「あ、あのお恐らく宮木大希っていう名前で席がとってあるらしいんですけど?」私は恐る恐るカウンターのお姉さんに尋ねた。もしあれが大希の嘘であったら嫌だな、なんて思いながらそう尋ねてみたものの、大希の性格上、そんなことをするわけないとは分かっていた。だからお姉さんが「あ、はい、宮木大希様ですね、それではあなたは須田様ですございますか?」と返してきたことをまあ当たり前だと感じながらも、ホッとしていた。


 「はい、須田菜矢芽です」


 「そうですか。それでは、こちらへどうぞ」お姉さんがカウンターから出てきて、私を案内してくれた。そしてたどり着いた場所には、もうすでに二人は来ていた。そこは円状のテーブルで、向かい合う様にいた。肉はまだ食べはじめていないらしく、水を二人で飲んでいた。私が静かに二人に近づくと、大希はそれに気がついて「やあ」と右手を上げて挨拶していた。肇は少し難しい顔をしていたけど、私はともかく「二人とも、遅れてごめん」と言う。すると大希は「まあ、座れよ」と言って私を二人の間の椅子に誘導した。私は恐縮ぎみに、その席に座ると両側に向かい合っている二人を見た。すると肇は私を見て「髪、黒く染めたのか」と聞いてきた。


 「うん」そういって私は自分の前髪を人差し指と親指で摘まんでみる。何故私が髪を黒くしたのか?それは私自身昔に戻って二人に接したいと考えていたからだ。肇はそうか、と言うなり大希を見た。そして大希は少し合間を置いてから、「じゃあ取り敢えず注文するか」と言ってメニューを取って、テーブルの真ん中(の焼肉網を避けたところ)に広げた。まずはドリンクと一番肉を頼もうということで、三人ともドリンクはドリンクバーにして、お肉は牛カルビ3人前と高校生にしては奮発した出だしだった。みんな注文を済ますと、各自ドリンクバーに行って、大希はアセロラジュース、肇はコーラを持っていった。私は何にするかをじっくりと悩んだ挙げ句、大希と同じくアセロラジュースを持ってテーブルに戻った。


 「あ、あの今日はありがとう。その、誘ってもらえて」私は三人がテーブルに揃うとそう言った。すると大希は「何いってんだ、今日は菜矢芽の誕生日じゃないか?友達としては、お祝いしたいに決まってるさ」そう言うなり大希は爽やかに笑った。


 「な、なんでさ?」私は大希を見つめる。「私、大希の陰口を言っていたのに!大希だって知っているんでしょ?なんで大希は昔のように私に接してくれるのさ?」


 「………。どうしてって言われたって、僕はこっちに来てからずっと菜矢芽を見てきたんだ。そして分かったんだよ。菜矢芽って、外見はチャラくなっちゃったけど、昔と変わらず優しい人だって」そう言うなり、ジュースを一口飲んだ。「もちろん、陰口を聞いたときはひどく落ち込んだけどね。それもきっと友達とのコミュニケーションのため必要だったんだろ?それに、友達が散らかしたお菓子の袋のごみとか、片付けてたの全部菜矢芽だったじゃないか。可哀想だと思ったけど、ごめんな、手伝え無くて」


 そう言うなり、彼は頭を下げてきた。違う、何故大希が頭を下げるんだよ!やっぱり陰口で落ち込んでいたんだ!本当にごめんなさい!


 そう言いたかったけど、それは声にでなかった。私は静かに唇を噛む。


 「まあ、あんな引っ込み思案だった菜矢芽がこんな表に出る性格になってたのは驚いたけどね」


 「…それは違うよ。あのグループは友達なんかじゃなくて、ただ一緒にいただけの連中だから、やっぱ私には友達は少ないよ」そう言うと、静かに笑って見せた。


 「だけどさ、勇気があんま無かった、って僕がいうのも変だけどさ、そんな菜矢芽が校則を無視して髪染めるくらい勇気があるようになったのはすごいと思うよ?」


 「それって、誉めてるの?」私は少しふざけたように返した。そんな返しに、不意に昔の自分が重なる。そうだった。昔の自分は、こうやって大希にからかわれたのを、こんな風に返して、それが幸せだと思っていたんだ。私は、不意に笑ってしまった。すると肇は、私を見て笑いかけてきた。


 「なんだ、菜矢芽、今もそんな笑い方出来るんじゃないか。やっぱ菜矢芽は人を馬鹿にして笑うような奴じゃ無いよな?」肇はそんな台詞を挑戦的な口調で言ってきた。私はもう一度唇を噛みしめ、下をうつむく。


 「待てよ肇。そんな言い方しなくたって良いじゃないか」そう言ったのは大希だった。だがそんな大希を手で凌いで、肇は淡々と喋り始める。


 「菜矢芽、お前は知らないかもしれないがな、少年団に俺らがいた頃、大希が菜矢芽をフォローしていたのをな、実はみんな馬鹿にしていたんだ。あの頃はみんな子供だったからな、異性を貶すということが格好いいとさえ思ってたんだろう。だが、大希は菜矢芽をフォローし続けた。馬鹿にされようと、菜矢芽が上手くなるまで、必死にな。そう、お前に大希自身が馬鹿にされているという事実を隠してな」


 そういって肇はコーラを口に含んだ。私はそんな話を初めて聞いたため、とてもビックリした。自身が貶されてまで私をフォローしてくれた?そんな、私はグループのみんなに貶されたくないから、誰かを貶していたと言うのに!


