6

「ん?」

「どうかしたの?」

 と、キャサリンがハリーの呟きに気がつく。

 黒い人影らしき人物が、歩いているのが見える。徐々に大きくなり、監視施設のほうへと近づいてくる。ハリーは双眼鏡の望遠レンジを最大にして、注視した。

「キャシー、人影が肉眼で見えないか?」

「ん? どの辺?」

 すぐ横で分厚いコートに覆いかぶさり、身を寄せているキャサリンに、双眼鏡を手渡すと「見てみろ!」と一言放つ。

肉眼でも眼を見ひらいて、はるか彼方の黒いものをハリーは凝視した。

「えっ、どこ、どこ?」

「ほら、あそこ。望遠にしてみろ!」

 ハリーは指を差した。それに気づいたのか、キャサリンが彼の指の方角に双眼鏡を合わせ、確認する。

「あっ、ほんと」

 視点が定まり、どうやら彼女も見つけたようだ。

 次第に近づく人影には、元気がなく、よろよろとしている。今にも倒れそうであった。

 屋上を走り出し、

「ハリー!」

「俺はサムを起こして救助に向かう。キャシーはシェルターに連絡を頼む」


 監視モニターに映り込む人影を再度確認した。どうやら独りだけのようであった。吹雪の中を旅をしてきたのだろうか、ハリーは気になった。

 精根尽きたのか、歩を止め建物に近づく前に雪の上へ倒れてしまう。現時点で、彼女の暮らすシェルターからの連絡は受けていない。別のシェルターからの連絡も当然受けてはいなかった。

すぐにハリーは人影のところへ行きたい衝動にかられる。もしかしたら、父親かもしれない。そうじゃなくても、何か父親に関わる情報を持っているかもしれないと、脳裏を横ぎる。急いで担架と耐雪シート、最大限の救護道具を用意した。そして、サムを起こした。

 サムの機嫌はひどく悪かった。当然のことながら、叩き起こされたのが原因だろう。

「仕事だ!」

 と叫んだ後、

「緊急事態だ! 男が倒れている。救護に行くぞ!」

 と、付け加えると、跳ね起きた。

 救護に向かう準備をしながら、サムは文句を言うも素早く着替えていた。 

 こういう状況を何度も経験しているのだな、とハリーは感心した。


 サムと雪原の中をハリーは走った。

 人影は大柄のサックを背負った男だった。ペンダントのホログラムライトとは全く違う男であった。男は父アンソニー・ヴェルノではなかったのだ。

 サムと二人で運ぶのは、ハリーにとって辛かった。ある程度、身体は鍛えてはいるものの、こんな大変なものなのかと思い知らされた。それもそのはずである。サックには、大量の荷物が盛り上がるほど詰め込まれていたからだ。

 雪原を長時間あるき続けることは、並大抵の体力の持ち主でも大変であることが、改めて解った。短時間であるにせよ雪原を歩きつづける経験はあったが、今度の遠征は想像を絶する旅になるのでは、と生唾を飲みこみ覚悟を決めた。


(低体温症か……ひどい)


「ハリー! 何してる! すぐに暖房を入れろ! 毛布を出来るだけ持ってこい!」

 サムが叫んだ。

 急いで救護用の毛布をかき集め、男の身体を温めた。このときばかりは救護者のために、僅かな限りあるエネルギーを消費することを許されていた。

 男は疲労困憊ひろうこんぱいが激しかった。唇が白く、顔色も生気が感じられなかった。体のあちらこちらに酷い怪我やあかぎれがみられる。もはや、虫の息だった。男は何か訴えようと必死に口元でささやき始めようとする。


7へつづく

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