第7話 魔女達の茶会
Chapter B-00
どうしてですのセレクトさん!? 晶さんの初お仕事の同行を断るだけの確たる理由をお聞かせください!
いや、だから別の依頼があるって
……わかりました、仕方がありません。仕事は即座に終わらせ、すぐに合流いたしますわ
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「おはようございます、晶さん」
「おはようございます小姫さん」
朝の挨拶から始まった「道玄坂の魔女」の一員となった翌日。
-ざわっ!?
つい二日前までは全く接点のなかった一般人の私と、学園内では触る者無し挑む者には無言の一撃で切り捨て御免、それが許される無敵のお嬢様、花鶏小姫さんが昨日挨拶を交わしてお昼を食べた後に揃って早退するという謎の行動。それが翌日、お互いを名前で呼び合うまで急接近をしたのだから当然のことながら話題になる。
色々と勘ぐられていそうだけれども今後も続く花鶏さんとの秘密の関係。
いちいち気にしていては身が持たないので気にしない事にした。
「晶さん。お昼ご一緒にしましょう」
「今日はお弁当なんですけれど、いいですか?」
「結構ですわ。それでは用意がありますので、上で待ち合わせいたしましょう」
一昨日まで一緒に昼食を食べていたクラスメイトに「ごめん」と手を合わせると、彼女達はぎこちない笑顔で「いいよ」と無言で答えてくれた。
多分、彼女達も聞きたい事があると思うけれど、なにせ説明が難しい。そのうち花鶏さんに紹介して仲良くなれたらいいなと、思っている。
屋上のドアの前で待っていると、花鶏さんが「朝はもっていなかった」手提げ袋を抱えてあがってくる。
昨日、シャワー室完備の車を持ってきた事を考えると……あまり突っ込まないほうがいい気がしてスルーした。
「いただきます」x2
花鶏さんは食べている間は終始無言……なんだけれど何かいいたげそうな表情をしたり、じぃぃぃっと私の手作りとは言いがたい冷凍食品に作り置き+卵焼きを詰めただけのお弁当を見ている。
恥ずかしにそうだから、あまり見ないでください。
「花鶏さん、どうかしました?」
「んぐっ!」
突然話しかけたのが悪かったのか、楚々として食事をしていた花鶏さんが喉に詰まらせるわお茶をこぼすわ、なんだか大惨事となった。
「すみません、じっと見られていたのでどうしたのかなと」
「いえ、食事は黙って済ますようにしていましたので」
「そうですか」
なんだ、食事中に無言だったのは彼女のルールだった訳で、それを無視していたのと勘違いしただけか。
彼女のお弁当はなんと言えばいいのだろう……世間ではこういうのを「懐石」とか言うのだろうか? 何せ見た事も食べた事がないので、私なりの表現では「コンビニで売っている豪華幕の内弁当を百倍美味しそうにしてお重に詰めた感じ」だった。
「ごちそうさま」
「ご馳走様でした」
お茶を飲んで一息つく。
「小姫さん」
「え……ひゃぃっ!? いえ……何か?」
妙にそわそわしている彼女に声を掛けると、予想以上に驚いて、ぴょんと飛び上がるんじゃないかと思ったけれど、すぐにいつものぴしっとした花鶏さんに戻る。
「今日、バイトお休みだからセレクトさんの所に行こうと思いますけれど、小姫さんの今日の予定はどうですか?」
「少々お待ちになってください」
ぱたぱたとお重を片付け、スマホの画面をざっと見た後、軽く外しますというと屋上入口の影に消えた。
-もしもし……で、キャンセルで……あと……もキャンセルよ……いいから……お黙りなさい……言ったら……ですわ
多分、小声でお話をしているのだろうけれど、花鶏さんの声はとても通るのだ。
なんだかものすごーく迷惑を掛けた気がして、昨日お世話になった人達を思いつつ空に向かって何度も頭を下げる。
「晶さん、今日は幸いな事に予定は入っておりませんでしたわ」
嘘でしょ。
「セレクトさんの所に行くだけだから、私一人でも大丈夫だよ」
「いけません」
「道もちゃんと覚えていますから」
「駄目ですわ」
真顔の花鶏さんは一歩も引かない。
私は彼女と友達になれたと思っている、だからこそ私情で迷惑を掛けたくないのだ。
ふと、お母さんがお父さんに言い聞かせる時に使った手を思い出す。
「小姫さん、わたしね……迷惑かもしれないけれど、小姫さんの事がすごく、すっごく大切な友達になれたなって思っているの」
「っっっ!!!」
「あ・と・りさん」
深く、静かに、じぃぃっと目を見つめる。
「予定、入っていたよね?」
