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「ハリー、いらっしゃい」

 ハリーの耳に聞きなれた声が届く。

 監視建物の前に立っていたのは、防寒具に身を包んだ小柄な少女である。ハリーの肩ほどの身長で、一瞬の判断では十五、六歳の子供に見えてしまう。顔つきや体型は、十九歳の少女だった。背中まで伸びる髪が、唯一大人の印象を醸し出している。

「やあ、キャサリン」

 ゴーグルを外し、口元の布をとった。キャサリン・シェーミットを見つめる。 一瞬だが、彼女と目が合ったとき、吹雪が止んだようだった。


 ハリーはシェルターの開閉式扉を力強く開けた。鈍い音が、薄暗い空間に響いてくる。

「待っててくれたんだ! 寒かっただろう?」

 うん、とだけ満面の笑みを浮かべ、呟く。彼女がハリーの到着を待ち焦がれた表情で、出迎えた瞬間だった。

「でも、平気! ハリーの顔見たら少しだけあったかくなった」

 内部は、最低限の明かりが彼を出迎える。元々、軍事施設があった場所だ。数十年の間に幾度かの世代が代わったが、人々はここでを生活している。積雪の影響でシェルター内の損傷や腐食も進んでいるところがあった。

 シェルターの建物に入ると雪を振り払い、ハリーは重い防寒具を脱いだ。ほのかな明かりの中でキャサリンは、彼に抱きついてきた。わずか数週間しか経っていない間だったが、そんなにも寂しかったのだろうか、無理もないか、と彼は彼女を見下ろす。

  ベータシェルターの住人で、彼女はこの世界を何とか生き抜いてきた。彼女にとってみれば、ハリーが訪れたことで心がうるおったにちがいない。

 彼女の懐かしさに満ち溢れた表情が好きだった。まともに地上に出られず、地下の薄暗い空間で暮らしている彼にとっても、心が潤った瞬間でもあった。

 彼の暮らしているアルファシェルターは、南西方向の一キロ先にあった。彼女のいるベータシェルターに訪れるのが、この日は久し振りであった。

「ねぇ、ハリー、一緒にアルファシェルターに行っちゃダメかな?」

「うん? なんだい? キャシーらしくないな。どうしたんだい?」

 懐かしむ再会に、幼い顔をやさしく覗きこんだ。ハリーは彼女の不満げな表情に真顔を向けた。

 彼女の義父であるエルシェント・ヴォード・パリティッシュと何かいざこざがあったのだろうか、と自分に言い寄ってくるということは、何かしらいやな事があったにちがいないと感じたからだ。

 もう一度優しく彼女に問いかけた。

「どうしたんだい?」

「義父さんと仕事のことで喧嘩して……」

 どうしたものかと頭上に見えるパイプを眺め腕組みをする。苦し紛れにも彼女をなだめ優しく説得する。

「エルシェントさんは、みんなをまとめ役になっているんだ! 地下の過酷な環境でやりくりしなきゃいけない。君が支えてあげないでどうするんだい」と言葉を切り、下層の住人に来たことを知らせるため、備え付けの電話の受話器を取る。続けて「それだけじゃなく、遠征隊の指揮官までかって出てる」と付け加えた。

「うん……」とだけ彼女は口ごもり応えた。

「俺の命の恩人でもあるから、頭があがらないよ」

「じゃあ、もし、お義父さんがいいって言ったら?」

 彼女はよほど、アルファシェルターに行きたいようだ。

「ああ」

 と、ハリーは頷き、

「そのときは、俺と一緒にアルファシェルターへ行こう」

 と、彼女の肩に手を置いた。


 キャサリンは、死に行く両親から生き残った。孤児になったのだ。彼女のいくつか上になるフリージア・シェーミットも同様に両親をなくし孤児になっていた。エルシェントは、血の繋がりはないにせよ、双方の両親から立派に育て上げることを約束したらしい。そして、名前も彼が命名した。姉妹のように明るくふたりは育った。

「あ、エルシェントさんですか? ハリーです。ただ今、到着しました!」

 そう告げると、電話口から『おお、早いな。丁度遠征隊の集会を始めたところだ! 急いで降りてきなさい』と聴こえてきた。

 再び、重い荷物を担ぐと、キャサリンとともに歩き始める。

タイミングを見計らい彼女が「連絡来たよ! 遠征の出発の日。十四日後だっけ?」

 と、訊ねてくる。

(十四日後か……)

 日付としては十四日後だが、実質では一週間ほどである。なぜならば、地上の環境が劣悪かつ、活動できる時間が限られてしまうからだ。当然のことながら、地上の夜は、吹雪になりホワイトアウト状態で移動すらままならない。地下でも狭い空間の中で、ありや蜂のようにほそぼそと暮らさなければならないのだ。

「ああ、今日は出発準備の最終チェックに来たんだ!」

 さび付き始めている金梯子を下に降りていく。廊下には無数の排気ダクトが張り巡らされている。その中をハリーたちは進んだ。

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