再会した友人の現在

 ファンサイトの足跡を追うのではなく、管理人自身の足取りを追う。

 発想の転換だった。


 当時から個人サイトの作成や運営をするほどインターネットに精通していた管理人が、現代ではすっかり世間に浸透したと言えるSNSのアカウントを所有していないとは考えられなかったし、ましてやアイドルグループの再結成は今からほんの1年前の出来事、再解散のニュースに限って言えば僅か数時間前の話だった。


 その程度の期間ならば、SNSサイト内の検索からでも充分に足取りを追えるのではないか、そう考えた。


 しかし当然の事ながら、この推測にも致命的な欠陥が存在する。

 管理人自身が、当時使用していたHNを変更している可能性があるという点だ。


 8年前に起こったアイドルグループの最初の解散、それは、当時の『僕』程度のにわかファンとは比べるべくもない熱意を持っていた管理人にとっても、一つの区切りと呼べるショッキングな出来事だったはずで、それを転機としてHNを変えてしまった、という客観的予測が成り立ってしまう。


 とはいえ、だ。逆説的に考えれば、当時それだけの熱意を抱いていたはずの管理人ならば……忘れているはずがないだろう。


 自分自身が立ち上げて運営していた、個人サイトの名称を。


 わざわざ呟きの内容にその名称を載せているかどうかは一種の賭けだったが、仮に、そういったユーザーを発見出来さえすれば、たとえHNが変わっていたとしても、対象の人物だと見抜くことは不可能ではない。


 俺は一縷の望みをかけて、検索を続ける事にした。

 ここまで来たら、やれるところまでやってやろうじゃないか。




 再解散のニュースがあまりにも最新過ぎた影響か、反応を見せているユーザーの人数は予想外に多かった。それだけ過去に彼女達の存在を知って、彼女達の楽曲を聴きながら若年時代を過ごしていた、さながら俺と同じような人達が数多く存在していた、という事実なのかもしれない。


 中には再結成していた事実すら把握していなかった人達も沢山居たようだったが、他人の事を言える立場ではなかったので、苦笑するしかなかった。


「……見つからないな」


 再解散のニュースが発表された時刻まで、全てのユーザーの呟きを遡ってみたが……管理人と思われる、もしくは彼と同一人物だと思われるような呟きをしている人物は発見できなかった。


 もしかすれば、管理人(今更だが、この場合、『元』が付くかもしれない)はまだ、今回のニュースを見ていないのかもしれない。一日掛けてじっくりと呟きの内容を調べ上げれば、あるいは見つかるかもしれないが。


「……再結成の時なら、どうだろう」


 考えてもみれば、昔からのファンに取っては今回のような再解散のニュースよりも、の方が、確実に喜ばしい出来事だったに違いない。


 伝説の復活。そこまで誇張した表現をするのはいささか大袈裟だったが、当時熱烈な応援をしていたファンにとって、これほど注目と興味を引く名目はないだろう。リメイクという言葉が、呆れる程に近年のエンタメ界を席巻している理由がよく分かるというものだ。


 ならば、そちらの時間軸、の呟きを重点に洗ってみるのはどうだろうか。


 あまり一般的に周知されているかどうかは怪しいが、SNSの検索機能には、特定の文字列を入力する事によって、特定のアカウントや、特定の投稿期間に絞った検索が可能だったりする。


 滅多に使用する機会の訪れない機能だったので、俺はその特定の文字列についての詳細な知識を有してはいなかったのだが、そこは基本的なネット検索を駆使する事によって、容易く手順を知ることができた。


 1年前に再結成のニュースが配信されてから、そうだな、約1ヶ月間。その範囲に絞って検索を掛けてみることにした。


 実質、これが最後の悪足掻きになるだろう。


 これで見つからないのならば、もう縁が無かったと思い綺麗さっぱり諦めてしまおうと思った。何しろ、既に身体が蓄積された睡魔に襲われ始めている。正直、いつ寝落ちしてもおかしくはなかった。