「なっ……なんの事かしら……きょっ、今日は幸いな事に……」
花鶏さんの手をとって、ぎゅっと握る。この時、伏し目がちに視線を逸らすのがポイント。
「花鶏さん……わたし、友達だと思われていないのかな……友達だと思っていたの、私だけだったのかな……御免なさい」
「なっ、なにをっ!? わたくしは晶さんをお友達以上の方だと思っていますわっ!!」
花鶏さんの手を離してできるだけ残念そうな表情をしつつうつむく。
「……花鶏さんは友達に、私に嘘をつくんだ」
「っっっ!? あっ、晶さんっ……」
ここまでのやりとりで、彼女は秒単位で表情が変わっているのだけれど、本人は気づいているのだろうか。
今、花鶏さんは「絶望という顔はこんな表情」と100人に聞いたら100人がそうだと答える顔をしている。
「私の為に予定を開けてくれるのはすごく嬉しい……けど、他の人に迷惑を掛けるの、私は嫌」
「……わっ……わたくしは……」
そっと花鶏さんの震える両手を片手で握って、彼女の脇に置いてあったスマホを掴んで握らせる。
「おねがい小姫さん、すぐに連絡してください」
「は、はい……」
花鶏さんが影で連絡をしている間、ぼーっと空を見つめる。
最近まで「自分は不幸だなぁ」って思っていたけれど、ここ数日、嬉しい事ばかりだと思う。
「生きていれば、きっといいことがある、か……」
しばらくすると花鶏さんが戻ってきた。
「わたくし嘘をついていました……ごめんなさい」
「ううん、小姫さんは私の為にしてくれた事だから、すごく嬉しい」
「晶さん……」
そんな事があって昼休みと午後の授業が終わった。
正門横の「お嬢様専用、大きな車でも難なく駐車できる第二エントランス前」で花鶏さんが私の手を掴んで離してくれない。
「いいですか晶さん、何かあったらすぐに電話ですよ!?」
「大丈夫だってば。小姫さんも用事、頑張ってね」
私達のやりとりを見て、運転手さんを含む花鶏家の関係者が目を丸くしている。
もしかしたら、ここまで砕けた話をしている花鶏さんをあまり見た事が無いかもしれない。
「お嬢様、お時間が……」
私の横にいた黒いスーツの女性が時計を見て花鶏さんに促すと吠えた。
「お黙りなさいっ!! ああっ、もぉっ、どうして今日は……」
「いってらっしゃい、小姫さん」
「ええ、すぐに終わらせて参りますわ! さぁ車を出してくださいな!!」
また余計な事を言い出しそうだったので遮って送り出す。
ああいう車が猛スピードで走って行く所は見た事がないなぁと思いつつ、走り去る背中に手を振って渋谷へ向かう。
なんだか尾行とか監視されているんじゃないだろうかという不安を覚えつつ、いつも通りにセレクトさん宅の前に辿り着いた。
ノックをすると「どうぞー」という間延びした声が聞こえた。セレクトさんは在室中らしい。
「もしもし、晶さんは今無事に到着したよ……ええ? そんなの見れば判るって……だから心配しすぎなんだって、はーい、はーい、じゃあ切るよ、わかってるから、はーいまたね」
今時珍しい二つ折りの携帯電話をちゃぶ台に置いてセレクトさんが溜息をついた。彼女の投げやりな受け答えから、おおよそ誰のどんな電話だったのか、察しがつく。
「まったく、小姫君はどうかしてしまったのかね。 やぁ、晶さん」
「こんにちは、セレクトさん、昨日は報告もせずバイトに行っちゃってすみませんでした」
「昨日は私もちょっと出かけていてね。帰りも遅かったから大丈夫だよ」
畳に正座をして、深々と頭を下げる。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
私の命を助けてくれて、魔女の世界を教えてくれて、これからお世話になるセレクトさんへの、私なりの礼儀のつもりだ。
「日本のお辞儀文化は本当に美しいね」
「そうですか? あの……まずいなら答えなくていいんですけれど、セレクトさんはどこの出身の方なんですか?」
「私は英国、ブリテンの田舎にある小さな港町の出身だよ」
古風なファッションが似合う佇まいに成る程と感心する。
「外国人なのに日本語がとてもお上手ですよね。日本がお好きなんですか?」
「まぁね、日本には何度も来ているし……そうだね、10回以上だと思う。独自の文化を思想をもっているし、何より不思議な事がとても多い」
「そうですか?」
「それに今の日本は程良く他人に干渉しないし、外国人も多いから過ごしやすい。ずっと前は異国人って判ると追いかけ回された事もあったよ」
セレクトさんは不法滞在でもしているのだろうか?
