ルパン三世対フィリッポ・マルローニ

ネコ エレクトゥス

第1話

 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。


 しかしいい加減に俺のところにもどでかい仕事の依頼が来ないものか。例えば怪しげな過去を持つ大富豪が殺されてみたりだとか、二国間の重要な機密文書が盗み出されたりだとか。そうじゃなければ美術館から貴重な美術品が盗まれたりだとか。美術館……。そういえば俺の家の近所にも小さな美術館があるのだった。もしかしたらそこがすでに狙われていたとしたら……。そしてそんな大胆な犯罪をたくらむ奴がいるとしたら……、それはきっとルパン三世に違いない。考えてみれば昨夜大型バイクの轟音が響き渡ったのだった。それならばあれは偵察に来たふ~じこちゃ~んだったんじゃないのか。そうと分かればさっそく美術館に駆け付けるのだ。銭型警部に後れを取るな!

 それにしても美術館というところにはどういう格好で行ったらいいのだろうか。季節がらTシャツで行きたいのだが捜査という仕事の性質上ネクタイは必要だろう。それにその美術館に展示してある芸術家はすでに亡くなっているので敬意を表して下は喪服で。しかし暑いので足にはサンダル……。余計なことを考えるのはよそう。


 そうこうしているうちに美術館に辿り着く。入り口で入館料を請求される。ちょっと待て。捜査できたのに何で入館料を払わなきゃならないのだ。そもそも俺がこれから果たすだろう貢献に対し展示してある作品の一つや二つ俺にプレゼントしてくれるってのが筋じゃないのか。そしてそれが単純に一つ百万円だとして、永谷園のお吸い物に換算するといったい何杯分になるのだろうか。めまいがしてきた。しかし美術館の奴らはここで犯罪が行われたことをまだ知らないのだ。泣く泣く入館料を払う。さよなら、四万杯のお吸い物。

 しかし美術館の中は驚くほどひっそりとしている。ここまで犯罪の痕跡を消すとはさすがはルパン、敵ながらあっぱれな奴である。さっそく俺は捜査に取り掛かる。本物とすり替えられたのはこれか。ここで俺は驚くべき事実に遭遇する。その事実というのはつまり、つまり俺には本物と偽物の区別がつかないのである。犯罪の現場を前にして俺には打つ手がなかった。無人島に取り残された航海者のような気分を味わう。

 だがいくら無人島に取り残された航海者であったとしても周囲を探ってみれば何か脱出のためのきっかけを得ることができるのではないか、そう前向きに考え直して美術館の中を回ってみることにした。やたらと爺さんの像がある。作ったのが爺さんなんだから当たり前か。向こうにあるのは水戸の黄門様の像らしい。助さんと格さんはどこにいるのだろう……。お前は修学旅行に来た高校生か。これではいっこうに無人島から抜け出す手段を見つけられないではないか。ああ、ルパンは俺の手から消え去っていく。しかしどうしようもない。これなら家に帰って晩飯の心配でもしていた方がまだましか。そう考えて出口に向かおうとしていた時ある展示ケースの端から一本の細い糸が垂れ下がっているのに気が付いた。

 やっと見つけた!ルパンだ!あの糸の先には絶対ルパンがいるはずだ!遂にしっぽを掴んだ!しかし……、しかし糸の先にいたのはただの虫だった。2センチほどの褐色の虫でたぶん蛾の幼虫だろう。どうせ帰るんだから表に逃がしてやるか。そう思ってその虫を受付でもらったパンフレットの上にのっけたのだった。虫はしばらくの間警戒していたようだったが危険が過ぎ去ったと感じたのかパンフレットの上を進み始めた。体を曲げては伸ばし、曲げては伸ばし。そして少し進んでは尾を軸に立ち上がって周囲を見回す。この斜めの角度にはいったい何か意味があるのだろうか。またパンフレットの上を進む。パンフレットの隅に来た時に余計なお世話だと知りつつも落ちては可哀想なのでまた真ん中に戻してやる。戻された虫は警戒していたがまたしばらくして進み始める。曲げては伸ばし、曲げては伸ばし。そして隅に来るとまた真ん中に戻される。どうやら向こうにあるのは良寛和尚の像らしい。だがそっちは気にならずひたすら虫の動くのを眺めていた。

 どのくらい時間がたったのか分からないがさすがに虫が気の毒になったので解放してやることにした。出口で係員にこう言われる。「楽しんでいただけましたか?」「ええ、楽しかったです!」いくらなんでも俺の味わった感動の理由を話す訳にはいかない。ところでこの虫はどこに逃がしてやったらいいのだろう。とりあえず手近な木の枝にのっけてやる。こんなところに放たれてお前は生きていけるのだろうか?しかし俺の考えなんかにかかわりなく「ルパン」は生きていくだろう。


 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。

 ところで肝心の「ルパン三世」の話はどうなったのだろうか?言い古された表現だが俺としてはこう言わざるを得ない。「ルパンは一番大切なものを盗んでいきました」と。

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ルパン三世対フィリッポ・マルローニ ネコ エレクトゥス @katsumikun

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