1
「ハリー、いらっしゃい」
ハリーの耳に聞きなれた声が届く。
監視建物の前に立っていたのは、防寒具に身を包まれた小柄な少女であった。分厚いとんがり帽子の真っ赤なニット帽を身につけている。
ハリーの肩ほどの身長で、一瞬の判断では十五、六歳の子供に見えてしまう。スラリとする細身の体型は十九歳の少女だった。顔立ちは丸顔で、背中まで伸びるブロンド髪が大人の印象を醸し出している。イギリスの出身なのか瞳の色が普段の時と変わることがあった。
「やあ、キャサリン」
ゴーグルを外し、口元の布をとった。顔立ちの整った顔があらわれる。ハリーの顔は、眉根の濃いヨーロッパ特有の眼元と鼻の大きいのが特徴的であった。
シェルターの開閉式扉を力強く開けた。鈍い音が響きわたる。キャサリンを先に中へ入れ、
「待っててくれたんだ! 寒かっただろう?」
うん、でも平気、とだけ応え満面の笑みを浮かべ呟いた。彼女がハリーの到着を待ち焦がれた表情で出迎えた瞬間だった。
「ねぇ、ハリー、一緒にアルファシェルターに行っちゃダメかな?」
「うん? なんだい? キャシーらしくないな」
懐かしむ再会に、幼い顔をやさしく覗きこんだ。ハリーは彼女の不満げな表情に訝しく首をかたむける。しぼんだ顔に小さい子供をあやすように気にかけた。
彼女の義父であるエルシェント・ヴォード・パリティッシュと何かいざこざがあったのだろうか、と自分に言い寄ってくる。何かしら
もう一度優しく彼女に問いかけた。
「どうしたんだい?」
「義父さんと仕事のことで喧嘩して……」
どうしたものかと頭上に見えるパイプを眺め腕組みをする。苦し紛れにも彼女をなだめ優しく説得した。
「エルシェントさんは……みんなのまとめ役になっているんだ! 地下の過酷な環境でやりくりしなきゃいけない。君が支えてあげないでどうするんだい」
下層の住人に来たことを知らせるため、備え付けの電話の受話器を取る。続けて「それだけじゃなく、遠征隊の指揮官までかって出てる」と付け加えた。
「うん……」
と、だけ彼女は口ごもり応えた。
「俺の命の恩人でもあるから、頭があがらないよ」
「じゃあ、もし、お義父さんがいいって言ったら?」
彼女はよほど、アルファシェルターに行きたいようだ。
「そのときは、俺と一緒にアルファシェルターへ行こう」
と、彼女の肩に手を置いた。
キャサリンは、死に行く両親から生き残った。孤児になったのだ。彼女のいくつか上になるフリージア・シェーミットも同様に両親をなくし孤児になっていた。エルシェントは、血の繋がりはないにせよ、双方の両親から立派に育て上げることを約束したらしい。そして、名前も彼が命名した。姉妹のように明るくふたりは育った。
内部は、最低限の明かりが彼を出迎える。元々、軍事施設があった場所だ。数十年の間に幾度かの世代が代わったが、人々はこの地下で生活している。積雪の影響でシェルター内の損傷や腐食も進んでいるところがあった。
シェルターの建物に入ると雪を振り払い、重い防寒具を脱いだ。
ほのかな明かりの中でキャサリンは、彼に抱きついてきた。わずか数週間しか経っていない間だったが、そんなにも寂しかったのだろうか、と彼がながめる。
ベータシェルターの住人で、彼女はこの世界を何とか生き抜いてきた。彼女にとってみれば、ハリーが訪れたことで心が
彼は彼女の懐かしさに満ち溢れた表情が好きだった。まともに地上に出られず、地下の薄暗い空間で暮らしている彼にとっても、心が潤った瞬間でもあった。
ハリーの暮らしているアルファシェルターは、南西方向の一キロ先にあった。彼女のいるベータシェルターに訪れるのが、この日は久し振りであった。
備え付けられた内線電話が繋がった。
「あ、エルシェントさんですか? ハリーです。ただ今、到着しました!」
そう告げると電話口から、
『おお、早いな。丁度遠征隊の集会を始めたところだ! 急いで降りてきなさい』
と鈍く低い声が聴こえてきた。
再び重い荷物を担ぐと、キャサリンとともに歩き始める。
「連絡来たよ! 遠征の出発の日。十四日後だっけ?」
と、訊ねてくる。
(十四日後か……)
日付としては十四日後だが、実質では一週間ほどである。なぜならば、地上の環境が劣悪かつ、活動できる時間が限られてしまうからだ。当然のことながら、地上の夜は、吹雪になりホワイトアウト状態で移動すらままならない。地下でも狭い空間の中で、
「ああ、今日は出発準備の最終チェックに来たんだ!」
さび付き始めている金梯子を下に降りていく。廊下には無数の排気ダクトが張り巡らされている。その中をハリーたちは進んだ。
2へつづく
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