第6話「魔女 セレクト・アーシャッテ」

「ありがとうございましたー」


ハイネックの長身男性が背中に店員の挨拶を背中で受けながら、コンビニのドアの前に小さな女の子が立っていた。


「ああ、これは失礼……どうぞお嬢さん」


すっと長身の男がドアの横に立つ。


「これはどうも。スケアクロウは皆、君のように紳士であるといいのにな」


長身の男が驚いた表情を見せながらバックステップで距離をおくと、女の子をまじまじと見る。

街灯に照らされた銀髪、青い目、最近の流行から離れた服装。


「なんの事でしょう……」

「なぁに、ちょっと話があって来たんだけれどそう手間は取らせないよ……すぐ済む話さ」

「……では場所を変えてもらいましょうか」


長身の男は最大の警戒をしつつ、自らを守る為の術式を足元に展開させる。

最近あみ出した不可視の術は先日いとも容易く見破られたが、あれは偶然なのだろうか? それとも自分の式に見落としがあったのだろうか。


「ああ、この辺りでいいだろう……」


神田川沿いにある、ひとけのない公園で立ち止まる。


「そうですね、人払いの術を……なにっ!?」


長身の男は、いつの間に展開されていた式に全く気づかなかった。

人払いの術は対象となる場所を式で囲む事で完成させる筈なのに、銀髪の少女はそんな素振りを見せていない。


「なぁに、これも最低限の礼儀……と受け取って頂ければ……だったかな?」


銀髪の少女がくくっと喉を鳴らして嗤う。


「くっ……貴女は何者ですか? 失礼ながら、お初にお目に掛かるようですが」

「おや、私は君と会うのは6度目なんだけれど……黒コートの怪人さん」

「っ!!」


長身の男は素早く跳躍して距離を取りつつ、地面に残した術式を銀髪の少女へ向けて放つ。

無数の水銀の糸が寄り合わさり、螺旋となって対象の脳髄を穿つ……筈だった。


「話があると言ったのに、用件も聞かずに殺そうとするなんて……紳士といった言葉が撤回かな「銀使いのロジャー」ともあろう男が」


背中から透き通った声がする。


「何故私の名を」

「だから6度目と言っただろう? ちなみに黒コートの怪人は霜鳥さんが君を見た感想……そのまんまだから思わず笑ってしまったよ」


振り向きざまにステップをして距離を取る。しかし銀髪の少女は再び一瞬で消えて、自分の背後に何の予備動作もせず現れた。


「しゅっ……瞬間移動! この間の娘と同じ!?」


自分の立っていた場所の背後、垂直に銀螺旋の針を突き立てるが、そこにも銀髪少女の姿はなかった。


「ああ、やっぱり霜鳥さんの事を見ていたのか……私のは違うのだけれど、まぁいい」


声のする方向を見ると、少女がベンチに腰掛けていた。


「あなた……魔女ですか」

「だから私が話をしたいと言うのに、何故君は質問を続けるのか……そうだね、私は……道玄坂の魔女」

「ならばっ!!」


内ポケットに入れた試験管を魔女に向かって投げる。

予め水銀にプログラムされた式が試験管を破裂させると、直径数ミリの散弾となって螺旋の水銀が広範囲に降り注いだ。


「ふぅん……成る程」

「がっ……なっ……」


一体、何がどうしてそうなったのか理解できない男の口から言葉にならない声が漏れた。

数千にも及ぶ散弾は吸い寄せられるように魔女の指先に集まり、ふわふわと形を変えながら浮いている。


「100年掛けて、この時代の思想も取り込んだ結果がこれか……式を微弱な電気に変えて実行させている、といったところかな?」


一度しか見せていない自分の術式を、この魔女はあっさり看破した。


「あ、あなたは一体、何者ですか!?」

「その質問は4度目だね……ロジャー、いや「錬金術師ロジャー・ベーコン」というべきかな」

「な、何を……」

「やっとこの時代と日本の生活にも慣れたんだ……もうちょっと、ここにいたいだろう?」


魔女が口にした名前と錬金術という言葉、微かに覚えがある。


「これ、返すよ」


魔女が水銀にふっと息を吹きかけると、細い鎖に姿を変えて男の身体に巻き付く。


「魔女めっ、殺すならさっさと殺せっ!!」

「私は殺傷が嫌いだって、何度言えば気が済むのかな……また100年ほど本の中に入るかい?」

「本……なにを……」


魔女の言葉にじくりと恐怖というねっとりとした恐怖が背中に絡みついていく。

100年? 本の中? 何の事を言っているのか判らないのに、恐怖でカチカチと奥歯が鳴る。


「私は世界の安寧を守る為に、この身を捧げた者。いつでも死ぬ覚悟は決めています」

「その高潔さはずっと変わらないね、ロジャー。私はね、君に感謝もしている……だから殺しもしないし、今は監禁もしない」


魔女は私を見下ろしながら、何故か微笑む。


「君は霜鳥さんの能力を見てしまったらしいからね、それを忘れてもらうよ」

「霜鳥……能力……あの娘の瞬間移動ですか……」

「はずれ」


魔女はカフスのボタンを外すと袖をまくる。


「そっ……その呪いの紋様……貴様はセレクト……」

「思い出した? おやすみロジャー」

「ひぃっ」


襲いかかる恐怖に駆られ、恥も外聞もなく転がるように走り始めた途端、見えない壁にぶつかった。


「なっ!?」


視界の隅に小さな猫が青い鈴を鳴らして私を見つめていた。


「御免なさい、ここは通せんぼです」


魔女が掌で私の視界を覆い隠す……自分の記憶、膨大な情報の奔流の中で、自身が何者であったのかを思い出すと同時に、それらの記憶は再び暗い闇に中へと消えていった。


「ありがとうございましたー」


ハイネックの長身男性が背中に店員の挨拶を背中に受けて、はっと我に返る。

がさっと、手に持ったコンビニ袋には、温めてもらった担々麺が入っていた。


「……はて」


何かがあったような気がするけれど、折角の麺がのびてしまうと考えて家路につくことにする。


「おっと失礼」


ぼーっとしていたらしく、歩き始めた瞬間、目の前に小さな女の子とぶつかりそうになって立ち止まる。


「いえ、大丈夫です」

「そうですか……では」


軽い挨拶をして歩き始める。

ふと、気になって振り向くと、女の子の姿は消えていた。


「めずらしい銀髪の女の子でしたね……」


坂の上にある交差点の高層ビルを見上げながら、男は歩き始めた。

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