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 エルシェントの住居に招かれた。

 常に薄ぼんやりとした明かりの灯る部屋だが、最小限の生活必需品は揃っていた。

 エルシェントは、部屋の中にある古いパイプ椅子に一時の寛ぎを求め座った。

「ハリー、遠征に先立つ上で聞いてくれ。私は当時、博士の価値観に反対していた立場だった。しかし、今は違う。君は実の父アンソニー博士の息子だ! 博士が気象タワーを目指して旅立ってからもうすぐ二十年になる。博士のことだ、それなりの成果をあげたに違いない」

「でも、いくらなんでも遅くありませんか?」

 傍らにいたキャサリンも同意するように、首肯しゅこうをくりかえす。

「何か、トラブルがあったかもしれない。自然の危険性だけでなく、『人間の持つ狂気』は計り知れない」

「それは、俺だって理解しています。でも……」

 ハリーのその問いに、エルシェントは黙ったまま答えようとはしなかった。

 隣にいたキャサリンは、エルシェントの台詞に付け加えるように「きっと、博士だってもう一度、ここに帰って来るつもりだったのかも?」

 と、言葉を放った。

 キャサリンの意見にハリーは深く考えた。『もし、俺ならどういう立場をとっているだろうか』と自分自身に問いただした。

「ハリー、キャシーの言うとおりだ。アンソニーは、もしかするともう一度帰ってこようとしたのかもしれない。だが、思わぬ事態が起こり、助けを求めている可能性も考えられる」

「だったら、救助に……!」

 いつにも増して興奮する。今もどこかに生きているであろう肉親を、どうしてもひと目逢いたいと願っているようだ。

「私とて、それはわかっている! 辛いさ」

 エルシェントも同様に、逢いたいという気持ちが強いようだった。

「だからこそ、お前が遠征隊に志願したときから決めていたんだ」

「?」

「かならず、お前をタワーに連れて行くと。そして、親子の再会をさせてやりたいと」

「エルシェさん」

「それには、このアルファシェルターのまとめ役、後継者が必要だったんだ!」

「それをウォルターに任せたいと考えたのですか?」

 強い頷きをエルシェントはみせた。

「でも、ウォルターは俺には信頼できないところがあります。あいつに任せるのは危険すぎる」

「せめて、俺と遠征隊をともにした隊員に……」

「もう、決ったことだ! ここのシェルターのみんなにも了承を得ている。あいつはあいつなりに苦労しているんだ! 劣悪な環境で発狂した人間に殺されそうになったんだ!」

 エルシェントが、言葉を切ると同時に、キャサリンも口を開く。

「義父さん、私もハリーと同じ意見なの。あの人は危険な部分を持っているわ!」

「キャシーまで、そんなことを!!」

 エルシェントには、二人の言い分がわからないような顔つきをみせている。

「とにかく、私はウォルターを信頼しているんだ!」

 キャサリンが、ハリーがいることでを切り出す。彼女はエルシェントに心のうちを話した。


「義父さん、シェルターのこととは別に、相談したいことがあるんだけど、いい?」

 ハリーは気づいた。彼女がハリーと一瞬眼を合わせ、

「私も、もうすぐ十九だからハリーのいるシェルターに住みたいと思うのだけど……」

 エルシェントは俯き、黙って聴いていた。タイミングの悪さが響いたためか、返答がないまま、ハリーが口を開く。

「キャシーは、エルシェさんが嫌いになったわけじゃないと思います。でも、彼女の意思を尊重してあげてもいいと思うのですが……」

 それでも、エルシェントはキャサリンの顔をみようとはしない。だが、背中で語り始めた。エルシェントは、重い口調で話しはじめた。

「キャサリン、君が理解できる頃に君の親について語ったと思う」

「うん」

「今思えば、丁度よかった年頃に話したと感じた。君の義姉あねとしているフリージアはいち早く気づいた。自分で生きていかなければいけないことに。キャサリンもとうとう、フリージアと同じ気持ちになったんだな」

 エルシェントは、キャサリンとの回想に浸っているようだ。

「義姉さんが……?」

 キャサリンは、血の繋がらない義姉がハリーと過ごしていた幼少期に『東の山脈』のシェルターに向け出発したことを知っていた。だが、どんな理由で、どんな気持ちで出発したか、そのときの彼女にはわからなかったのだ。

「そうか、おまえも十九になるんだな。わかった! ベータシェルター《ここ》が寂しくなるのは仕方がないな」

 キャサリンはまだ、言い足りないのか付け加えるように、

「それと、アルファシェルターに行く目的は、ハリーと常に居たいからだけじゃないの」

 訝しくハリーがたずねる。てっきり自分と一緒に過ごしたいと、彼女は思っていたものと驚かされた。


 エルシェントも怪訝けげんな表情をみせた。

「それだけじゃないって? どういうことさ」

 少し、躊躇ためらいがちにエルシェントに顔を向ける。

「うん、義父さんは技術とか本当に尊敬するところがあるけど、ハリーと比べたら、動きとか体力もちがうし、新しい刺激を求めたいって言うか……私も強くなって、今度の遠征隊には参加したいって思ってるの。自分を変えたいと思っているの」

「キャシー……」

 ハリーには、キャサリンの気持ちが痛いほどわかっていた。幼少の頃、父のあとをすぐにでも追いかけていきたかったからだ。だが、エルシェントに説得させられ、雪原における遠征の心得を教え込まれ、今に至っている。

「キャシー、気持ちはわかるけど、遠征隊には……」

 彼女の強い意志の双眸そうぼうに「連れて行けないんだ!」という言葉が、彼には言えなかった。彼女には過酷を生きる経験がなかったからだった。

 彼女の決意は、変わることはなかったようだ。

 ハリーにはなぜ、それほどまで遠征したいと思うのか、理由が知りたかった。

「キャシー、なぜ、遠征にこだわるんだ!? 何か目的があるのか?」

 彼女は俯きながら不安の残る表情になる。

「フリージア義姉さんから、手紙を貰っていたの。でも、確認することができなくて……」

 三ヶ月に一度だが、『東の山脈』に位置するシェルターから手紙が、遠征隊によって届けられることがあった。

「なんて書いてあったんだ?」

「それが……。義姉ねえさんからだってことは筆跡からわかったんだけど、ところどころ滲んでいて判別できなかったの。もしかしたら、危ない状況にあるのかもって感じて」

 ハリーもエルシェントも考え、唸っていた。

「それなら、俺が『東の山脈』のシェルターにいるフリージアに直接聞いてみるよ」

「でも、直接私が聞きたいの」

 エルシェントも渋々納得したようだった。

「それなら、私の補助をして学びながら行ってもらうことにしよう! ただ、それだけでは不十分だから、アルファシェルターで遠征日出発まではハリーにしごかれる事を覚悟するんだな!」

 彼女の双眸の眼が少しだけ和らぎをハリーは感じた。

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