プリプレイ①「始まりの始まり」

 春、それは出会いの季節。そして、新学期、新生活と期待を膨らませる季節だ。

 私、森川もりかわ結城ゆいきにとっての春は、憂鬱な季節でしかなかった。

 新学期が始まり、去年から通い続けた道を、今日も再び通い始める。

 通学路の街路樹として植えられた桜の木々は、ちょうど見ごろを迎えており、春の風に乗って桜吹雪が舞い、路上を鮮やかな色で彩る。

 桜の花びらで染まった通学路を、私は目もくれず、ただ手にした本に目を走らせ、歩く。時折ページの上に落ちる、桜の花びらを鬱陶しそうに払いながら、いつも通り通学路を歩く。

 ページをめくり、そこに書かれた文字を追い、そこから見えてくる世界に浸る。これが、私のささやかな安らぎのひと時だった。


 私は、本が好きだ。一日中だって読んでいられる。むしろ、どちらかと言うとずっと本を読んでいた。

 けれど世間はそれを許さず、学校と言う檻に閉じ込め、私からの数少ない安らぎの時間を奪い取っていくのだ。

 そして、新学期が始まった今、春休みと言う安息は終わり、また時間に縛られた学校と言う檻へ向かう日々が始まったのだ。


 ごつん。本に視界を取られ、前を見ていなかった私は、当たり前という様に、人とぶつかる。

 学校の直ぐ目の前のバス停、そこでますを待っていたサラリーマンだろう、皺の無いスーツを着た男性が、迷惑そうな表情で此方を睨みつけてくる。

 私はずれた眼鏡を元に戻し、軽く頭を下げ、謝罪の意を示す。それで男性は許してくれたのか、私から興味を失い、視線をバスが来る方向へと向けた。


 ああ、憂鬱だ……。


 バス停から見上げられる白い学校の校舎を見上げ、私は溜め息を付く。


 何が楽しくて学校なんて行かないといけないのだろう。勉強なら、その気に成れば一人で出来るし、無理なら塾や予備校に通えばいい。そのほうが、ずっと短い時間で、学ばなければいけない事を学ぶことができるのに……。


「ああ、憂鬱だ……」


 いっそこのまま、web小説の様に異世界に転移、転生できたらどれほどいいか……。いや、むしろそうなってほしい。異世界に、行きたい。


「って、フィクションじゃないんだから、あるわけないか……」


 ふと沸いた願望に呆れ、溜め息を付く。

 今日も今日とて、憂鬱な日常の始まり。何も変わる事が無い。ただこれが、私の、私達の出会いと冒険の始まりだということは、この時の私に知るよしもなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る