第2話 初凪【はつなぎ】
あぁ、不味い。
俺は半分以上残ったビールを
一気に飲み干して、その勢いでジョッキを
机に叩きつけようかと思ったが
すんでのところで思い止まった。
『そういうの、良くないと思う』
耳の奥だか頭の奥だか、
何にしてもここよりももっと
時空を越えたどこかから
彼女たちの声が聞こえたような気がしたからだ。
「だって、お前、もう何年だよ」
肩を並べて酒を飲む親友が言う。
俺のことを心配して言ってくれているのは
俺だって百も承知だ。
「5年......」
ぶっきらぼうに答える俺に
「そろそろ、いいんじゃないのか?」
と続ける。
そろそろって何だよ。
そろそろとかじゃねぇし。
「亡くなった奥さんだって、
そんなの望んでないと思うぞ」
ふざけるな。
聞いてきたのかよ。
あっちに行って、
あいつらに聞いてきたのかよ。
俺はあいつらを『愛してる』
『愛してた』なんて、
過去形には出来ないんだ。
それに、もしまた誰かと出会って、
想い合うようになって、
万が一にも、また
取り残されるようなことになったら......
俺は、これまでにふたり看取っている。
ひとり目の人は、急だった。
ふたり目の人は、元々
長くないと分かっていて一緒になった。
万にひとつの幸運を祈って
一緒に戦ったけど、
運命はあまりにも非情だった。
そのたびに俺は
心を粉々に砕かれて、
もう二度ともとには戻れないと思うくらい
ボロボロになって、何もかも投げ出して
死んだように生きた。
死んだように、生きた、けど、
やっぱり、生きてた。生きてたんだよ。
いくら心が粉々になったって、
いくら死んだようだったとしても、
あいつらのところには行けなかった......
逝けなかったんだ。
どうしたらいい?
これ以上、俺はどうしたら......
ボイジャータロットが
教えてくれたヒント
『ⅩⅦ / Star(星)』
何やってんのよ!
グズグズしているのなんて
全然あなたらしくない。
思い出してよ。初めて出会った頃のこと。
なんで、あなたのことを
好きになったんだと思う?
あなたは希望の光だった。
あなたについていけばきっと
見たことのない景色を
見せてくれると思ったの。
あなたの愛は、夜空いっぱいに瞬く
キラキラと美しいお星さまみたいだった。
だから、どんなに夜が長くても
怖くなんかなかったのよ。
あなたがくれる、たくさんの愛の光を辿って
星座を描きながら過ごすことができたから。
あなたがいたから。いてくれたから。
今、あなた
つらい想いをしてるのね。
今のあなたは、まるで
厚い雲に覆われた夜空のよう。
長くて、深い夜だわ。
けど、大丈夫。
たとえ厚い雲に覆われていたとしても、
そこに存在していることには
変わりがないのだから。
気づいて。あなたは光の存在なの。
助けてあげて。
暗闇に怯えている人たちを。
そして、できれば
あなたと一緒に夜の闇を照らしてくれる
真ん丸なお月さまと出会ってね。
受け入れてちょうだい。
すべてを、意味のあることだと。
........................。
ふざけるな。
ふざけるなよ......
勝手なことばかり言いやがって
俺は、あいつの、あいつらの人生を
照らし続けたかったんだよ。
受け入れるってなんだよ。
すべて意味があるって、
どういうことだよ。
わかんねぇよ。
会いたいよ。お前に。お前らに。
「おい、大丈夫か?」
遠慮がちな親友の声に引き戻された俺は
そのとき初めて
自分が泣いていることに気づいた。
初凪の空と海との境目はどこなんだろう
泣きながら俺は
そんなことを考えていた。
凪いだ海に映る
真ん丸な月を思い浮かべながら。
「まぁ、別に無理にとはいわないけどさ」
日本酒を舐めながら
愛想なく俺に携帯の画面を向けてくる。
「右上の方」
初凪の月に心を奪われていた俺は
言われるままに目を落としていた。
「お前に紹介したいと思ってたんだ」
冗談だろ。
「すごくいい子だよ。お前に合うと思う」
初凪に浮かぶ
真ん丸なお月さま。
そのまんまだった。
イメージの世界から抜け出してきたみたいな
凪のような微笑みだった。
Chiika🌺
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