「ともあれ、ようこそ。新しい道玄坂の魔女さん」
「はい」
そのあと、仕事の依頼を受ける方法や手順なんかの説明を受ける。
セレクトさんの部屋への出入りは自由、けれども案山子には気をつけるようにと釘を刺された。
「あと言い忘れたけれど、私の手には触れないように」
「手、ですか? てのひら? 腕? 指、ですか?」
「掌を含む両手全部、触ると呪われてしまうから注意して欲しい」
「のろい……」
そういえばセレクトさんと初めて会った時、お金や牛丼を渡す際は本の上に置いていた。
あの時は深く考えなかったけれど、そういう事だったのか。
「呪いって……どんなのか聞いちゃ駄目ですか?」
「ん? ん~そうだね……死ねなくなる呪い、みたいなものかな」
-真夜中の渋谷で銀髪の女の子を見たら死の呪いを掛けられるとか。
ふと。誰かから聞いた都市伝説を思い出す。
でも、セレクトさんは「死ななくなる」呪いだと言っていた……どういう事なのだろう? 単純に考えると漫画なんかにある「不老不死」という事になる。
興味はあるけれど、あまり根掘り葉掘り聞くのは良くない気がした。そのうち判るのだろう。
「あと、これをあげるよ」
セレクトさんが桐箪笥の中からいくつかの雑貨を取り出してちゃぶ台に並べる。
「こ、これは……」
万年筆、小さな鍵付きの手帳、黒縁の眼鏡……どれも使い込まれたというより年代物の新古品という感じだ。
彼女から貰った懐中時計の事もあるので見た目で判断してはいけない。
「これは私と小姫さん、一応美柑さんの連絡先が書かれた手帳。二人には了解がとってあるよ。これの鍵ね。書いた本人しか読めないので気になった事があったら描くといい」
「はぁ」
「あと手帳用の万年筆。インクは市販では手に入らないので切れたら私に言ってほしい」
「はぁ」
「最後は眼鏡。もしスケアゥロウとか天使、やばそうな連中を見かけたらこれを掛けて身を護る……変装に使えるよ」
「は……ぃ」
「どうした晶さん? そんな顔に縦線を引いたような顔して」
いや、別になにか少年探偵みたいな特別な道具とかちょっと期待してました。けれどもスマホの時代に「手帳」と「万年筆」はどうかと思う。
それに「変装眼鏡」って何!? それこそ団子鼻とヒゲがついていた方が笑いが取れるといのに、本当に普通の黒縁眼鏡。
「いやですね、なんとなくこの部屋に来た時の気持ちになったというか」
「ん?」
セレクトさんは手帳と万年筆を取り上げると、カリカリと何かを書いて私に寄越す。
ページを開くと擦れた文字で何か書いてあるけれど、よく読めない。
「紙に書くって大切だからね……どんなにスマホが便利であっても、時と場合によっては手書きの方がいいって事もあるのさ」
「はぁ」
「あ、そうだ。晶さんにあげた懐中時計だけれど、一つ注意があるの」
「これですか?」
あの日以来、お風呂に入る時以外は肌身離さず持っている懐中時計を取り出す。
「晶さんが能力を使った時、秒針が回るでしょ? それね、一度に五回が限度だから」
「え? 五回過ぎたら、動かなくなるんですか?」
「頭のネジを回すまでは使えなくなるよ」
「という事は、一回使ってからネジを回せば、また五回使える、という事ですか?」
「そだよ」
懐中時計の鎖がついている鎖の根元にあるつまみを回すと「カリカリ」という小気味よい感触の後、カチリと一旦止まり、もう二回繰り返すと回せなくなった。
「そっか、昨日で三回使ってたんだ」
どんな制限があるのだろうと、正直ドキっとしたけれど、要するに連続で5回命に関わる出来事が発生しなければいいのだ。
そんな事は滅多にないだろう。
むしろ五回連続で命に危険が起きるという事態、かなりまずい気がする。
「こんにちわ~」
「やぁ、こんにちわ」
「美柑ちゃん、こんにちわ。この間はありがとう」
「晶ちゃん、こんにちわ。魔女になったんだね」
「お陰様で、決心がつきました」
美柑ちゃんは食器棚から自分のカップを取り出すと、テーブルに置かれた烏龍茶(コンビニブランド)をついで飲む。
