友人へ贈る、タイムカプセル

 ディスプレイに表示された時刻を確認すると、既に深夜の2時を過ぎていた。

 丑三つ時という奴だ。


 捜索に乗り始めた時刻を考えれば、普段の仕事の半分すら時間を掛けてはいない。そのはずが、随分と遠い場所まで来てしまったような錯覚を覚えてしまう。今の俺が目にしているブログサイトの看板を叩くまでに、一体どれほどのURLの島々を渡り歩いただろうか。


 インターネットという場所は、あまりにも広すぎる大海だ。大抵の島々にまで一瞬で到達可能な検索手段が十全に用意されているとはいえ、知恵を振り絞りながらもこうして目的地へと辿り着けた喜びは予想以上に大きく、感慨深いものだった。


「まるで宝の島を探し出したみたいな……いや、そんな良い話でもないか」


 ここまで手段を尽くしておいてなんだが、今回の件は、既に一度縁の切れた友人の家を訪れたのとさしたる差異はないと思う。ネット上に公開しているサイトにおいてプライベートを考慮するのもおかしな話ではあるのだが、仮に元管理人の彼がこの事を知ったら、どう思うだろう。


 ひとまわりも歳の離れているはずの、既に過去の記憶に存在するかも疑わしい程度の関わりしかなかったはずの俺の来訪を、あの人はどう感じてくれるのだろうか。


 そんな臆病風に吹かれたような気分になりつつも、俺はブログサイトの記事に目を通し始めていた。サイト内の装飾は白と黒に限定されたモノトーンな彩色が特徴的で、シンプルさの際だった印象だ。10年前に彼が作成したファンサイトは豊富な色彩を巧みに使い分けていたと思うのだが、あれはあれで今風のセンスとは呼べない代物だったので何とも言い難い。


 サイト上部にはブログのタイトルに加えて、元管理人の自己紹介文が掲載されている。好きな音楽についての紹介では、件のアイドルグループの名前もしっかりと記載されていた。それが果たして再結成の機会を切っ掛けに付け加えたのか、それとも以前からそうだったのかは判断に迷うところだ。

 

 何年も前に作成されたブログなのか、投稿日時の間隔が広い割に膨大なページ数がそれを窺わせている。しかしながら記事の投稿は先月を最後に途切れていて、それは先程まで調べていたSNSサイトが活動停止した時期と、ほぼ合致していた。


 最後に投稿された記事の内容から察するに、近頃の彼は何かしらの病気を抱えていたらしい。直近の過去記事にも似たような体調面の話題が多く綴られていて、どうやら本格的な入院が決定したのでネットから離れているというのが、事の真相のようだった。


「確か……昔会った時も、随分と痩せてるように見えたな」


 元々身体が強い方ではなかったのかもしれない。何しろ8年も前の記憶でおぼろげではあったものの、そんな印象が残っている。無事に復帰できるといいのだが、こればかりは俺がどうこうできる話でも無い。過ぎ去った時間の流れがもたらした変化を実感してしまうだけだ。


 それにしても、コメントが一つも付けられていないのは寂しい話だった。


 ただの日記の代わりにブログを利用しているユーザーならよく有り得る事なのかもしれないが、以前のファンサイトの管理人として躍動していた頃ならば、さぞ多くの激励を込めたコメントが彼を元気付けていたに違いない。それだけのアットホームな空気感が、確かにあのサイトには存在していたのだから。


「あとでコメントを残しておくか……」


 このまま足跡を残さずにサイトを去る予定だったが、気が変わった。既に入院中の身であろう彼の目に止まる可能性は低いかもしれないが。そう決めてから俺は、ブログ内に存在する記事の中から1年前に投稿された記事を選別し始めた。

  

 昔の自分が応援していたアイドルグループの再結成、ブログの記事ネタとしてはもってこいの出来事だったはず。記事を投稿しているなら、おそらくはSNS内で書かれていた内容以上の言葉を記しているに違いない。再結成のニュースが発表された正確な日時も、ここまでの捜索活動の甲斐あってか頭に叩き込まれている。見つけ出すのも時間の問題――そのはずだった。


