第8話

 宿にチェックインして夕食を取った後、俺たちはすぐに広場に向かい演奏の準備を始めた。いつの間にか噂が広まっていたらしく、その間に二十人程の客が集まっていった。もちろん先ほどの幼女とその両親も来ている。目が合うとアンジュとクリスは手を振っていた。なんとも微笑ましい。


「なななな何ともほほほ微笑ましいこうきぇっ…光景でしゅね!」


 隣で準備を進める座長にそう言ったが、自分でも引くくらい噛んでしまった。人の言葉として認識してもらえたかどうか怪しい所だ。マクレインは苦笑しながらも、心配するなと優しく肩を叩いてくれた。


「今日は客もそんな多くねえぞ…ビビりすぎだろ…」

「大丈夫…?セージはローディと違って繊細なのよね」

「そりゃないぜシルさん…」


 そんな事を話しながらも、シルさんもローディも俺を心配して気遣ってくれているのが分かった。そんな軽口を聞いていると少しだけ平静を取り戻せた気がする。ありがたい。

 皆の気遣いを無駄にするわけにはいかないと、俺はこれから待ち受ける試練――初めて演者として一座の演奏への参加という大事に向けて精神を集中させるのであった。


 演奏は滞りなく進んでいき、遂に俺の出番がやってきた。初めてのステージはまさかのソロ。俺はストラップを肩に掛けると、震える足取りで客の前に出た。

 最初の数曲で広場のボルテージは十分に上がっており、満を持して出てきた俺にも当然期待の眼差しが向けられる。大したことはない、せいぜい二十~三十人だ。自分に言い聞かせて大きく深呼吸をし、俺は演奏を始めた。


 披露するのは、俺がここに来て初めに演奏して大失敗した苦い思い出の曲だ。マクレイン曰く、こういうのは早めに克服しないとトラウマになってしまうらしい。

 彼らに教えられたように、今目の前で聞いてくれる人をしっかり見て弦を爪弾いていく。緊張で躓く部分も少しあったが、大きなミスをする事なく何とか演奏を終えた。


「あっ…ありがとうごじゃいました!」


 また噛んだ。

 だが、客はそんな事は微塵も気にした様子もなく拍手と歓声を送ってくれた。

 良かった。何とかなったようだ。

 何度やっても慣れそうにないが、こうして聴き手の生の表情を見れるのは、自分が投稿した動画が評価されるのとはまた違った嬉しさがある。心がじんわりと温かくなって、どうせまた緊張して死にそうになると分かっていても、次もやってもいいかな何て思ってしまうのだ。麻薬みたいだ。

 そうして俺が自分の仕事を終え安堵しながら後ろに戻ろうとすると、突如切り裂くような雄たけびをあげ、ローディが太鼓を叩き始めた。


 し、しまった、これがあったか。完全に忘れていた。この一座、どうも最後は必ずノリノリのナンバーで締めるというのが定番らしい。血肉沸き躍るこのナンバーは全員参加が必須条件。ここで俺が参加しないのも不自然だし、何より盛り上がりに水を差す事になるだろう。

 だけど困った。何でこの前と違う曲なんだよ!知らないのにどうやって合わせろと!?


 こうなったら…もうどうにでもな~れ☆


 俺は大混乱の中、星をキラキラさせながらヤケクソでギターをかき鳴らすのであった。




 その日の夜、俺は最低の気分で街の外れで膝を抱えていた。

 ヤケクソで挑んだ最後の曲は、結果から言うと失敗ではなかった。観客も盛り上がっていたし最後は大きな拍手と共に終演した。だが、俺は結局最後まで皆にうまく合わせられず数えきれないくらいミスをした。そのほとんどは周りのメンバーがうまくフォローしてくれたので、観客はほとんど誰もそれに気づいていないだろう。

 しかし、去り際に幼女が発した言葉で俺はガツンと殴られたような衝撃を受けた。


「みんな、今日は調子がわるかったの…?」


 何の悪気もなく純粋に心配した声色。音楽のおの字も知らないこの少女は、微妙な不協和音を感じ取っていた。

 そして、あれだけ楽しみにしてくれていた女の子の期待に応えられなかった。その失敗は俺の想像以上に他のメンバーにとっては重大な出来事だったらしい。流石に座長やシルさん達年長組はいつもと変わらない様子を見せていたが、アンジュとクリスは幼女に申し訳なさそうに謝っていたし、ローディに至っては客が帰った後にキレながら道端の石ころを思い切り蹴っていた。挙句の果てには「こんなどこの馬の骨かも分かんねえヤツ入れるからだ、俺は最初から反対だったんだよ!」なんて睨まれてしまった。


 それもこれも全て、一座の仕事を甘く見ていた俺のせいだ。確かに急な参加だったし練習もままならなかった。けれど今考えるともっとうまく出来たんじゃないかと思い当たる場面はいくつかある。俺は軽い気持ちで参加して、一座のプライドを傷付けてしまったのだ。


 ――だけど、本当にそうだろうか?


 俺だってそれなりに楽器は弾けるつもりだったけど、いきなり知らない世界に飛ばされてそれだけでいっぱいいっぱいだ。剣の稽古だって俺にとってはハードだったし、そんな中で大した打ち合わせもなくいきなりうまく合わせろなんて無茶な話だと思う。

 座長はどういうつもりで俺を一座に入れたりしたんだろうか。思慮深い人だと思っていたが、案外何も考えずに決めてしまったのかもしれない。


 考えれば考えるほど苛立ちが大きくなっていく気がして、俺は宿に戻らず町の外れまで歩いてきたのだ。そして今に至る、と。

 何となく空を見上げると、町の周りに灯りが全くないせいか星が驚く程綺麗だ。普通こういう心境の時に空が綺麗だったりすると、そのギャップに腹が立ったりする描写が定番なのだけれど、俺は単純なのでその絶景を見て素直に感動して少しだけ気持ちを持ち直した。


 その時、誰かの足音がこちらに近付いてくるのを感じて、俺は咄嗟に膝に顔を埋めた。足音の主は何も言わず俺の右隣に座る。

 ふと、ふわっと甘い香りが漂った気がして俺は思わず顔を上げた。横を見ると杏色の髪の少女が夜空を見上げていた。その横顔があまりにも美しくて、それでいて儚くて、俺は魅入られたようにじっと見つめてしまった。ダメだと思うのに目が離せない。


「ねえ、セージ」


 こちらを向かずにアンジュが口を開く。俺は咄嗟に我に返って視線を逸らした。


「悪いけど今は一人にしてくれないか」

「……分かった。ごめんなさい」


 彼女が何か言う前に、俺はそれだけ口にしてまた顔を伏せた。一瞬悲しそうな顔を見せて立ち去る少女に罪悪感が芽生える。だけど今話をしてもきっと彼女を不快にさせてしまうだけだ。

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