「美柑さん、報告いいかな」
「はーい」
「報告? お仕事のですか?」
美柑ちゃんはランドセルの中から分厚い手帳を取り出すと、ぺらぺらと開いてセレクトさんに見せる。
私がもらったような表紙が革製の古いもので鍵がついている。もしかしたら道玄坂の魔女の標準的な持ち物かもしれない。
「渋谷の観察記録で~す」
前に同行をした時、美柑ちゃんが動物を使って渋谷の監視をしているという話を聞いた事を思い出す。
「ふーむ……ちょっとばかり揺らぎがあるね」
「はい、あまりここには近寄らないようにってボス猫さんに言われました」
「そうだね、ここに十二番のイチ……ここに三番のミソ、ここに……十四番のカラシかな」
「了解しました」
会話の内容がさっぱり判らないけれど、どうやら近寄ってはいけない場所があるらしい。
「何かまずい事があったのでしょうか?」
「まずいという訳ではないけれど、すこしばかり気の澱みみたいなものが固まっている場所があるのさ」
「気の、よどみ??」
「気」といわれると中国の「気功」とか、漫画とかにある、ブキになったり空飛んだりするようなものが連想される。
「晶ちゃん、数年前に渋谷でカラーギャングっていたの、覚えてます?」
「そういえばいましたね、そんなのが」
小学生でそんな言葉を知っているとは、流石は渋谷っ子。
そのギャングは自治会や警察の治安維持巡回もあって、今ではすっかり聞かなくなった気がする。
「ああいうのです」
「へ?」
暴走族とヤクザと不良グループがごちゃ混ぜになって劣化した「集団ヤンキー」と「気」では全く想像が結びつかない。
「なんというかな、そういう連中って大なり小なりは今でも渋谷にいるだろう?」
「いますね」
ガラの悪い人達は渋谷のあちこちにいる。
ナンパ目的だったり、何をしているのかサッパリ判らない集団だったり、怪しげなスカウトだったり。私はできるだけ大通り以外の道は通らないようにしていた。
「そんな連中っていうのは、気の澱みの溜まる場所に吸い寄せられるんだよ」
「そうですね、この近くだと……とか……なんかがそうです」
美柑ちゃんが挙げた場所は、昼でも薄暗く人通りも少ないので私は近寄らないようにしている。
「そういう連中がそういう場所に集まって淀んだ気を吸い続けると、犯罪や薬の使用の意識が下がる。そしてまた負の感情が生まれて……の繰り返しさ」」
「危ない薬に手を出して、最後には精神が朽ちて死んでしまうのですけれど、肉体はかろうじて残るゾンビみたいになるんです」
思い出したくはないけれど昨日の金属バット二人組が頭に浮かぶ。
「そんな連中が天使に憑依され、昨日みたいに晶さん追いかけ回したという事だよ」
「晶ちゃん、天使に追いかけ回されたんですか? 余程じゃないと逃げ切れないし、普通の人には見えないからよく無事でしたね」
「うん、セレクトさんに助けてもらったの、だからここにいるんだけれどね」
「なるほどぉ、霊視を持ってる魔女はこの辺りだとセレクトさんだけですから良かったですね」
確かにあんな思いはしたくないし、あれは人にとって脅威になる。
「でも朽ちた人は死人(しびと)っていう悪霊も憑依しちゃうんです」
「悪霊なんているの!?」
「いるよ。ただ憑依できるのは一握りで、その他はちょっとした悪さしかできないけれどね」
「へぇぇ……天使とか悪霊とか、本当になんでもアリなんですね」
「まあね。普通の人には見えないし、知らないだけさ」
「それで、そういう場所を作らないように悪い気を浄化できる猫さんを行かせている、という事です」
-美柑さんの活躍で、数年前から渋谷では特異な事件は結構減ったと聞き及んでいます
花鶏さんが説明をしてくれていたのを思い出す。
渋谷の治安が小学六年生の女の子に護られていると知ったら、皆はどう思うだろう。
「美柑ちゃん、凄いんだね」
「でも、私のできる事は予防だけですから最初から悪い人が入ってきたらどうしようもありません」
