第2話


「──ん……あ、しまった──」


 あまりの疲労で眠ってしまっていたらしい。用意していたカップ麺も、蓋を開ければ麺は伸びきり、湯気すら消え失せている。


 寝ぼけ眼で時間を確認する。日付が変わるような時間ではないが、眠るにはまだ早い。


「……」


 昨日の夜、彼女と会った時間は既に過ぎている。昨夜の一件が、もう一日前の出来事なんだと未だに認識しきれていない。

 伸びきったカップ麺から、テーブルの隅に置かれたライターと銀色のケースへと自然と視線が移っていった。

 男一人で暮らすには広すぎる部屋の中にぽつりとあるそれを手に取る。


「……一息入れてくるか──」


 誰に聞かせるでもなく、ただ自分自身を誤魔化すように呟く。ゆっくりと立ち上がり荷物を懐にいれ、ジャケットを羽織る。行き先は、あの隔絶された小さな公園。


 生活圏から少し離れた場所にその公園はある。歩いて向かうには少しばかり遠い。だがそこには何も無いし、誰もいない。俺を知りうる友人達も、罵り蔑む者達もいない。


 だから向かう。何も無いその場所へ──


 ✱✱✱


「あ……こんばんは──」


 彼女がそこに居た。厚手のコートとマフラー、そしてその腕の中に、泣きじゃくる赤ん坊を抱いている。

 今まで、俺以外誰も立ち入ることのなかったこの世界に初めて俺以外の誰かが、意志を持って訪れてきた。


「……こんばんは」


 彼女はベンチに座っている。俺がいつも座っている、四人掛けの長いベンチの片隅に。他には誰も座ってなどいないのに、誰もいない場所で、誰かの邪魔にならないように、小さく静かに座っていた。


 抱いている赤ん坊は、今夜もよく泣いている。自分の存在を示しているのか、この世に生まれてきたことを嘆いているのか、何かを訴えているようにも思えてしまう程に強く泣いている。だがそれとは対象的に、今にも消えてしまいそうな程に彼女は薄かった。守るには小さい背中、隠すには薄すぎる細い体躯。それは儚く、脆く寂しげで、それがどうしようもないほど──哀しく見えた。


「……」


 彼女のもとまで歩く、ベンチには座らず彼女の前に膝を着き、赤ん坊に向けて小指を伸ばす。

 近くまで来てようやく気がついた。彼女の息は白く染まり、我が子を覆うその指先はほのかに赤くなっていた。いったいいつから此処に来てきたのだろうか。本格的ではないにせよ、日が落ちれば途端に寒くなる季節だ。耐えられるものにも限度はある。


「すみません……」


 赤ん坊は小指を掴み、ピタリと泣き止んだ。


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