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 その世界は存在した。

 凍てつく風が容赦なく吹きつける世界。白銀の平原が荒れ狂っている。

 そして、人類から地上の生活圏を奪い去った。

 氷河期になることを見越した研究者たちが、あらゆる種子を保存する。

 わずかな望みの種を育て、人々は地下に小さい農園を作り、わずかな食料を確保する。

 噂では、地球から飛び出した人類もいたようだ。

 母なる星が凍結した塊になるとは、誰も予想しない。しかし、いまだ、人類はその星で生きながらえていた。


 二一八八年 中氷期到来。

 中氷期と呼ばれる時代がやってきた。緑のない地上を誰が想像しただろうか。

 一人の男が猛吹雪の中を歩いていた。歳は成年未満だろうか。分厚い防寒具を着込み、ゴーグルを掛けた彼の顔を判別することは難しい。布のようなもので口元を覆っている。体格は、父親譲りだろうか、かなりの大柄だった。重たい荷物を背負い、歩幅をほとんど変えることなく、荒ぶる雪の中を進んでいる。

 男のはるか前方には、風車が三基見える。横並びに見えるそれは、風速数十メートルの風を受け、絶え間なく回り続けていた。

 男の耳にかすかだが、人の声が聴こえてくる。強風にまじり掠れた声が耳を打つ。男は一瞬立ち止まったが、再び歩き出す。風車に向かって歩くたびに、その声は次第に大きくなってきた。 男は立ち止まった。空耳ではないと判断したようだ。吹雪で聞き取りづらい声をなんとか捉えようとした。

「ハリー、ハリー、ハリー!!」

 高さ数メートルの建物の屋上から人影が、男に向け手を振っている。人影を見上げ、ハイリン・ヴェルノという男は、大きく手を振り返した。


1へつづく

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