「悪人って……スケアクロウとか?」
「いいえ、人に悪さをしてもなんとも思わない人達です、いわば「不良」といえばいいんでしょうか」
「なるほど……でも、美柑ちゃんのやっている事は凄く世界の為になるんだろうけれど、スケアクロウはどうして魔女は許さないって言うんでしょう」
セレクトさんは美柑ちゃんの手帳に何かを書き込むとちゃぶ台の上に置いて渡す。
「魔女の力は人の運命を変えてしまう場合があるからね」
「運命、ですか?」
なんだか仰々しい話になってきた。
「運命といっても広範囲なモノの捉え方で、「縁(えにし)」とか「生き方」とかだよ」
「?」
「晶さんは昨日、襲われて死んでいたかもしれない。けれども私という魔女があなたの運命を書き換えてしまい、今ここにいる」
「確かにそうです」
セレクトさんがちゃぶ台の上で手を組んで、上目使いに私を見る。
「そして晶さんはこれから魔女として、様々な人の運命を変えていく事になる」
「私が……運命を?」
「人は自然と偶然、自らの意志で運命を作っていく。死もまた運命ならば仕方が無い。それを歪める魔女の力は許さない……それが連中の言い分さ」
人助けでも咎められるなんて、私には理解できない。
「けれども私達には運命を曲げる力がある……だとしたら目の前で起きている危機を見過ごすか、助けるか」
-そうだね……もし霜鳥さんが英会話に堪能で、目の前に困っている外国人がいたらどうする?
ふと、魔女になると決めた夜にセレクトさんが言った言葉を思い出す。
確かに、自分にしかできない事をするという魔女の理念が一つ理解できた。
「目の前に困っている人がいて、それを自分にしかない力を使って助ける……私はそれが正しいと思っています」
「まぁ、正しいかどうかは判らないんだけれどね」
「え?」
-ぴりりりり
セレクトさんの携帯電話が鳴る。
「もしもし、はーい、いるよー、はーい、はーい、判ってるって、はーい、はーい、またねー」
あまりにも投げやりな会話内容だったので美柑ちゃんが不思議そうな顔をしている。
「小姫さんだったよ、晶さんがまだそこにいるか? とか、今すぐこっちに来るから帰らないように言ってくれとか、そんな話」
「私に直接電話をすればいいのに」
ポケットからスマホを取り出して画面を確認したけれど、着信もメッセージも入っていないし圏外でもない。
「彼女なりの気遣いじゃないのかな」
「気遣いですか?」
「あー、うん……気にしなくてもいいよ、こういう例はみた事ない訳じゃないし、あっちじゃそれなりにいたし」
「ん?」
しばらくすると、花鶏さんがやってきた。
「こんにちは、セレクトさん、美柑さん、晶さん」
「やぁ小姫さん。言われた通りに晶さんには帰らないように言っておいたから」
花鶏さんの笑顔が固まった。
「ふふっ、いやですわセレクトさん。晶さんには「もう少しでそちらにお窺いするのでお会い出来れば幸いです」と伝言をお願いしただけですわ」
「そうだっけ?」
「そうですわ、うふふふ」
花鶏さんが顔に笑顔を貼り付けたまま、クラスメイトに挨拶をするような無表情で微笑む。
セレクトさんはやれやれと手を振り、美柑ちゃんは場の空気を察したのか、そぉっとテレビゲームの電源を入れてセレクトさんと対戦を始めた。
「お茶、お煎れいたしますわ」
お茶菓子を食べながら、花鶏さん、美柑ちゃん、セレクトさんと今日の出来事の話をしたりしてゆったりとした時間を過ごす。
学院以外でこんなに賑やかなのは久しぶりだ。
「他の魔女の手伝い、ですか?」
しばらくすると、突然セレクトさんから話題を切り出された。
「そう、西新宿に占いをする魔女がいてね、彼女の手伝いをして欲しいんだ」
「私なんかでいいんですか?」
「うん、晶さんが適任かな~と思って……あーっ!! そこで雷を使う!?」
古いブラウン管テレビに接続された、これも古い灰色のゲーム機で美柑ちゃんとレースゲームをしていたセレクトさんが叫ぶ。
