5

 ベータシェルターを出発して九日が経とうとしていた。

 遠征を前にハリーは二十歳はたちの誕生日を迎える。

 アルファシェルターの近くにも電力のかなめとなる数基の風車があり、隣接するところには、監視塔がある。レンガで造られた塔は、吹雪にも耐えることができ歴史を感じさせるものである。

 高さは数十メートルあった。塔の内部には監視モニターがフル稼働し、監視カメラが二十四時間シェルターの入り口を見張っている。

 シェルター内で迎えた二十年目にして、アルファシェルターの代表を務めるホルクことホルキード・ヴォード・パリティッシュは、ハリーを新しい任に就かせた。その仕事とは、シェルター入り口の監視員だった。


 ハリーにとって待ち焦がれた仕事であった。タワーへの遠征日出発を前日に控えていたため、彼はもどかしくもあった。もしも、遠征隊に参加している最中に、父が帰ってくることもあり得るかもしれないと、心のどこかにあったからだ。

常に監視カメラに映りこむモニターを見つめていた。見知らぬ人物や遠征から帰ってくる仲間を見逃さないよう気をつけるためである。

 養父ようふであるホルクからハリーは幼い頃に渡されたペンダントを大事にしていた。モニターを監視する傍ら、ペンダントのホログラムライトに写りだす本当の父親の顔を見つめることがある。父アンソニーの顔は、ホルクとはまったく違う科学者の顔立ちである。ハリー自身、鏡を見つめたとき、アンソニーの顔立ちをしていると感じたことがあった。

 監視員の仕事は、ハリーにとってやりがいがあった。毎日のトレーニングである日課を終えると、地上に出てきては監視施設のカメラの修理やパラボラの修理に追われた。

 雪原の吹雪は絶えず止むことはなかった。


 監視施設の屋上には、中規模のパラボラアンテナが備え付けられていた。アンテナは四基あった。ハリーはその修理をほとんど任されていた。もともと機械弄きかいいじりに強い特技があったため、彼には朝飯前なのだ。 

 凍える冷気に手がかじかみながらも、四基目のパラボラの修理を急いだ。

「ハリー、ハリー」

 キャサリンの声が聴こえてきた。かすかだが、階段を登る音やドアの開ける音が、風の中に混じっている。自分を探しているのだろうとハリーは思った。

「ここにいたの?」

と、彼女は屋上に出てくるなり、ハリーを見つける。

「キャシー、ちょっと待っててくれ! このパラボラさえ直せば終わりだ」

 彼女はバッグから軍が使用していたと思われる古びた双眼鏡を取り出し、ハリーに渡した。

「はい、お望みどおり。部屋から双眼鏡を持ってきたわ!」

「サンキュー、そんな恰好じゃ寒くないか?」

 みるからに厚手の服で着込んでいるものの、彼女の様相は、ハリーにとっては寒空の続く中では、あまり長居はできそうにない服装だとおもった。

 素早く片腕を袖から脱ぐと、防寒着の半分を彼女の背から被せ、ハリーは彼女に寄り添った。双眼鏡を片手にのぞきこみ四方八方をみやると、赤外線スコープのスイッチの試し押しを繰り返した。

「ねぇ、モニタールームで寝ていた人って誰?」

「ん? サムだよ。サム・ポンド。俺よりも監視施設の仕事が長いらしい。だから俺の先輩にあたる」

 サムの第一印象は、ハリーにとって嫌なものであった。仕事の任務を任された時、紹介はされたものの、彼は積極的に話しをしてくることはなかったのだ。何かを心に秘めている様子で、仕事以外の話をかたくなに拒み続けた。だが、監視員としての仕事には手を緩めないという信念はある。ハリーにはそれが心強く感じた。

「じゃあ、ハリーもあんな風になるの?」

「さあ、どうかな?」

 双眼鏡の望遠レンジを調節し、試しにレンズを通して遠くを眺めている。

 キャサリンは悴む手を息で温めていた。

「キャサリン、これ、使いな」

 ハリーは厚手の手袋をキャサリンに渡した。さすがに彼女の手にはぶかぶか過ぎるが、それでも凍える温度の中ではしていないよりもマシだった。



 灰色の雲と雪原の大地。限りなく舞い続ける雪を見続けた。ふと周囲の白い中にぽつりと黒い異物のようなものが、ハリーを釘付けにした。 

「なんだろう?」

 と、ハリーはこの上ない胸騒ぎを感じた。


6へつづく

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