 「それで俺らとは違う中学にいった大希だが、あの持ち前の明るさがうざがられて、苛められるようになったんだとさ。だから、出来る限り静かに生きようって決めて生活してるんだと。俺はそれがいいとも思わんが、お前はそんな大希を明るく貶したんだ。どんな残酷なことか分かるよな?」そういう肇は凄みのあった。私は後悔の念に押される。不意に涙が出てきてしまった。


 「馬鹿!肇!」そう言ったのは大希だ。だが、それでも肇はその大希を手で押さえる。


 「俺が言いたいのはだ、お前が昔のような人間性があるのかって聞きたいんだよ」そう言うと、私を睨んできた。私は一呼吸を置いてから、少しずつ話始める。


 「私は、正直嬉しかった。誕生日にこうして大希が私を誘ってくれたこと。それに、大希が実は昔とは全く変わっていなかったこと。大事なことを隠して、自身を抑えてまでも人を大事にしたいっていう、ある意味不器用な性格もそのまま。だけど私も十分不器用だよ。あんなグループにいて、人をたくさん貶したけど、今は後悔しか残っていない。なんであんなにグループでワイワイやっていたことが、こんなに後悔の念しか残らないなんて。馬鹿みたいだ」私は目頭を少し拭く。


 すると肇は私の顔を凝視する。そして、少し考えた後でもう一度、ゆっくり笑いかけてきた。


 「嘘泣きならどうしようと思ったけど、本気っぽいな。そう思えるようになれたなら大丈夫だな」そう言うとなぜかとても安心したような顔をして、私を見てから大希を見た。そして、大希は心配そうな顔で私を見ていた。私が泣きっ面していたからだろう。本当に、心配性な奴。


 そうしているうちにもカルビがやって来た。私は率先してカルビを焼いてやった。みんな青春期なこともあって、カルビ三人前は少なかった。それからホルモンやロースを頼んで、三人揃って冷麺を頼んだ。会話は高校の話よりは、今までのことを中心に話した。みんながどんな風にここまで過ごしてきたかが少しずつわかってきた。だが、肇は同じ中学にいたはずなのに、彼女いただなんて初耳だった。


 会計は三人で割り勘した(私の誕生日だか二人が払ってくれるといったが、それも悪いのでそうしてもらった)。それから外へ出ると、もう外は暗くなっていた。少し肌寒くもあり、自分で手の甲を擦り合わせたりして温めていた。私たちは三人ならんで歩いて近所の公園に寄った。公園には誰もいなかったが、街灯が灯っていて明るかった。そこでいきなり大希は自分のバックからグローブとボールを取り出した。そしてグローブを私に寄越してきた。私はよくわからなかったが、そのグローブをはめると、大希はボールを持って少し遠ざかった。私はしょうがなくグローブを構えると、大希と向かい合わせになった。そうしてから、大希は「いくぞ」というと、その右腕を大きく振るった。そして、手元からボールがグンと飛んでくる。私は懐かしい感覚で、そのボールをキャッチする。三人だけの公園に、乾いたグローブの音がした。


 ぱしん。


 私はゾクッとした。なにかが全て戻ってきたような感覚だった。懐かしい音、懐かしい痛み。懐かしい掛け合い。その全ては大希によるものであって、その全てが懐かしく、それでいて今また同じ音、痛みを感じている。そうだ、大切なのは、これだった。信じられる友達からの贈り物を、しっかり受け止めること。それが出来なかった最近の私は、ただ一方になにかを投げつけていた私は、久しぶりに他の人の何かを受けた気がした。


 私はそのヒリヒリする手からボールを取り出すと、それを素手でもキャッチ出来るくらいに緩く投げ返した。


 「変わらない重さだね、大希……。堪えたよ」私はそういってもう一度涙を流していた。なぜか、私はゆっくりと無意識のうちに大希の方へ寄っていった。そして、思いっきり、両手で大希を抱きしめていた。


 「お帰り、大希!」私はそう言った。私は、その時言いたかったことをようやく言えたのだった。すると大希は、「ただいま。そして誕生日おめでとう」と言っていた。


 「よし、じゃあ帰ろうぜ」そんなひとときの中、突然緊張感のない声が響いた。それは肇の声で、まるでめんどくさそうな口調だったが、顔はとても笑顔であった。

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