「…………ははっ。なんだよ、これは」


 該当の記事は、本当に容易く発見することができた。ここまでの長い道中を考えれば、実にあっさりと。再結成の三文字が記事タイトルになっている事からして一目瞭然で、内容も確かに、俺の想像した通りの代物だったと言える。


 記事の詳細は、こんな感じだった。


 ファンサイトの管理人として活動していた頃の思い出話に始まり、そもそものアイドルグループと出会った切っ掛け、中でも特に愛情を寄せていたメンバー(正しくファン的な意味で)、印象的だった楽曲、実際にライブを観に行った際のエピソード、最初の解散が発表された当時の心境、そして1年前、つまりは記事の投稿がされる直前に判明したであろう、彼女達の再結成についてどう思ったかについてなど、赤裸々過ぎる程に語り尽くしている。古き時代からのファンの声が詰め込まれていた。


 それでも、想像通りだった。

 というより、そうであって欲しかった。

 そうでなくては、あの人らしくない。


 俺の人生における最初のオフ会、そこで出会った管理人の情熱は、まさしくこんな感じだったはずなのだから。しかしながら、記事の最下部には俺の想像をはるかに超えた事態が発生していたのだから、もはや笑ってしまうしかなかった。


「これじゃまるで――だ」


 元管理人が熱意を込めて投稿したのであろう記事には、二桁を超えるコメントが寄せられていた。全て名無しの人物ではない、全てのコメントに異なるHNが載せられている。


 投稿者は正体は、ファンサイト時代に交流を深めたであろうメンバー達だった。HNを見れば、確かに同じ名前でサイト内の掲示板を利用していた人物が居たことを俺にも思い出せてしまう。懐かしすぎる、古い友人達の集まりだった。


 彼らのコメントの内容を読めば、それが計画的な集結ではなかった事が伝わってくる。決して元管理人による鶴の声が掛かった訳ではないはずだ。記事の中には、そのような文言はひとつも記されてはいなかった。ならば――どうしてこんな状況が生まれたのか。


 簡単な話だ。


 彼らも、俺と同じだったのだろう。再結成のニュース耳にしたのを切っ掛けに、昔懐かしい友人の存在をふと思い出した。それからの道順はさておき、おそらくは全員が長いネット上の航海の果てに、このブログサイトにまで辿り着いた。そんな酔狂とも呼べる行為に及んだ人達が、この記事内のコメント欄にて偶然にも奇跡的な再会を果たしてしまっただけの事。


 その結果が――まるで同窓会のように思い出を語り合っている彼らの姿だった。


 体調が慮しくない元管理人に対しての激励も、まるで寄せ書きのような感じでコメント欄に集約されていた。一つひとつのコメントに対して、元管理人が感謝の言葉を述べている。慌ただしくも、楽しそうに。


 たとえ映像が見えなくとも、そんな想像が膨らんでしまうアットホームな光景。一度は離散したはずの小さなコミュニティがかつて描いていた暖かい空間が、まるで息を吹き返したかのように広がっているのを感じた。


「なにやってんだか……だよな、俺」


 とんだ大遅刻をしてしまった。1年前、再結成のニュースを見逃してさえいなければ、あるいは俺もこの同窓会にリアルタイムで顔を出せたかもしれないというのに。まあ、仮にそうなったとしても、当時中学生の身でおそるおそる掲示板に顔を出していただけの自分だ。基本的な状況はあまり変わらなかったと言い切れてしまうのだが。


 しかし、それでも俺も何かコメントを書きたくなってしまった。こんな楽しい集まりを見逃す手はないし、元管理人が退院した後にでも返事をくれれば幸いだ。1年前に再会を終えた彼らも、いつかこの同窓会の件を振り返ろうと、再びコメント欄を訪れてくれるかもしれない。


 俺との再会はその時だ。だから、書こうと思う。

 まるでタイムカプセルを埋めるかのように。


 気が付けば、時刻は深夜の3時を過ぎている、完璧な徹夜コースだが我慢しよう。何しろ書きたいことが多過ぎる。もう現在の『俺』は、あの頃の『僕』とは違うのだ。当時は気恥ずかしくて掲示板にすら書けなかったアイドルグループに対する感情を、思い出を、赤裸々に、心を込めて。


 長い年月を経て、その程度には俺も面が厚い人間になった。

 大丈夫だろう、彼らは友人なのだから。

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