いちゃいちゃ♡いちゃいちゃ♡いちゃいちゃ♡

「あれ……ヒヨ理ちゃん……?」


 翌朝、目が覚めてふと隣を見ると、ヒヨ理ちゃんの姿がなかった。

 どこ行ったんだろ。トイレかな。なんてことを寝起きの頭でぼんやりと考えつつ、水を飲みに台所へと向かった。


 ――その途中。

 通りかかった洗面所の入口で、なにかが蠢いていた。

 ゴミ袋だ。横倒しになったゴミ袋が、もぞもぞと動いている。その周囲にはコンビニ弁当の容器など、あふれだしたゴミが散乱していた。

 そして、ゴミ袋の中からは――胴体とお尻が生えていた。

 ヒヨ理ちゃんは床に這いつくばるようにして、ゴミ袋の中に頭を突っこんでいるみたいだった。


「なにしてるの?」


 声をかけると、ピクン、とお尻が跳ねた。

 けれど返事はない。


「ヒヨ理ちゃん?」

「…………」


 どうやら、また現実逃避モードに入っているらしい。


「おーい、ヒヨ理ちゃん?」

「チガイマス。ヒヨ理ジャナイデス」

「ヒヨ理ちゃん、パンツ見えてるよ」

「ふぇぇっ!?」


 慌てて両手でお尻を確かめるヒヨ理ちゃんだが、ジャージを穿いているので見えるわけなかった。


「……だまされたっ。ゆーじくんの嘘つきっ」

「ヒヨ理ちゃんもね」

「ご、ごめんなさいっ」

「なにしてるのか知らないけど、別に怒ったりしないから、出ておいで」

「……う、うん」


 ゴミ袋からすぽんと頭を抜くヒヨ理ちゃん。なぜか口に割り箸を咥えている。


「こっち向いて」

「?」


 素直にこちらを向くヒヨ理ちゃんの髪を、両手で撫でつけていく。

 髪の毛ぐしゃぐしゃのヒヨ理ちゃんもそれはそれで可愛くはあるけど、やっぱり直してあげたい。


「こんな感じかな?」


 手櫛だけじゃ限界があるのか、まだちょっとふんわりしちゃってるけど。


「あ、ありがとっ」


 ぽろっと割り箸が口から落ちた。


「で、なにしてたの?」

「え、えとっ…………しゃぶってましたっ、お箸っ!」

「だろうね」


 だと思った。


「あの、ごめんなさい。実は昨日の夜、晩ごはんの後のゆーじくんのお箸、お片付けする前にちょっとだけ舐めちゃったんですっ。ゆーじくんが口に含んだお箸だって思ったら、ドキドキが止まらなくなっちゃって……それで」