どうやら勝利は美柑ちゃんらしく、えへへと私にVサインをしてみせた。
「私の力って、他の方の役に立つものでしたっけ?」
「実地訓練とか他の魔女の仕事を見るのも勉強だし、晶さんなら見えるものもあるさ」
「はぁ……西新宿って、魔女は渋谷だけじゃないんですね」
対戦にぼろ負けしたセレクトさんがちゃぶ台に顎をのせ、ふにゃーんとしたポーズを取る。
「はい、お茶どうぞ」
「ありがとうございます、小姫さん」
ちゃぶ台に湯飲みが4つ並べられ、花鶏さんが私の隣に座る。
「魔女なんて日本どころか世界中のあちこちにいるよ……それに渋谷って妙な形しているでしょ? 新宿も渋谷もあまり変わらないさ」
「わたくし、晶さんのお宅へお窺いするまで笹塚が渋谷区とは存じませんでしたわ」
「え? 笹塚って渋谷区なんですか!?」
花鶏さんがもってきたお煎餅をぼりぼり囓っていた美柑ちゃんが驚く。
「いや、立派に渋谷区ですって……何区だとおもっていたんですか」
「わたくしは新宿区かと」
「私は中野か練馬って思ってたー」
「中野はともかく、美柑ちゃんの練馬はどんだけ大きいのよ!?」
渋谷区は新宿区に食い込む形で区分けされているので、知らない人から見れば新宿だと思っている場所が実は渋谷だったりする事がある。
新宿駅が最たるもので、南口の道路をまたいたサザンテラス側は渋谷区。わかりやすい例は駅隣の新宿タカシマヤとか新宿御苑の一部は渋谷区にあったりするのだからややこしい。
「23区あるあるはともかく、今週の土曜・日曜で行って欲しいんだけれど、空いてるかな?」
「今週はアルバイト先が改装工事に入っているからしばらくお休みですけれど」
バイトが減ると、正直言うと生活が厳しい。
「交通費も依頼料もでるよ、日当一万円」
「行きます!」
思わず高給な報酬に身を乗り出す……けれど、美柑ちゃんの報酬は食べ放題、花鶏さんは知らない、セレクトさんは私が払った三千円……ちょっと心配になってきた。
「え、えと……魔女がそんな高額な報酬を頂いて、いいものでしょうか……」
「いいも何も、魔女の仕事は歩合制でも月給でもない、相手の言い値を聞いて自分自身が受けるかどうか決めるものだよ」
「仕事内容にもよりますけれど、とりわけ高い訳でもないですね」
美柑ちゃんはしれっと答える。
「えええっ!? 美柑ちゃんも結構な額……貰っちゃったりするの!?」
「報酬はそれなりですけれど、受け取るのは喫茶店のマスターです」
そういえばそんな話を聞いていた。
「マスターにはあの辺り一帯の動物、主に猫のお世話、エサ代だったり病院や保護費だったり清掃費だったりを報酬から出してもらっています」
「なるほど」
「それはさておき晶さん、依頼は受けるでいいかな?」
「あ、はい、お願いします」
「では私もご一緒します。初めてのお仕事で不安でしょうし、何があっても晶さんはわたくしがお護りいたします」
お盆を抱きかかえ、花鶏さんが目を爛々と輝かせていた。
「駄目、小姫さんには別の仕事を依頼するから絶対駄目」
「二度言いましたね」
「どうしてですのセレクトさん!? 晶さんの初お仕事の同行を断るだけの確たる理由をお聞かせください!」
「いや、だから別の依頼があるって」
「わかりました、仕方がありません。仕事は即座に終わらせて、すぐに合流いたします」
抱きかかえているお盆がメシメシという音を立てながらくの字に曲がっている。
「晶ちゃん、あきらちゃん」
美柑ちゃんがちょいちょいと手招きして耳を貸してというジェスチャーをする。
「小姫さんって、こんな感じの人だっけ?」
「あはは……いやぁ……どうかなぁ」
友達として花鶏さんと仲良くなれたのは嬉しいけれど、妙に過保護っぽいのはどうかと思う。
「小姫さんの仕事、そんなに簡単には終わらないんじゃないかなぁ……」
ぼそりとセレクトさんが呟いた。
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