはり、東の山脈の頂上にあるというシェルターにいくべきだ、とハリーは思った。

 訓練中、エルシェントと会話したことを思い出した。ベータシェルターから東に数十キロ行った先に南北に走る山脈があることを聞いた。頂上付近には、今でも大地に太陽が降り注いでいた頃の電波塔があるらしい。そこから週に何度かの電波発信があった。発信から流れてくる中に歌手がいた。

 歌い手の声は、ベータシェルターから遠征したキャシーの姉、フリージア・シェーミットである。

 ハリーも幼少の頃、遊んでもらった記憶があった。彼女はハリーがエルシェントに助けられた日、遠征隊に参加したいと申し出たという。成人になり噂では東の山脈にあるシェルターで、歌を歌っているらしいという情報が伝わってきた。

 箱型ラジオを手に取ったハリーは、また遠征の途中でフリージアに逢えるだろうか、と思った。


 ラジオを丹念に調べた。乾電池を入れるための空間がないことにハリーは、疑問を持った。幼少の頃から骨董のつく道具類に関心があった。ラジオやモバイルツールは分解したことがあった。特に、ホルクが子供の頃に持っていたトランジスタラジオを貰いうけ、独自に分解し構造を調べた。

 その分解経験からどういう経路で、発信、受信ができるかがハリーには、わかった。しかし、男が持っていたものは、どうやら普通のラジオではないもののようだった。外見は、ラジオに似せてスピーカーも存在するようだが、周波数をどうやって合わせるのかが解らなかった。はっきり見たところ【ON】【OFF】のボタン以外が見当たらない。試しに、ボタンを押してみるが、何の反応もなかった。

 隣にいたホルクは違う道具が気になっていたが、結局、情報が得られないと解ると諦めたように元の位置に戻した。ハリーが持っている奇妙なラジオにも興味を示した。

「うむ、これは、もしかすると……」

「なんですか?」

「音声認識による転送デバイスかもしれない」

「音声による? 人の声に判断して物事をこなす装置ですか?」

「そうだ、声には指紋と同じように声紋というものがあると、博士から聞いたことがある。昔の戦争では、声で防衛を図ったものがあったらしい」

「じゃあ、このラジオのようなものも? 男の声にしか反応しない?」

 試しにスピーカー部に自分の声を充ててみる。しかし、何の反応もおきない。よく見るとスピーカー以外に、マイクで声を拾える箇所がある事に気づく。

「あくまで想像だが、可能性はある。もしそうなら、男の声が記録されたものがあれば、本当にどういうものなのかがわかるかもしれない」

 ホルクの想像が正しければ、旅の道具としては重宝するだろうが、あの男は、すでに亡くなっている。持っていくことに躊躇ためらいをハリーは感じざるを得ないでいた。

「ハリー、持っていけ! 何かの役に立つかもしれない」

「でも、肝心の男の声がないと、役に立たないんじゃ?」

「ある。エルシェから聞いたことがあるんだ! 東の山脈に位置するシェルターに『音声認識装置』をいまだに持っている奴の話を」

 ハリーが装置を見つめる。

「そこに行って音声の認識部分を取り除いてもらえばいいと?」

「幸い、気象タワーまでの道のりの中間地点だ! メモリーチップの解析もそこなら必ずできるはずだ! 亡くなった男もそう望んでいたかもしれない」

 頷くホルクは、満面に微笑んだ。

義父とうさん!」

亡くなった男が誰だったにしろ、今のこの世界では貴重な品物に違いないと、亡くなった彼に対し、心で「ありがとう。使わせていただきます」と念じた。


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