2

 軍事基地を改良して造った廊下を歩いていく。かつて、核シェルターの指令室として使われていたであろう広い空間にでた。

 ちょうど集会が行われている。熱気に満ちた空間だった。数十名の遠征隊の面々が、中央に立つ中年風の男の声に、集中しているようだ。その中心で演説する男こそ、エルシェント・ヴォード・パリティッシュだった。


 彼は、四十代半ばを過ぎたようには見えない。エネルギッシュに満ち溢れている体をしている。無精ひげであごにも生やしている姿は、山男そのものだった。

 隣には、二十代後半と見られる軍服を着た目の鋭い男が、胸を張り立っている。

 ハリーの隣で見ていたキャサリンが囁いた。

「ハリー、エルシェントのすぐ隣にいる軍服姿の男がウォルターよ」

「あいつが……」

 ウォルターという男が、ハリーの姿を見つめる。鋭く強烈な殺気が放たれた。明らかに敵意のこもった眼力で圧倒する。ハリーはその強力な威圧感に数歩後ろに退いた。


(なんだ……身体が思うように……)


 ハリーの様子に心配そうな表情になる。

「どうかしたの?」

「いや、ちょっと。大丈夫だ」

 心配させまいとキャサリンに笑顔をみせた。

 周囲の男たちは真剣にエルシェントの講義に耳を傾けていた。

 ハリーは回りを見渡す。 彼にとって顔馴染みの男たちの姿もあった。

 地下空間ということもあり、声が否が応でも反響する。普段から大きい声のエルシェントは、ここぞとばかり、怒鳴り声にも似た荒々しい喋り方になっているようだった。

 エルシェントには、三歳年上の兄がいる。兄の考え方とエルシェントの考え方にはへだたりがあった。彼は率先してこの世界を再び人類が、地上に住める環境を考えようと努力した。公然と振舞うエルシェントの演説は迫力があった。

「……再三にわたって言うことだが、くれぐれも雪原をあなどるな! 十分な準備をして臨んでくれ!!」

 ハリーの顔に気づいたようだった。

「……よぉし、解散だ!」

 どうやら集会が終わり、数十人の男たちが、一斉に動き出した。


 エルシェントはハリーに駆け寄ってきた。

「ハリー、よく来てくれた!」

 演説している時の顔とは違う柔和な顔つきをハリーに見せた。

「はい! 遠征の出発が十四日後になりましたね」

「日々の訓練はしているか?」

「もちろんです。それで、今日呼ばれた理由わけというのは……?」

 ベータシェルターに、それもエルシェント隊長じきじきに呼ばれたのは、珍しいほどに久しぶりだった。

「ああ、来てもらったのは、荷物のチェックと遠征に出る前に、お前に『渡したいもの』があってな」

 渡したいもの、とは一体なんだろうかとハリーは一瞬、首をかしげた。必要不可欠なものならいいがと考えている様子だ。エルシェントの性格は知っているつもりだ。だが、『渡したいもの』の品物が何であるかがわからなかった。


 エルシェントは、自分が指揮官に遠征隊を組織するに当たって、後任のシェルター管理責任者であるウォルターに詰め寄った。ハリーが軽く会釈えしゃくを交わし、ウォルターも鸚鵡おうむ返しのように会釈をする。

「エルシェ代表、折り入ってお話があるのですが……例の件で」

「すまんな、ひと段落したら君の方へ行こう」

「わかりました」

 ハリーには、初めて会うウォルターになぜだか不快感があった。彼の不可解な言動と仕草が、彼に不安を募らせていくようだった。

エルシェントが言うには『そんな風には見えないし、俺はウォルターを信頼している。ハリーの考えすぎだ』と応える始末。ハリーも思い過ごしだと何度も考え直す。だが、ウォルターの動向が狡猾こうかつなためか、証明するのが難しかった。


(何事も起こらなければ良いが……)


 そればかりが頭をかすめていく。

 エルシェントはアルファシェルターでの近況をハリーに訊いてきた。

「ハリー、ホルク兄さんは元気か?」

 エルシェントが兄のホルクのことを心配するなんて珍しいと思っている。

 ハリーの隣で歩いていたキャサリンは、不思議そうに彼を見る。

「え? ええ、もちろん」

「もう、お前を雪原での遭難から救って、十年くらい経ったんだよな。今度の遠征は目標とするところはだ」

 そうですね、とエルシェントに応えたが自分自身にも言い聞かせた。この十年間は長いようで短いようだったように感じている。

「その後、アンソニー博士からの連絡は……」

 立ち止まり、

「一向に……」

「そうか……」

 と、一言だけ話した。

 エルシェントはハリーの実父であるアンソニー博士と面識があった。彼が若い頃、博士と見解の相違があった、とホルクから聞かされていた。

 ふたりの会話を黙って聴いていたキャサリンは、哀しげな表情を浮かべた。

「もう、戻ってこないのかも……」

 その言葉に敏感にエルシェントはキャサリン!! と激怒し反応した。すぐに彼は、首を横に振る。

「だって……」

 と、エルシェントの言葉に反駁はんばくした。

 更に重い空気に満たされた。

 うな垂れたまま、拳を握り締めていた。


 彼女の言うとおりだ。もう、自分のことなど忘れ去られてしまったのかと、一瞬、頭を過ぎったが、そんなはずはないとハリーはつよく反芻はんすうする。

「ハリー、許してくれ。キャサリンも親を失って君がうらやましいのだろう」

 エルシェントが気を使ってか、肩に軽く手を置いた。

 キャシーの言葉に悪気はないことはわかっていた。だが、ハリーには心の奥底になんともいえないわだかまりが残った。

「ごめんね、ハリー」

 彼女も彼の手を優しく握った。ハリーは彼女の暖かいぬくもりに救われた。

 エルシェントに顔を向け、

「平気です。いつまで気にしていてもどうにもならないし。俺には、心底育ててくれたホルク義父さんやエルシェさん、それにキャシーだっている」

「ハリー」

 今は、このふたりに信頼されている、支えられているのだと幸せに感じた。



3へつづく

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