第6話

「六情」


二葉も日々成長して最近軽く歩けるようになった。

言葉もパパとママの区別も付くようになってきた。

娘が成長する度に涙と声が出そうになる。

ワールドカップの時期に現れる、にわかサポーターに混じって叫びたいくらいに喜ばしい気持ちである。


だが二葉を愛しているこそ許せない事があった。

それは二葉に対してではなく、二葉の本当の親に対してだ。

どんな事情があれ幼い命を捨てた事は許せない。

だが、そこまで踏み込んでしまって、もし返して欲しいと言われても返そうとは思わない。

けど、法的にはどうなのだろうか?

返さないといけないのか、そもそもそんな物みたいな扱いもしたくない。

だが、気になった以上ハッキリさせないと気が済まない。

せめて親だけは誰なのかハッキリさせたい。

「二葉のDNA鑑定しようと思うんだけど」


僕だけの問題じゃないので三月に相談する事にした。

すると意外にも、今までにないくらい本気で反対された。

「ダメ!それだけは絶対にダメ!」


なにか引っかかる言い方をする、何でそれだけは絶対ダメなのか僕にはわからない。

僕は変な違和感を感じた。

「わかった、そこまで言うならやめとくよ」


ここまで言い出すとたぶん彼女は引かないだろう。

三月は昔からそういう性格である。

だが、自分の気が済まない。

ここだけは気持ち的に絶対折れたくないので三月に内緒で鑑定することにした。

今思えば、三月の言葉に違和感を感じた事が直感的にそうさせたのかもしれない。


かと言ってどう鑑定すればいいのか、嫁の浮気確かめるためにとか言えばすんなり検査してくれるだろうか?

とりあえずその方向でやってみるか。


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数日後、新しく始めたバイトの前にDNAの提出をしに行った。

一応浮気しているかどうかという設定なので自分のDNAも提出した。

早くてバイト終わりに鑑定結果が出るらしい。

バイト中はやっと本当の親の事が少しわかる、別にどうこうしようとは思わないし関わりたくはないが気になっていた悩みが一つ消える。

そう思いながら作業をしていた。


バイトも終わり家に帰る前に鑑定書を受け取りに行った。

三月にバレる前に先に結果を見てしまえ。

そう思い、渡された用紙を見てガッカリした。

今思えば親との血縁があるのかを調べるだけで本当の親のDNAを出さない限り本当の親がわかるわけが無い。

無駄な事をしたな、三月にバレると鑑定の事もそうだが鑑定費用を無駄遣いした事を怒られそうだ…

そんな事を考えていると

「ほぼ100%親子関係がありますよ」


思ってもみない言葉を投げつけられた。

一瞬頭が真っ白になったが鑑定書をよく見ると確かに99.9%と書いてある。

全く以て訳が分からない。

偶然拾った子供が僕の子?

誰と?

その時三月の顔が頭に浮かんだ。

冷静に考えると、三月に会っていない空白の一年の間に出産してるとするなら辻褄が合う。

ママと初めて呼ばれた日の涙、鑑定を嫌がったのも辻褄が合う。

もし三月が本当の親なら何故二葉を捨てたのか。

混乱してうまく頭が働かない、吐き気と頭痛もしてきた。

ペース配分を間違えた鼓動が1秒で10秒分程の血液を送っているような苦しさを感じた。



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気がつくと家の前に立っていた。

日も暮れ、予定より遅い帰りになってしまった。

家には明かりがついていて、いつも通り美味しそうな味噌汁の匂いがした。

落ち着く臭いだが今は吐き気に拍車をかける。

家に入るのが億劫だ。

三月に真相を聞くのがこんなに怖いなんて、今まで3人で築き上げたものが壊れる恐怖。

今やっと感じれた幸せを手放す勇気がない。

ほんとにヘタレでどうしようもない。

また、三月との喧嘩の事を思い出した。

「悟ってなんかないよ!逃げてるだけじゃん!」

その言葉が数秒間頭の中で響いていた。

そんな事を考えながら玄関の前で立ち尽くしていると電話がなった。

うまく頭が回っていない僕は反射的に電話に出た。

「もしもし?まだ帰ってこないの?残業?」


聞き覚えのある声だった。

「もう家の前、今日の夜二葉が寝てから話がある」

人間限界まで達すると意外にも冷静になれるみたいだ、あとから思い返すと感心する。


「わかった…」

三月は察したかのようにそう言い電話を切った。

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