第9話
翌日、一座はいつもと変わらぬ様子で準備を終え次の街へと出発した。昨日に引き続き剣の稽古も付けてもらった。
行動だけは昨日までと特に変わらなかったが、やはり昨日の事もあってか微妙な気まずさが漂っている。この空気を俺は知っていた。
あれは今の会社に入社してすぐの事だったか……いや、詳しくは語るまい。とにかく、俺は新歓の飲み会でうまく立ち回れず、しばらくはこんな感じ気遣われたりしていた。しかし皆も暇ではないので、その気遣いも次第になくなり最終的には空気のように扱われるようになってしまうのだ。
異世界に来ても都合よく変わったりしないんだな。それを思い知った俺は、これからの事を考えて憂鬱な気持ちに苛まれるのだった。
夜になった。
今夜は予定していた通り野宿だ。この辺りは見通しも良いし危険はないそうなので、皆が寝静まった後に馬車から少し離れた所で一人でギターを弾いていた。ちなみに見張りの為起きていた座長は、俺を見て何か察したように黙って見送ってくれた。
辛い事や嫌な事があった時は何も考えずにギターを弾く。昔からずっと続けてきたのでもう習慣のようなものだ。
しばらく好きな曲だけを好きなように弾いていると、後ろから誰かが近づいてくるのに気付いた。手を止めて振り向くと、アンジュが少しバツの悪そうな顔で立っていた。
昨日俺が一人にしてくれと言った事を気にしているのかもしれない。そう考えると途端に申し訳なくなる。
「しつこいって思われるかもしれないけど、やっぱり心配だったから……」
アンジュはそう言って俺の隣に腰掛けた。
過去にこんなに気にかけてくれる人はいなかったから、それだけで死ぬほどありがたい。だが一方で、その親切心を疑ってしまう自分もいる。この思考回路、本当にどうにかしたい。
「さっきの、キレイな曲だね」
「あぁ……うん」
「聴かせてもらってもいい?」
おずおずとそう聴いてくる美少女を断れるはずもなく、俺は無言で頷いて再び弦を鳴らした。
これまた好きなゲームの曲で、主人公が遠く離れた故郷を懐かしむシーンに使われた曲だ。
終始温かい響きの曲だが、途中寂しさを感じさせる部分もある。けれど、最後は再び前を向いて歩いていこうという気持ちが表れた曲。俺はこの曲に何度も救われたきた。
その時、アンジュがすっと息を吸い込んで、代わりにその小さな口から美しい歌声が流れ出た。今まで聴いたどんな声よりも綺麗で切なくて、けれど温かい声だ。
俺は驚いて手を止めそうになるが、アンジュが「止めないで」と目で合図してきて慌てて手を動かした。
原曲とは違うメロディ。
当然だ。彼女は聴いた事がないのだから。
けれど、少女が紡ぐ旋律はまるで最初からそうだったかのように、俺の伴奏にピッタリとハマっていた。
最初に感じていた戸惑いや驚きは薄れ、代わりに色んな感情と感動がこみ上げてきた。俺が鳴らす和音とアンジュの紡ぐ声が寄り添って、心を震わせるような、全く別の音楽を生み出している。
その事実にただただ涙が溢れてくる。そして同時に気付いた。
これが人と音楽を紡ぐこと。俺がずっとやりたくても出来なかった事なんだと。
しばらくして曲が終わると、アンジュはふーっと息を吐いてこちらに向き直った。
「セージって泣き虫だよね」
「あぁ…悪い…カッコ悪い所みせてばっかりだ」
「別に悪くないのにすぐに謝るし」
「そう言われても、そういう性分っていうか」
そんなやり取りをした後、アンジュは少し安心したように笑った。
「でも良かった。私たちのせいでセージが音楽嫌いになっちゃったら嫌だなって思ってたから」
「まぁ確かに昨日の事は堪えてるけど、そんな簡単に嫌いにはなれないよ。俺には好きな事って他に何もないし」
相変わらずこの少女は他人の心配ばかりだ。だけど今の俺にはそれがありがたかった。
「それにしても、ローディってばあんな言い方して酷いよね」
「まぁ……俺もうまく出来なかったし仕方ないよ」
「いや、あれはローディが悪い!セージだって一生懸命頑張ってるのに!」
さっきまで心配そうな顔をしていたのに、今はこの場にいないヤンキー男にぷりぷりと怒っている。月並みだけど、ころころ変わるその表情を見ているだけですごく癒される。
「よし、決めた!」
突然そう叫ぶと、何か決意したようにアンジュは勢いよく立ち上がった。
「セージ、今日から毎晩特訓しましょ!それで皆をあっと言わせるの!」
「つまり、アンジュが教えてくれるってこと?そんなにうまくいくかな……」
「大丈夫!私の見立てだとセージもセンスは悪くないし、集中してやれば何とかなると思うわ!」
そういう訳で、この日から俺とアンジュの秘密特訓が始まったのである。
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