10年振りの友人探し
俺が最初に仕掛けたアプローチは、基本的なネット検索からだった。普段使いしているブラウザの右上に設置されているツールバー、そこには大手検索サイトからダウンロードした、簡易的な検索バーが表示されている。
俺は検索バーに、とある名称を打ち込んだ。
当時の『僕』が通っていたファンサイトの名称、過去の記憶の底で眠り続けていたはずのそれは、10年近い年月が経過した現在でも寸分違わずに、はっきりと憶えている。字面に迷いを持たずに文字を打ち込むと、エンターキーを押した。
しかし残念ながら、お目当てのサイトは検索結果に表示されなかった。それも当然か、あらためて時間の流れを実感してしまう。
個人でホームページを制作、所有する時代はとっくに過ぎ去ったのだ。現代での個人メディアの主流はあくまでもSNSであって、更に手を広げたとしても、精々ブログが関の山だろう。
完全に風化したとまでは言わない。実際に、俺は現代でも古代生物のように生き残り続けている個人サイトの存在を幾つか把握しているし、時々利用もしていた。
むしろそのような個人サイトが脈々と時間を掛けて蓄積を重ねた情報量は、ジャンルに問わず桁違いと言っても良い。いずれも古臭いサイト内のレイアウトも相まってか、一種の博物館に近い様相を呈している。
しかし、現在捜索中である
ならば――管理人の名前はどうだろうか?
当然の事ながら、本名ではない。
ファンサイトの管理人が、当時名乗っていた
最後に彼らと出会ったオフ会だが、実際に現場で会話した相手の殆どは、待ち合わせのやり取りを本番当日まで事前に重ねていた管理人だけだった。
中学生という年齢を考慮したとしても、いくら何でも人見知りが過ぎたというものだ。当時の管理人の立場からすれば、他にも交流を深めたい相手が沢山居ただろうに、全くもって迷惑な奴だったとしか言えない。
過去の自分のコミュニケーション能力の低さ(現在でも決して高いとは言えないが)に愚痴をこぼしながら、ファンサイトの名称を打ち込んだ検索バーに、管理人の名前を検索対象として加えてみる。当然の如く、検索条件は完全一致だ。
探し求めていた本命は――あっさりと見つかった。
否、残り続けていた、というべきかもしれない。
それは、7年前の自分が既に通り過ぎた場所。遙か前に消去された、ファンサイトの跡地だった。検索結果で表示されたそれを、俺は意気揚々とクリックしてみたが、サイトは表示されませんの文字が出てくるだけ、後は何も残っていない、もぬけの殻だった。
思わず、リクライニング機能付きの作業椅子に体重をかけながら、天井を仰いでしまう。仕事明けの身体も相まってか、どっと疲れが出てきた気がした。
ぬか喜びした後の肩透かしほど、ショックを受ける事はない。翌日、もはやとっくに日付が変わって、数時間後には起床して仕事に行かなくてはならないというのに、俺はこんな夜更け過ぎに、一体何をしているのだろうか。
こんな事をして、何がしたかったのだろうか。
強いて、理由を挙げるとすれば、奇妙な偶然の一致だ。過去の自分を振り返るような思いに耽った、その直後に、過去の自分を思い出させるニュースを目撃した、二つの要素が符号しただけのこと。
決して奇跡的な出来事とは言えないだろう。アイドルグループが再結成していた事実は、遅かれ早かれ、いつかは俺の知るところになったはずだ。
過去の自分、過去の『僕』が愛好していた曲を聴いてみよう、その程度の懐古的行動を、現在、ひいては未来の俺が、一生避け続けていたとは思えない。だから、今回のような衝動に身を任せた検索行為を行っている理由が知りたかった。
「……疲れてたのかもな、今の人間関係に」
自問自答をするかのように、そう呟いた。
今の人間関係に疲れていた、疲弊していた。
何人も立ち去り、何人も居なくなってしまった、設立当初の姿から随分と様変わりしてしまった、それでも惰性に近い形で変わらずに継続しているコミュニティの存在と、そこにいつまでも古株として居座り続けている自分自身。それらに対して、俺は心の何処かで、虚無感に近い感情を抱いていたのかもしれない。
過ぎ去っていった仲間達。彼らに――置いて行かれてしまったような気がしていた。彼らとて、全員が人間関係の不満を理由に界隈から姿を消した訳ではないのだろう。
なにか、個人的な事情があったのかもしれない。仕事の激務に追われているのか、恋人が出来たのか、新たな趣味が生まれたのか。いずれにしても、人生における次のステージへと進むにおいて、現在のコミュニティが邪魔になったのだろうと俺は考える。
ならば、俺自身はこのままでいいのだろうか。このまま、流されるがままに、現在の居場所に落ち着いてしまっていても、いいのだろうか。まもなく三十代の足音が聞こえようとしている自らの年齢を前にして、漠然とした不安の感情に苛まれていたのかもしれない。
だから――過去を遡ろうとした。
過去の自分、過去の俺が僕と名乗っていた頃の、若々しく、苦々しく、楽しげに過ごしていた頃の居場所。現在の俺にまで続いている、原点とも呼べる地点を、もう一度振り返ってみたくなった。
それだけの事なのかもしれない。
しかし、残念ながらその逆行的な努力行為も無駄に終わったという訳だ。気が付けば、いよいよもって就寝時刻の最終ラインを踏み超えてしまいそうな時間帯になってしまっている。就寝どころか、仮眠程度の時間しか取れないのは、いささかまずい。
さっさとブラウザを閉じてしまって、ベッドに横になろう。そう思って検索作業からの撤退を開始しようとした瞬間――唐突に、あるひとつの閃きが頭に浮かんだ。
「……SNSなら、どうだ?」
それは、悪足掻きに近い行動だったと言えるかもしれない。あるいは、アイドルグループが再結成していた、再解散したニュースを目撃したのが、まさにSNSサイトでの出来事だった、という理由もあるのかもしれないが。
SNSサイト内での検索は、アングラな情報が大手検索サイト以上に探し出しやすい。普段のアニメ鑑賞から経験していたことだ。
無論、SNSというネット文化が本格的に流行し始めた時期を考慮すれば、過去の『僕』が通っていたファンサイトの情報など見つかるはずもない。埋もれてさえいない物を発掘する事は、どうやっても不可能なのだから。
最初はそう考えて、頭から外してしまっていた。
しかし、現在の俺がまさにSNSサイトでアカウントを所有してネットライフを過ごしているように――あの時の管理人も、同じような行動を起こしているとは考えられないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます