プリプレイ②「始まりは突然に」

 その出来事が起きたのは、放課後だった。

 新学期の始まりで授業が無く、午前だけで学校が終わり、今日のホームルームで配られたプリントを、クリアファイルに挟み、指定の鞄に入れている時だった。

 新学期、新しいクラスとあって、周りでは新しい友達、新しいグループを作る同級生たちの姿が見れる。

 そんな中、私は一人、黙々と帰り自宅を進めていた。

 なぜかって?

 学校、部活、そういったものに興味がないからだ。友達がいないわけでは無い。少ないけど、友達はいる。

 ただ、学校での生活に興味がなく、そこで出会う者、過ごすための環境、それらが心底どうでも良いと思っていた。だから、新しクラスでの友達、グループ、そういったものがどうでも良いのだ。


「ねえ、森川さん。ちょっと良いかな?」


 けど、この日はそう言う訳にはいかなかった。

 脱色したのか、淡い髪の色の今風の女の子。そんな、私とは無縁の女の子が、私の机に手を付き、身を乗り出すようにして話しかけてきた。

 見ない顔だ、たぶん今年から同じクラスになった子だろう。


「な、何でしょうか……」


 初対面の相手と会って、緊張から声が少し裏返る。私、何かしただろうか? ちょっとだけ、身構える。


「その本。先週発売されたラノベだよね。確か、web小説が書籍化したやつ」

「えっ」


 私は少し驚く。目の前の、私とは無縁と思われる女の子が示したのは、私の机の上に置かれていた、本屋で貰える紙のブックカバーが付いた本だった。


「な、何でわかったの?」

「さっき、挿絵が見えちゃったんだ。ちょうど、私も昨日読み終わったばかりで、記憶に新しかったからすぐわかっちゃったんだ。こういうの好きなの?」


 また驚く。私が読んでいた本は、随所web小説と呼ばれるタイプのラノベで、その中でも特に人気の、異世界転生物の小説だった。それも、有名なものではなく、ごく最近書籍化されたばかりの知名度が低いものだ。間違っても、こんな私とは正反対の今風の女の子が読む様な小説じゃなかった。


「そ、そうだけど……なんで?」


 私は少し身構える。

 こういったヲタク文化と呼ばれるようなものは、最近受け入れられるようになってきた言われている。けれど、それでもやはり多くの者は何かしら思うところがあり、嫌い、蔑むものもいる。目の前の女の子が、そういったヲタク文化に理解があるとは限らない。


「ほんと! よかった~」


 女の子の反応は、想像していたものとは違い、心底嬉しそうに、そして、ほっとしたような表情を浮かべてた。


「ねえ、この後時間ある? あ、何ならお昼一緒に食べない?」


 女の子はぐいぐいと踏み込み、身を乗り出してくる。私はそれに圧倒されてしまう。


「えっと、一応、時間は有るけど……お昼は、用意してないんだ、家で食べるつもりだったから」

「あ、そうなの。じゃあさ、お昼奢るから、時間、作れない?」

「まあ、それなら大丈夫だけど……」

「よし、じゃあ、決まり! じゃ、拓也たくや、お昼任せた!」

「はっ!? なんで俺が奢ることに成るの!?」


 女の子が「拓也」と呼ぶと、少し離れた場所からこちらの様子を伺っていた男子生徒が声を上げた。

 と言うか、なんか話がすごい勢いで進んでるんだけど……。


「奢りとか、そういうのは……」

「いいの、いいの。私達が、森川さんの時間をもらおうとしてるんだから、それのお礼って事で」


 女の子は話はこれで終わりという様に、大きく跳ねるように机から離れ、立ちあがった。そして、


「さ、行こう」


 手を差し出してきた。


「えっと、何するの?」

「決まってんじゃん。冒険!」


 ニッコリと笑顔を浮かべた。


 この出会いが、私の、私達の冒険の始まりだった。

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