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「ん?」

「どうかしたの?」

 と、キャサリンがハリーの呟きに気がつく。

 黒い人影らしき人物が、歩いているのが見える。人影は徐々に大きくなり、監視施設のほうへと近づいてくる。ハリーは双眼鏡のレンジを最大にして、注視した。

「キャシー、黒い人影が肉眼で見えないか?」

「ん? どの辺?」

 すぐ横で分厚いコートに覆いかぶさり、身を寄せているキャサリンに、双眼鏡を手渡すと「見てみろ!」と一言放った。

肉眼でも眼を見開いて、はるか彼方の人影をハリーは凝視した。

「えっ、どこ、どこ?」

「ほら、あそこ。望遠にしてみろ!」

 ハリーは指を差した。それに気づいたのか、キャサリンが彼の指の方角に双眼鏡を合わせ、確認する。視点が定まり、どうやら彼女も見つけたようだ。

 次第に近づく人影には、元気がなく、よろよろとしている。今にも倒れそうだ。ハリーは、防寒コートを彼女に預けるとモニタールームへと走り出した。

「ハリー!」

「俺はサムを起こして救助に向かう。キャシーはシェルターに連絡を頼む」


 監視モニターに映り込む人影を再度確認する。

 どうやら独りだけのようだった。吹雪の中を独りで旅をしてきたのだろうか、ハリーは気になった。

 精根尽きたのだろうか、歩を止め、建物に近づく前に倒れてしまった。現時点で、彼女の暮らすシェルターからの連絡は受けていない。別のシェルターからの連絡も当然受けてはいなかった。

すぐに、ハリーは人影のところへ行きたい衝動にかられる。もしかしたら、父親かもしれない。そうじゃなくても、何か父親に関わる情報を持っているかもしれないと、彼の脳裏を横切る。

そんなことを考えながら最小限の救護道具を用意した。そして、サムを起こした。

 サムの機嫌は酷く悪かった。当然のことながら、叩き起こされたのが原因だろう。だがハリーが『仕事だ!』と叫んだ後『緊急事態だ! 男が倒れている』と付け加えると、跳ね起きた。

 救護に向かう準備をしていると、文句を言いながらも素早く着替えていた。その素早さを見る限り、こういう状況を何度も経験しているのだな、と彼は感心した。


 ハリーは、サムと雪原の中を走った。

 黒い人影は、大柄のサックを背負った男だった。ペンダントのホログラムライトとは全く違う男であった。男は父アンソニー・ヴェルノではなかった。

 男をサムと二人で運ぶのは、ハリーにとって辛かった。ある程度、身体は鍛えてはいるものの、こんな大変なものなのかと、思い知らされた。それもそのはずだ。サックには、大量の荷物が盛り上がるほど詰め込まれていたからだ。

 雪原を長時間、長期的に歩き続けることは、並大抵の体力の持ち主でも大変であることが、このときに解った。短時間であるにせよハリーには、雪原を歩き続ける経験はあったが、今度の遠征は想像を絶する旅になるのでは、と生唾を飲みこみ改めて覚悟を決めた。

(低体温症か……ひどい)

 急いで救護用の毛布をかき集め、男の身体を温めた。このときばかりは救護者のために、僅かな限りあるエネルギーを消費することを許されていた。

 男は疲労困憊ひろうこんぱいが激しかった。ところどころに酷い怪我やあかぎれがみられる。もはや、虫の息だった。それでも何か訴えようと必死に乾ききった口元でささやき始めようとする。

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