「そっかぁ」


 歯ブラシといい、ヒヨ理ちゃんはぺろぺろするのが好きなんだなあ。


「ゆーじくんの味が忘れられなくて……ゴミ袋まで漁っちゃいました。ゆるしてください」

「うん、別にいいけど……いや、よくないか」

「……やっぱり、こんなの引いちゃうよね?」

「ううん、そうじゃなくて。僕のお箸を舐めるのはいいんだけど、捨てた割り箸はだめだよ。いつのゴミかもわからないし、汚いから」

「はい……」


 悲しそうな顔でしゅんとうなだれるヒヨ理ちゃん。

 ヒヨ理ちゃんに、そんな顔は似合わない。僕は言った。


「だけど、その代わりに――」



 朝食もヒヨ理ちゃんが用意してくれた。トーストにハムエッグにサラダという簡単なメニューなのに、自分で作るより明らかにおいしく感じた。すごい。

 僕より少し遅れて食べ終わったヒヨ理ちゃんに、はい、と僕が今しがた使用したばかりのお箸を差し出す。


「……いいの?」

「うん、どうぞ」

「それじゃ、遠慮なくっ」


 ヒヨ理ちゃんは受け取った一膳のお箸を大切そうに両手で握りしめると、先端を上に向けた状態で、顔の前へと持っていく。


「はぁっ……ゆーじくんのお箸……っ」


 とろんととろけたような目をして、ぺろりと舌を出す。


「……れろっ」


 舐める。


「れろっ、れろっ……」


 まるで棒アイスでも舐めるみたいに、ぺろぺろぺろぺろと、何度も。先端だけを執拗に、繰り返し舐めあげる。

 そんなヒヨ理ちゃんの姿が、僕の目にはひどくなまめかしく映った。


「おいしい?」

「ふぁい、おいひぃれふっ」


 舌の動きは止めずに、器用に答える。

 そんなにおいしいんだろうか? 味なんてしないと思うけど……。

 舐めるだけじゃ物足りないのか、今度は大きく口を開けて先端を咥えこんだ。ちゅうちゅうと音を立てて吸いついている。


「……」


 ヒヨ理ちゃんがおしゃぶりに夢中になっている隙に、僕はこっそり、ヒヨ理ちゃんの使用済お箸を手に取った。

 ぺろ。試しにひと舐めしてみる。

 う〜ん。ヒヨ理ちゃんの唾液が付着していると思うと多少は興奮するけど、しょせんは箸だしなあ。

 ふと視線を感じてヒヨ理ちゃんを見ると、ばっちりと目が合った。見られてた。


「ゆーじくんも、わたしの舐めたかった?」


 ヒヨ理ちゃんはお箸をねぶるのをやめて、真面目な顔で訊いてくる。


「ヒヨ理ちゃんがあんまりおいしそうに舐めるから、つい」

「どうでしたか?」

「う~ん、よくわからないかな」

「そうなんだ……」


 ちょっと残念そうだ。


「だけど、間接キスだって思ったら、ちょっとドキドキしたよ」

「……! うんっ! わたしもドキドキしましたっ」

「ねぇ、ヒヨ理ちゃん」

「……?」

「今度は、普通のキスをしてみない?」

「……!!」


 間接キスも悪くはないけど、せっかく恋人同士なわけだし、普通のキスにも挑戦してみたい。


「……して、みたいですっ」

「うん、僕も。しよっか?」

「は、はいっ。お願いしますっ……」


 僕は椅子を引きずりながらヒヨ理ちゃんの隣に移動する。そして、持参した椅子をヒヨ理ちゃんの座る椅子にピッタリと横付けし、腰を下ろした。

 肩が触れ合う。緊張しているのだろうか、聞こえてくる息遣いが少しだけ荒い。

 ヒヨ理ちゃんはほんのりと頬を染めて、至近から上目遣いに僕を見つめる。


「じゃあ、僕からするね?」

「う、うんっ」


 宣言して、僕はそっと顔を寄せて。自らの唇を、ヒヨ理ちゃんの唇へと押し当てた。


「んん……っ」


 はじめて触れたヒヨ理ちゃんの唇は、とっても柔らかかった。僕はその柔らかさを堪能しようと、唇で挟みこむようにして、下唇に軽く吸いつく。するとヒヨ理ちゃんも、負けじと吸いついてきた。


「ちゅぅぅ……ちゅっ、ちぅぅっ」


 ついばむように何度も、互いの唇の感触を楽しむ。はじめてのキスにしては、なかなかうまくできた気がする。僕は満足して顔を離そうとした。だけどその瞬間、


「れろっ」


 ぬめっとしたなにかが、僕の唇の端に触れた。そして、それだけでは終わらなかった。僕の唇をなぞるように、ぬるぬるが這い回る。強引に唇をこじ開けて、歯の表面を撫で回す。歯茎の上を、生温かいものが滑るように往復する。無軌道に蠢く。