『○○○再結成ってまじ? 昔~~ってファンサイトを立ち上げてた事があるぐらい好きだったんだけど、涙出そうだ』


 眠気を堪えながらの検索の末に、再結成当時、アイドルグループに関する何かしらのファンサイトを運営していた事実を告白する呟きを発見した。


 呟き元のユーザー名は――当時とまったく同じHNだった。


「変えて……なかったんだな」 


 8年振りの再会だった。

 それを再会と呼んでしまうにはあまりにも一方的な行動過ぎたし、涙も出なかった訳だが。


 発見した元管理人のアカウントから過去の呟きを遡ってみると、どうやらSNSでの活動はあまり積極的に行ってはいなかったらしい。それでも思わず再結成のニュースに反応してしまったのは、流石と言わざるを得なかったのだが。


 その後も、彼は何度か管理人時代のエピソードを語っていたようだったが、日を追う毎に呟きの頻度は低下、ここ最近ではSNS自体を止めてしまったのか、先月呟いたのを最後に彼の足取りは途絶えてしまっていた。


 なるほど、道理で先程のニュースに何の反応も見せていなかった訳である。

 とは言え、何かをやり遂げたかのような、清々しい気分でもあった。


 最初にアカウントを発見した時には、メッセージを送って旧交を深めてもいいか、などといった考えが頭をもたげていたのだが、この有り様ではどうしようもない。


 残されていた他の呟きから察するに、どうやら近年の彼は仕事に追われる日々を過ごしているらしい。管理人時代の彼が大体今の俺と同年代だったとして、現在はおそらく四十代付近に突入している年齢だろうか。


 以前のような、情熱溢れたファン活動をするだけの余裕は無くなってしまったのだろうか。


 もしくは一度再結成したとは言え、彼の人生におけるアイドルグループの存在は、既に過去の記憶の産物として昇華された存在になってしまった、という事なのかもしれない。


 その感情の変化は必然だったのだろうし、誰が責めるような事でもないだろう。たとえ1年前の俺が再結成のニュースをリアルタイムで知り得たとしても、過去の『僕』と同じようには立ち回れなかっただろうと予想が付く。


 人の生き方は変わるものだ。


「まあ、送るだけの事はしてもいいか」


 SNSのアカウントは、よほどの問題行動を起こさない限り、基本的には自ら削除しようとするまで残り続ける。将来的に彼が復帰する可能性はゼロとは言い切れなかった。彼がいつか戻ってきた時に俺のメッセージを読んでくれれば、何かしらの返事が返ってくるかもしれない。


 そう思い、俺は彼のアカウントのトップページに飛んでからユーザーIDをコピー。それ宛にメッセージを送ろうと行動を起こしたのだが――そこに、とあるURLの存在を確認したのだった。


「これは……ブログか?」


 SNSサイトのアカウントには、一定文字数内までのプロフィール、自己紹介の文章を入力する事が可能なのだが、他にも幾つか入力可能なスペースが存在する。


 名前、つまりはHNを入力する欄。設定した日において特別な画面表示を行ってくれる、誕生日を入力する欄。そして、のURLを入力する欄である。


 登録者が個人活動しているサイトが他にも存在する場合、この入力欄を活用する事によってSNS側から新たなユーザーを獲得することができる。


 いわゆる宣伝ツールとしてのSNSサイトの利用方法である。


 しかし、そういった利用をしている人ほどSNSサイト内での活動が疎かになりがちなので、実際には言うほど簡単な宣伝活動ではなかったりする。例えば、ブログのような文章投稿サイトを設定している人のような……。


「そうだよな……考えてもみれば」


 機能的に有用な点は置いておいて、基本的なサイトデザインは他人とほぼ同一になってしまうSNSサイト。様々なテンプレートを制作、利用してレイアウトを自分の好みの形に編集できるブログサイト。


 個人サイトを扱っていた元管理人が現在、メインで活動する場所としては――後者の方が妥当と言わざるを得ないだろう。SNSサイトでの呟きがそこまで頻繁ではなかった理由にも納得が行った訳だ。

 

「結局……どれだけ時間が経っても管理人なんだな、あの人は」 


 ブログサイトのURLをクリックしながらそう呟いた俺の表情は、微かな笑みを浮かべていたかもしれない。深夜の捜索活動は、どうやらもう少し続きそうだった。

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