私はいつしか人を馬鹿にするグループを抜けていた。なぜ抜けたのかというと、なぜかちょっと前まで大好物だった人の噂話が、とても気分の悪いものと感じるようになっていたからだ。人を馬鹿にするような話を得意気にするそのグループの人たちの顔を見たくなくなっていた。それは不思議な話ではあるけど、もしかしたらそのグループの人たちはもともと私と友達だった訳では無いのかも知れない。そう思っていた。


 私は堂々と野球部の見学に行けなくなってしまったので、誰もいない教室の窓辺から、一人で野球グラウンドを見ていた。いつも通り肇はピシパシと動いて、後輩とかにバットの振り方を教えたりしていた。不意に私は昔を思い出した。肇は正直私に野球を教えてくれなかったけど、今の肇はまるで昔の大希を見ているようだった。成長したんだな、私はふとそう思ってため息をつく。今の私はあの青春を殺そうとしているみたいだ。いつから私は、人見知りから元気な子となり、それが振りきられてただの不良となったのか?分からなかった。だが、ただただ頭には大希の顔が浮かんでいた。そしていつしかグラウンドから大希を見つけようとしていた。そしてグラウンドをずっと見回していると、不意に後ろから「ああ、菜矢芽」という声がした。振り返るとそこには野球のユニフォームを着た大希が立っていた。私は驚いたような顔をして見せると、彼は「ごめんね、ちょっとジャンバーを忘れてきてさ」と言っていた。そして彼は自分の机からジャンバーを取ると、静かに教室を後にしようとしていた。私は何か言わなきゃ、と思い悩んでいたが、大希は突然、「菜矢芽、そう言えば明後日誕生日だよね?」と訊いてきた。私は驚いた。大希が私の誕生日を覚えてくれていたことが不思議だった。


 「う、うん」私はとても答えずらそうに言うと、大希は何を思ったのかとても元気そうな顔をして、それこそ昔のように陽気な顔をして「じゃあさ、明後日、肇と一緒に焼き肉でも行かない?もし家族と誕生日会をするなら、もちろんそっちを優先して欲しいけど。でも、もし大丈夫だったら久しぶりにまた3人で話でもしたい」と言ってきた。私はそんなことをいう大希を見ながら、何故?という心情ばっかりが浮かんできた。


 「何でさ、大希。私が大希の陰口叩いてんの、知っているんでしょ?」そう言うと、彼はまた穏やかな顔で返してきた。


 「良いさ、そんなこと。僕が内気になってしまったのが悪いんだ。結局、昔のような自分でも陰口は言われたんだから。それより、菜矢芽はどう思っているの?僕を」そう言うと彼は笑顔のままでいた。


 「………懐かしい、友達」ぼそりと私は呟いた。すると大希は私の肩をポンと叩くと「まあ、懐かしい友達にこんな茶髪の人、いなかったけどね」と言ってきた。そんな受け応えは、まさに昔の大希だった。何故教室ではあんな静かに暮らしているのかが分からないほど元気な声だった。だから私は思いきって聞いてみる


 「何で大希は教室ではいつも静かなのさ。今みたいにはっちゃけりゃ良いのに」そう言うと彼は笑顔を一回崩すと、静かに話始める。


 「僕はさ、クラスではっちゃけてしまうと、どうしてもみんなとはっちゃけたくなっちゃってさ、本当に静かにしたい人まで巻き込んでしまうんだ。それで、それが独りよがりの思い上がりだって分かってからは、はっちゃけられなくなっちゃったんだ。結局は仲の良い奴とははっちゃけて、クラスでは誰にも迷惑をかけないようにいようとしているんだ」そういう彼はなんだか悲しそうだった。それと同時に、人を巻き込むことしか考えてなかった自分は考え方の違いに気がつく。静かにしたい人。そんな人が要ることを私は忘れていた。それは昔の私だった。私はいつだって独りを好み、少年野球もひとりぼっちで良かったとさえ思えていた。だがそんな私に光を差し込んでくれたのは、目の前の彼だ。そうだ、そう言えばそうだ!彼はいつだって奥手だった。私も野球を教えて貰ったとき、彼は絶対に「間違っていたらごめん」とか言っていたし、過剰なほど奥手だった。だけど彼は私をほっとかなかった。だから奥手であろうと何であろうと、できる限り明るく接してくれたし、それが私の勇気にも繋がった。


 大希は、はっちゃけてるんじゃなくて、静かな人にも明るく接していたんだ!それは私が小学生の頃からそうだった。私はそのとき、自分と大希の大きな違いに気がついた。


 「そうだ」私は呟いた。


 「だけど大希。昔の君と今の君は違う。そんな大希は内気な奴じゃなかった」私はそんなことをいってしまった。


 「内気、か。僕が内気になってしまったのは、きっと怯えてるからさ」そう言うなり彼は扉の方へと再び歩いていこうとして、そして振り返ると「明後日、来れるか?強制はしないけど」と言ってきた。私は反射的に「うん。いくよ。親、どっちとも仕事で遅いから」と答えた。すると大希はふっと私に笑みを送ってきた。


 「それじゃあ、そこの焼肉屋、夕方の6時にとっておくから」彼はそういって教室から出ていった。だが、冷静に考えると肇とは絶好だと言われたばかりだった。


 だけどそのときの私は無我夢中だった。大希に謝るには、このチャンスを無くしてしまいそうであった。それじゃあすぐ謝れば良いと思われるかも知れないが、まだ謝り方の整理がついていなかった。だから二日間で謝り方をとても真剣に考えていた。


 だが、私には何故大希を悪くいうことをしていたのか?それが自分でも一番の謎だったので、謝ることの整理に大幅な時間が取られた。それでも、約束の日に私は、勇気を出してその焼肉屋を訪ねた。

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