 お口を開けて、と。そう言っているように感じた。


 僕は普通のキス――唇を触れ合わせるだけのキスをするつもりでいたけど、ヒヨ理ちゃんはその程度で満足する気はないみたいだった。

 拒否する理由もないので、口を開けてみる。

 すると待ってましたとばかりに、にゅるっ、と舌が侵入してきた。対抗するように、僕も舌を伸ばす。


「んぅ、れろ、れろっ、んはぁっ……じゅるっ、ぢゅ、じゅるるっ!」


 絡ませて、こすりつけあって、唾液を啜りあう。

 気がつけば、夢中になってヒヨ理ちゃんの口内を舐め回していた。


「れろれろっ、じゅぷっ、んじゅぶぶ、んっ、ちゅ…………ぷはぁっ!!」


 どちらからともなく、顔を離す。唇と唇のあいだに唾液の糸が引いて、すぐに切れた。


「……すごかったぁっ」


 ヒヨ理ちゃんが肩で息をしながら、真っ赤な顔をして言う。


「キスって、こんなにすごかったんだっ……」

「ほんとにね」


 朝からすごいことをしてしまった。



 ふたりで協力して洗い物を済ませたあと、ふたりで一緒にリビングのソファーに座った。一人用のソファーなので、座った僕の膝の上にヒヨ理ちゃんが座る格好だ。

 テレビのチャンネルを変えてみるけど、日曜日のこの時間帯だ。これといってめぼしい番組はやっていなかった。


「昨日、映画でも借りてくればよかったね」

「うん、しっぱい」


 もっともその場合、再生するためのプレイヤーもヒヨ理ちゃんに買ってもらうことになるけど。


「今から借りに行く? すぐ近くにレンタルショップあるけど」


 とは言ってみたものの、正直今日はあまり出かけたい気分じゃない。家から一歩も出ずにゆっくりしていたい気分だ。


「んーん、行かないっ」


 ヒヨ理ちゃんも気持ちは同じだったのか、そう言って僕にもたれかかってきた。甘えるみたいに、僕の顔に後頭部をこすりつけてくる。


「今日はおうちデートの日だもんっ」


 昨日は「もっとフランクにお話したい」なんて言ってたけど、今はかなり自然にそれができてる気がする。キスをして距離が近づいたのかもしれない。


「ねぇ、ゆーじくん……」


 ヒヨ理ちゃんが首をひねって僕を見る。


「また、キスしたい……」

「もう?」

「うん……だめ?」

「だめじゃないよ。実は僕も、同じこと考えてたから」

「ゆーじくんも?」

「うん。ヒヨ理ちゃんとキスがしたくてたまらない、って」

「そうなんだっ……」


 さっきのキスから、まだ三十分も経っていないというのに。

 でも、別にいいんだ。思う存分したっていいんだ。

 だって、キスに制限なんてないんだから。


「ゆーじくんゆーじくんっ、舌、べーって出してみて?」

「? ……こう?」


 べー。……間髪れずに迫ってきた唇に、パクっと食べられてしまった。不覚。


「ちゅぅっ、ちゅぅ、ちゅぅぅ〜〜〜っ」


 唇をすぼめて、僕の舌を一生懸命にちゅうちゅうとしゃぶるヒヨ理ちゃん。可愛い。

 僕はよしよしと頭を撫でながら、しばらくのあいだ自由にしゃぶらせてあげることにした。



 何気なく窓の外へと目を向けると、いつのまにやら夜のとばりが下りていた。

 ――ちょん、ちょん。

 ヒヨ理ちゃんに肩をつつかれて、振り返る。


「ぺろっ」


 唇を舐められた。


「ぺろっ、ぺろっ、ぺろっ、ぺろっ」


 顎、頬、頬、額と、続けざまに顔じゅうぺろぺろされてしまう。

 もうかれこれ二時間は同じことをしている気がした。


「なにもこんな、顔じゅうベトベトになるまで舐めなくても」

「ごめんなさいっ。でもやめられなくてっ」

「なら、こうすればやめられるんじゃない?」


 言って、僕は目の前の可愛らしい唇を思いきり塞いだ。



 部屋に移動して、ふたりでベッドの上にあがった。

 夕飯も食べたし、お風呂にも入ったし、着替えもしたし歯磨きもした。それなのに、どうにも記憶が薄ぼんやりとしている。ヒヨ理ちゃん以外のことがまるで印象に残らない。隣には常にヒヨ理ちゃんの顔があって、途切れることなくイチャイチャし続けていた。


 ずっと同じようなことばかりしているのに、まったく飽きることがなくて、恐怖さえ覚える。特にキスは、本当にいつまででも続けられてしまうのだ。


「じゃあ、電気消すね」


 部屋が真っ暗になったとたん、ヒヨ理ちゃんが覆いかぶさってきた。


「おやすみのキスっ」


 速攻で唇を塞がれる。知ってた。

 ……おやすみのキスって、舌入れるものだっけ?

 半分溶けた頭で、ぼんやりとそんなことを考える。


「ねぇゆーじくん」

「なぁにヒヨ理ちゃん」

「……まだ寝たくない」

「もうちょっとだけ、起きてよっか」

「うんっ」

「ヒヨ理ちゃん」

「なぁに?」

「愛してる」

「〜〜〜っ!?」


 そうしてこの日は、朝から晩までイチャイチャし続けたのだった。

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