殺し屋の俺の家に侵入するとはいい度胸だ

露草 はつよ

Assassin

空間が有り余る大きなリビングルーム。

そこに置いてある大きなソファに座っているのは、スラリとした体型の男だ。無駄な筋肉なんてついてないような容姿、隙のない姿勢が威圧感を感じさせた。

男の前にある足の短いテーブルには、ある契約書。ボールペンを横に置き、片手には琥珀色のウィスキーが入ったグラスを揺らす。

サインするかどうか迷った末に、男はグイッと残りわずかなウィスキーを飲み干すとテーブルにグラスを置いた。

ペンを手に取ると、紙にペン先を押し付ける。


その時、空気が動いた。


ヒュッと微かな音がして男の背後から、何かを持つ手が迫る。

男は知っていたかのようにわずかな動きでそれを躱すと、その腕を掴んだ。ちらりと男が手に視線をよこすと大きなミリタリーナイフがぎらりと光る。

ナイフを持つ方は躱され掴まれるとは思わなかったのか、一瞬動きを止めるとグッと腕を引き抜こうとする。だが、掴まれた腕はビクともしない。


「俺の家に侵入するとは……、お前らいい度胸だ」


 男はニヤリと凶悪に口元を歪ませると、持っていた手をグイッとと強く引っ張った。腕を掴まれた方は踏ん張りが効かずに、男の方に頭から突っ込むように体勢を崩した。

 男は今まで持っていたペンを握り直してナイフの持ち主の首に何の躊躇いもなく振り下ろす。細いボールペンが抵抗も少なく、首に突き刺さりビュッと勢いよく血が吹き出した。

刺された本人は、何をされたのかわからず声を上げようとするが口を開閉するだけで音が出ることはなかった。

 力が抜け崩れる体から男はナイフをもぎ取ると、立ち上がり後ろを振り返った。

そこには三人の覆面をかぶった男達が呆然と立ち尽くしていた。一人はサイレンサー付きのハンドガンを、もう二人は死んだ奴と同じようなミリタリーナイフを手にぶら下げていた。

 一人が殺されたことで、動揺が走った男達は男がゆらりと動いたことでとっさにそれぞれの武器を構える。

その構え方にピクリと男の眉が片方上がる。


「ほぉ? ただの素人じゃない、か……。さしずめ、元軍人の傭兵か何かか……」


面白そうだ、と呟くと男はちろりと下唇を舐めた。


 男が動き出す前に、ハンドガンを持った男がパシュッパシュッとサイレンサーでくぐもった音の弾丸を打つ。男はすぐに身を低くし、横に転がった。転がった男を追うようにナイフを持った男達がソファーを素早く乗り越える。だがそこに男はもういない。

男は身を低くしたまま、トップスピードで獲物を狩る狼のように目をぎらめかせハンドガンの男に迫る。

自分の身に迫る大きな威圧感を持つ死の影に、思わずハンドガンの男は喉を震わせた。


「ヒ、ヒィァァアアアアアアアア!!」


 恐慌に陥った男は何発も弾丸を男に打ち込むが、まるで男を避けているかのように弾丸が当たらない。


「止めろ、来るな、来るんじゃねええええ!!」


 その叫びを最後に、男のナイフがハンドガンの男の喉を切り裂いた。「ッガ」と小さな音を発してハンドガンの男が崩れ落ちる。ゴポリとハンドガンの男から血が溢れ出て床に大きく広がる。

 一人殺した男が振り返ると同時に、駆け寄っていた覆面の男一人がナイフを突き出す。それを軽々と避けると、男も相手の首元を狙いナイフを振る。

だが相手は避けることなく逆に男に体を寄せ、ナイフを持つ手首を己の手首で弾いて軌道をそらした。


「ふむ」


面白い、と男が息を漏らす。

 今度は相手が攻勢に出る。ガードを下げずにナイフを構え、滑るように動かす。フェイントがいくつも混ぜ込まれた攻撃に、男は動じもせずに次々といなしていく。

たまに混じる金属音と打撃音が続く。男の体に小さな傷が次々と刻み込まれる。傷口から血が流れ出ている。

だがそれでも男の瞳に動揺の色は一切無い。

一見、男より相手の方が優勢に見えるが、相手の方が切り傷が少ないだけで実際には殴打される一撃一撃が重く体に響いていた。

 攻撃の手が一瞬緩んだ相手の腹に、男が一発重い蹴りを放つ。


「ガハッ」


一瞬息が止まり、何かの液体が口から溢れ出る。だがすぐに体勢を立て直し、男にナイフを構え全ての力を込めて突き出した。

しかし男はまるで予知したかのように、体を斜めにそらして避ける。いつの間にかナイフを投げ捨てたのか自由な両手で相手の腕を取り、そのまま自身の太ももに叩きつけると相手の関節を逆に曲げた。


ゴギ。


いやに重い音がして相手の時間が一瞬止まった。


「……、ガアアアアアアアアアア!!!」


 一拍置いて不協和音を吐き出す相手に、男は音もなく背後に立つと相手の額と顎に手をかけた。

 触れた男の冷たい手に、相手の悲鳴が一瞬止む。


「じゃあな」


ボソリと男が呟くと、特に力を入れることなく自身の手を両側に引っ張った。

微かな、ゴキリという音が相手の最後を告げた。


「さて、最後は……と」


男は最後に生き残っている男に視線を巡らすと、男は腰を抜かしていた。


「あらら、床が汚れちゃってるじゃないか」


腰を抜かす男の下には、アンモニア臭を放つ水溜りが出来ていた。

呆然としていた最後の男は、目の前の死神の声が耳の届くと同時に狂気に陥った。


「あ、あ、あ、ああああああああああああ」


動けずにただただ悲鳴をあげる奴に、男は先ほど死んだ男が取り落としたハンドガンを手に取る。

かちゃりと弾倉を外して中身を確認する。三発も残っていた。

弾倉を元に戻し、スライドを動かすと玉が込められる音が響いた。そのまま悲鳴をあげる男の頭に狙いを定めると、一寸の迷いなく引き金を引いた。

パシュッと軽い音がして、悲鳴が止んだ。

再び静かな、男一人だけの時間が訪れる。


全てが終わった惨状を男は見渡すと、「はぁ」とため息をついた。


「掃除屋を呼ばなきゃなぁ……」

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殺し屋の俺の家に侵入するとはいい度胸だ 露草 はつよ @Tresh

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