第4話
激動の日から一夜明け、旅の音楽一座としばらく行動を共にすることになった俺は、彼らの買い出しに付き合っていた。今後の旅の為に色々と入用らしく、俺は荷物持ちを買って出ていた。ちなみに、スウェットと靴下姿のまま出歩くのもアレだったので、この世界の服を一式揃えてもらっている。
この後少し休息を挟んだ後、夕方頃から街の広場で興行をするらしい。一緒に演奏しろと言われたが、いきなりの提案にテンパって即断即決で断ってしまったのでそこそこ気まずい。
「お疲れさま」
大量の食糧やら何やらを一行の所有する馬車に運び終え、汗を拭いながら肩で息をししていると、後ろから声をかけられた。
杏色の髪が印象的な正統派美少女――アンジュが、竹筒のようなものを差し出してくる。どうやら無理して荷物持ちをしていた俺を気遣って、水をくれたらしい。
出会いこそ最悪だったし今でもやや硬い表情ではあるが、この少女は思いの外友好的で気さくな性格の持ち主だった。一座のメンバーはもちろん、初対面の商人ともわけ隔てなく笑いながら話をしている。一緒にいるだけで周囲を明るくしてしまう――たった数時間一緒に過ごしただけで、俺は彼女のそんな一面を感じていた。
「ありがとう、それと…昨日は本当にごめん…」
もう何度目か分からない謝罪を行って水を受け取ると、アンジュはガクッと肩を落とし思い切り溜息をついた。
そんな呆れられてもなぁ。こっちは初対面の女の子にあんな事をしてしまって罪悪感が半端ないというのに…。
「…もう分かったってば。綺麗さっぱり忘れるって訳にはいかないけど、流石にもう怒ってないよ」
「そうは言っても…」
「あ~もう辛気臭い!!」
そう言って地団駄を踏むと、アンジュはずいっとこちらに顔を近づけて続けた。
「あなたの罪悪感も、一座のお世話になる事に引け目を感じてるのもぜんぶ分かってる。そういう当たり前の感情が見えるだけでも、私にとっては信用するには十分なの!それに…」
そこまで言って今度はにこりと笑った。はにかんだような笑顔が眩しい。
「音楽好きに悪い人はいないもんねっ」
――その瞬間、俺は心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
ああ、この子は本当に、心の底から前向きで、純粋で、音楽が大好きなんだと。そしてその言葉に嘘偽りがないんだと。その実感は、ここに来てからどこかでずっと張りっ放しだった俺の心を優しく解してくれた。
「まぁ、むやみやたらに女の子にああいう曲を贈るのはどうかと思うけど…ってちょっと、セージ…!?」
「いやこれはっ…ごめん。ほんとごめん…!」
その安堵感の効果は抜群だった。不安に思いつつも大の大人が恥ずかしいと堪えてきた涙が一気に溢れてきて、俺は慌てて目を拭った。
「なんか安心したら泣けてきちゃって…ほんとごめん…」
「本当に謝ってばかりね、セージって」
「あはは…」
呆れたように笑う彼女に泣き笑いで誤魔化しながら、俺は頭を掻いた。そうして何度か深呼吸をして落ち着くと、俺は再び彼女に向き直る。改めて、彼女に伝えたい事があった。
「気を取り直して…こんな情けない男だけど、しばらくの間よろしくお願いします」
人の目を見て話すのは随分久しぶりな気がする。
目は口ほどに物を言う。俺はずっと他人の悪意や嫌悪を察知するのが怖くてそれを避けてきた。でも本当は気付いていた。それは自衛行為ではあったけど、同時にあなたを信用していませんと伝える事でもあったのだと。
アンジュの真っすぐな心と接しているうちに、俺は知らず知らずのうちに勇気をもらっていたんだ。そんな感謝も込めて、彼女の目をしっかりと見つめた。
「あははっ、急に改まっちゃって可笑しい。…こちらこそよろしくね!」
はにかみながらそう返してきたアンジュの笑顔を見て、不覚にも俺はまた視線を逸らしてしまったのだった。
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